
さまざまな形で寺子屋みなてらすに関わってくださっている方のメッセージを繋ぐ #寺子屋ムーブメントバトンリレー
本日2本目は、寺子屋みなてらす ジェネラルマネージャーの角屋敷愛絵さんからのメッセージです。
寺子屋みなてらすが好きだ、という角屋敷さんの等身大の言葉であり、
この寺子屋ムーブメントそのものを体現している言葉です。
ぜひ読んでください。

家と仕事と、それ以外の生きる場所
元々、地域の集まりなんて大嫌いだったし、子どもに特に興味もなく、学校が好きじゃなかったこともあり勉強もまともにやってきませんでした。「最近の若者は人間関係が希薄」と言われることがあるけれど、そんな最近の若者(ギリギリ)が私です。希薄でなぜ悪い、とすら思います。学校も地域も、私にとってはたまたま近くに住んでいるだけの人たちで、一緒にいる理由が見つけられなかったからです。そんな私がなぜか、「地域の大人が子どもの学習を見守るボランティア」をやっています。しかも3年以上、けっこう本気で続けてきて、生活の一部になってしまっています。
それはこの寺子屋みなてらすがけっこう本気で“良い”と思っているからにほかならないし、このコミュニティをもっと広げていきたいと思うから、今回クラファンに挑戦しています。「寺子屋ムーブメント」と名付けた私たちの活動の“何が良いのか”、改めて考えてみました。
私は寺子屋みなてらすというコミュニティが好きです。じゃあ何が良いのか、何が好きなのかを説明しようとすると難しいですが、いくつかキーワードをあげるとすると・・・
「ゆるい」
「だけど本気」
ボランティアは仕事じゃないし、義務もない。だから、できなくてもいい、失敗してもいい、そんなゆるくて自由な雰囲気があって楽に感じます。だけど、寺子屋みなてらすに関わる人たちはみんな本気で子どもたちに向き合い、楽しく、ときに悩みながら真剣に活動しています。つまり、夢中なんだと思います。
そんな風に“夢中になれるコミュニティ”が、これからの時代には「あったらいいもの」ではなく「必要なもの」になっていく気がしているんです。
インターネットが当たり前にあり、生き方が多様になったからこそ、単純な地域コミュニティには必然性がなくなっているのではと思います。私も以前は地域コミュニティを必要とはしていませんでした。それでも、家と会社を往復するだけの生活には何か虚しさのようなものがあり、あまり生きている意味を実感できない。不幸じゃないけど、幸福だと言い切れるのかな?という毎日。そんな中で寺子屋みなてらすの活動を始めて気づいたのは、自分がこの世界のなかで何かに夢中になって、しかもちゃんと幸せを感じながら生きる場所が必要だったということです。
結果的に地域コミュニティであっても、ただ単に特定の場所に住んでいるということだけではなく、同じ目的や想いを共有して一緒に夢中になれるコミュニティ。それが「寺子屋」的なものなのかな、と考えています。誰かにとっては、「寺子屋みなてらす」は必要がないかもしれません。だけど、また別の「寺子屋」的なものがたくさんあって、自分に必要な場所が簡単に見つけられたらいいなと思います。
今の私は、自分が幸福であることを実感しながら生きています。本当に素敵な方々がたくさんいて、その方々に支えられながら過ごしています。家(プライベート)も大事だし仕事も大事だけど、同じくらい大事な場所があって初めて幸せを感じながら生きることができました。実はみんなそうなんじゃないかな?子どもたちもそうなんじゃないかな?家や学校・職場以外の「寺子屋」的な場所が、誰もが「必要なもの」になると思っています。
私が広げていきたいのは支援ではなく、「寺子屋ムーブメント」なんです。残りわずかですが、ぜひこのプロジェクトの応援をお願いいたします。一緒に「寺子屋ムーブメント」を広げていきましょう!




