現代短歌に対する想い(三井)
〇私の好きな【現代短歌】とは
ざっくり分類すると江戸時代までの歌が「和歌」、明治から戦前までが「近代短歌」、そして戦後以降の歌が「現代短歌」という区分だとされています。
それから、57577です。これは文字数ではなく音数の話なので、小さい「りゅ」とか「りゅ」とかは一音で、小さい「つ」とか空白は一音で数えます。「1句」ではなく「1首」で、「この短歌は~」は省略して「この歌は~」と呼びます。
これ、地雷なので歌人さんたちの前では間違えないように気をつけてください。やさしく訂正されるか、静かにイラッとされます。
私は基本的には口語(今のしゃべり言葉)で、季語とか切れ字とか関係なくて、思ったことだとか思いついて「なんかいいかも」と思った言葉から短歌をつくっています。
短歌を「つくる」と言うのはおそらく一般的ではありません。一般的に言うなら短歌を「詠む」です。
私はなんとなく「詠む」という言葉に趣や優雅さを感じてしまうので、普段から「私が好きなのは現代の“今”の短歌だ」という意思を含めるために「つくる」と言っています。
「つくる」の理由は他にもあります。私は高校生の頃、短歌甲子園に出るために、あるいは公募に出すために【短歌っぽいもの】を必死で考えていました。その結果、良い感じの単語や雰囲気ばかりにこだわるようになりました。言葉をパズルのように組み合わせただけのくせに「詠んだ」というのがおこがましいと感じてしまったのです。
短歌を始めた高校1年生の頃のように、心からの感情を言葉に落とし込んでみたいものです。
〇短歌を始めたきっかけ
短歌を始めたのは高校1年生の頃です。「小説を書いてみたいなー」程度の軽い気持ちで、6月頃(だったはず)に「文芸・イラスト研究部」に部活見学をしに行きました。そしてそのまま仲良くなりかけのクラスメートたちと一緒に入部しました。
そこに待ち受け、先輩方をうんうん唸らせていたのは副顧問の先生でした。先輩たちが一列で頭を抱えており、とんでもない部活に入ってしまったと当時は早速後悔していました。
顧問の先生は担任持ちの英語教師で(文芸部なのになぜ)、普段の活動は国語教師で副担任の役職だった先生が指導してくださっていました。
この、当時は副顧問だった先生が私の人生を大きく変えたのです。
先生は短歌が好きな人でした。本当に入部直後だったと思います。山梨日日新聞社の高校生俳句・短歌大会への応募や短歌甲子園の出場を進められ、私は同期とともに流されるように短歌を始めました。
いきなり提示されたお題は「短歌を3首つくってきて」のようなもので、私たちは「季語は?」「575?え、77もだっけ?長いんだけど」と言いながらなんとか課題を先生に提出しました。
返ってきたのは「うーん」だった覚えがあります。俳句の夏井いつき先生のようなノリで自分が頑張ってつくった短歌が否定されていくのは、悲しさや怒りを超えてもはや面白かったです。
そんなこんなを何回か繰り返し友人たちも「なぜ駄目なのか」と頭を抱え始めた頃、私は短歌を大幅に消されイラッと、かなりイラッとしてしまったのです。いま消された歌を振り返ると「そりゃ消すだろ」なのですが、そのとき私は「どう直したら良いですか?全然わからなくて」と言ってしまったのです。夏井先生に初登場かつ才能ナシの人間が刃向かうようなものです。
【入部後の始めたて激ヘタ短歌(短歌?)の供養】
・ずぶ濡れで 走って帰る 君と私
相合傘は 夢のまた夢
・不格好 私が作った クッキーを
おいしいと言って たいらげたあなた
・卒業式 あなたの目には あの子の笑顔
さよなら初恋 振り向かないで
※初心者によくある謎の一字空け、改行、状況説明が説明的すぎるなどを見事にコンプリートしています。(縦書きで改行せずに、必要なとき以外は一字空けせず並べるのが基本です)
※3首目は雰囲気がパッと見は良いのですが、解釈しようとすると作中主体(短歌の中で主人公になる人物のこと)に対して「おまえ誰だよ」、歌に対して「卒業するのは誰だ」「3人はどこに誰といて何をしてるんだ」とツッコミを入れたくなります。
短歌と同時に俳句も作っていたのですが、そちらもなかなか鳥肌が立つような出来栄えです。
その後、先生が「えー?うーん、例えばだけど」と言ってサラサラッと横に書いた添削や、
(例)
・不格好 私が作った クッキーを
おいしいと言って たいらげたあなた
→不格好 私が作った クッキーを
おいしいと言って たいらげてくれ
この他にも、次々と出される修正案に私の心は打ち抜かれました。先生の短歌の腕前に惚れ、短歌を本気でつくるようになったのです。
(現代短歌に対する想い(三井)その1・完)



