
隣のブースの男性が
「この絵はどうやって作ってる?」
「色はどうやって塗ってるのか?」
などと興味深げに質問してくる。
我々は出展者同士なので、それぞれの来場のお客さんが引くたびにそういったやり取りを繰り返しました。
「買う気あるんだろうか」
と、ぼくは通訳についてくれたネネさんに尋ねる。
「2枚気にってくれてるようです。2枚で2000ドルなら買うと言ってます」
「2000ドル!? 3000ドルって言ってるのに!」
2000ドル=約30万円。
3000ドル=約45万円。
つまり15万円くらい値下げしろ、と言ってるわけですその彼は。

「彼」とはArt Lewinという男で、セレブやVIPのタキシード作ったりしている、1989年以来創業のスーツ店のオーナーさん。
メンズもレディースも取り扱う、高級かつ有名なお店。
言いなりになって値下げして、たたき売りしてでも売っておけば、おれの良い宣伝になるのはわかる。
彼も「リスペクトがないわけではない」とも言ってるし。
わかるんだけれど、日の丸しょって出て来て「はいそうですか」と簡単に1000ドルも負けられない・・・
ひっきりなしに来場者が訪れる合間をぬって、おれとその男は(正確にはネネさんを介して)やり合うこと半日。
昼ごはんも食べずに頑張ってくれているネネさんには申し訳ないが、長期戦になりそうだった。

でも改めて思う。
おれのTシャツには、日本でライブ会場を貸してくれた人々や、ハチソニックを盛り上げてくれたみんなの名前が書いてある。
「ネネさん、これ、最後にするから彼に声かけて」Lewin氏にこう伝えた。
「ぼくはNYで個展をするためにこの会場へ来ました。
ここでの出会いや頑張りが、その目標に伝わるために。
そのためにいろんな人々の力を借りた、だから値下げはしたくない。
その代わり、
もしぼくが晴れてNYで個展をするときが来たら、あなたの店でスーツを作らせてください!」

結果は・・・納得しなかった。
やっぱりダメか。
でもそれならそれで仕方ない。
そう思いながら来場者たちのお相手をしていると、Lewin氏がネネさんに声をかけてきた。
「2000ドルであの2枚の切り絵を売ってくれ。そうすれば君に4000ドルのスーツを贈ろう」
?
最初言ってる意味がわからなかった。
「ただし、いつかきみが本当にNYで個展した時に、だがね!」
みたいなアメリカンジョーク付のからかいなのかと思って、何度もネネさんに聞き直した。
でも間違いなく、おれのためのスーツを作ることを交換条件に作品を買ってくれるという。

メジャーを取り出して、その場で彼はおれの身体を測りだす。
そして裏生地は何が良い、名前はなんて刺繍するのか、など細かな質問を始める。

10月に彼の作ったオーダースーツが日本の我が家に届く。
彼の博物館みたいな家はアートだらけで、その中のコレクションにHachiの切り絵が加わった。






