
釜石地方森林組合の震災からのあゆみを描いたノンフィクション『つなぐ森林業 海のまちの森林組合、復興からその先へ』の刊行にむけて、ゆかりのある方々からいただいたメッセージをご紹介してまいります。
トップバッターは、『つなぐ森林業』の第5章で描いた釜石大槌バークレイズ林業スクールに多大なご尽力をいただいた高田先生です!

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私は2011年3月から都留文科大学の学生・教員と、現地からの依頼を受けて釜石東部漁協管内での聞き取り調査を実施し、2023年まで続けてきました。
この調査のために釜石に滞在中、当時釜援隊にいた友人から、「森林組合で若手の林業従事者を育てる講座を開催したいので、その企画に知恵を貸してもらえないか」という相談を受けました。それが釜石地方森林組合参事の高橋幸男さんとの出会いです。森林組合の事務所が被災し、まだ鵜住居川沿いに仮事務所があった頃です。本書にはこの講座の詳細が書かれていますが、その実施にあたり、マネージメントをされていたのが筆者の手塚さんでした。当時はまだ林業のことが全くわからないのに頑張っておられる姿に驚きました。お聞きすると新聞社を辞めて釜援隊に入り、森林組合の担当になられたということでした。
私は以前、岐阜県立森林文化アカデミーという学校に勤めていました。そこはSEや外資系の金融機関などで働いていた若者がデジタル相手の生活に区切りをつけ、林業の世界に飛び込んでくる受け皿になっていました。林業とは全く違う高度な技能のキャリアを持つ若者が、林業という伝統的な業界を変えていく契機を作るというのが学校のねらいでした。
手塚さんは釜援隊終了後も森林組合と関わり続け、フリーのジャーナリストとして本書を書かれました。林業の世界では釜石地方森林組合、それを牽引する高橋参事の懐の深さと広さは有名です。であればこそ、復興の難局が乗り切れたと思います。私が注目するのはそこに記者であった手塚さんが森林組合に関与することでどんな変化が起きたのか。手塚さんが果たした役割も見逃せない視点です。
あの震災から15年も経ってしまいました。海から森に視座を移した記録が今ここで完成したことは震災復興の記録として重要です。私はまだ部分しか読んでいませんので、出版を心より楽しみにしております。
高田 研/元都留文科大学教員



