
※本日23:59をもって、本プロジェクトは終了予定です。
ご報告と、心からの感謝を。
本日、クラウドファンディング最終日をむかえております。
昨夜、信じられないことに「ネクストゴール」100万円を達成しました。
応援してくださった皆さま、気にかけてくださった皆さま、
本当に、本当にありがとうございます。
昨夜、身体は疲れているのに眠れず…あきらめて布団から出て、
仕事でもしようと、PCの前に行きました。
そしたら、もう30年も会っていなかった同級生から多額のご支援が入っているのに、
本当にびっくりしました。
懐かしいお名前に驚いて連絡をしたら、「何年も前にYouTubeで見つけて、時々検索して、近況を見てたよ中国語との架け橋として頑張っていることを応援したくて今回支援することにしました」とお返事もらいました。
会っていなくても、
直接言葉を交わさなくても、
想いは届いていることがある。
それを、改めて教えられた夜でした。
その後、すべての支援者のかたのお名前とリターンを表にして整理していると、お一人お一人のお顔が浮かんでありがたくて涙が止まらなくなりました…。
こんなに「受け取る」ということを体験させていただいたのは本当に人生初めてです…。
さて、明日の「ことたま漢詩」のテーマであり
ちょうど今、私が何度も読み返している漢詩があります。
陶淵明《雑詩 其五》
盛年不重来一日难再晨及时当勉励岁月不待人
人生の盛りは、二度と戻らない今日という朝も、二度と来ないだからこそ、今を生きる時は、誰も待ってはくれない
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そして、もう一首。
《飲酒二十首 其五》
結廬在人境而無車馬喧……此中有眞意欲辯已忘言
人の世に生きながら、心が遠く澄んでいれば、そこには静かな世界が立ち現れる。
この中に、確かに「真意」はある。けれど、それを言葉にしようとすると、言葉を忘れてしまう。
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今回のクラファンを通して、そして昨夜の出来事を通して、私はこの最後の一句に、どうしようもなく共感しています。
言葉にならない。でも、確かにある想い…。
漢詩の魅力も、きっとそこにあるのだと思います。
実は今回、漢詩講座と歴史講座のリターンにはまだお申し込みがありません。
それは、必要とされていないのではなく、私がまだ、うまくお伝えできていないだけ。
そう感じています。
だからこれからも、明確な言葉だけを教えるのではなく、
言葉にできない感覚を、一緒に味わう場として
漢詩をお伝えし続けていきたいと思います。
もし、こうした時間に心が動く方がいらしたら、
クラファンのリターンとしても漢詩講座をご用意しています。
今日という一日が、皆さんお一人お一人にとって静かに何かが届く日でありますように。
—— 心から感謝を込めて




