八丈島 宿&住まい 再建プロジェクト

八丈島の「暮らしの灯」を取り戻したい ― 台風22号・23号で被災した宿と住まいの再建支援をお願いします

現在の支援総額

3,351,944

223%

目標金額は1,500,000円

支援者数

344

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2025/10/23に募集を開始し、 344人の支援により 3,351,944円の資金を集め、 2025/11/30に募集を終了しました

八丈島 宿&住まい 再建プロジェクト

現在の支援総額

3,351,944

223%達成

終了

目標金額1,500,000

支援者数344

このプロジェクトは、2025/10/23に募集を開始し、 344人の支援により 3,351,944円の資金を集め、 2025/11/30に募集を終了しました

八丈島の「暮らしの灯」を取り戻したい ― 台風22号・23号で被災した宿と住まいの再建支援をお願いします

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雨が多く、中々作業が進みません。。外作業もできないので今日は保険屋さんや建築会社さんと打合せ、被災後はじめて会社の経理の入力などしました。肌寒くなってきたので、風邪には気を付けていきましょうね...支援総額(10/29 23:00 現在)支援総額「2,843,611円」、支援者数は「286名」となりました。クラウドファンディング開始からちょうど一週間、7日目になりますが、皆さんのご支援のおかげで、当初では考えられなかった支援が集まってきています。本当にありがとうございます。また、八丈島内で他のクラウドファンディングが続々とスタートしています。実際、私よりもひどい被害にあっている所もありますので、ぜひ今後、そちらもチェックしてみてください。【八丈島の奇跡を再び】溶岩サウナLAVA復興と未来への挑戦10月11日 帰ってきた八丈島この日は到着できるかどうか分からないほどの天気と波と風でした。いつも通りアネロン(酔い止め薬)を飲もうと思って、竹芝桟橋のファミリーマートに行くと、薬剤師が不在との事で薬コーナーが閉まっている、、そのまま「まぁいっか」と乗船。結果、見事に船酔いでした(^^;普段は船内でシャワーや食事はせず酒飲んで景色見て爆睡なのですが、この先しばらく食料が手に入らない可能性もあったので、パンをいくつか買って頑張って食べる。ああ気持ち悪い。。朝は海苔茶漬けシャワーも浴びました。ちなみに東海汽船のシャワーは快適できれいでした、1回100円5分くらい、ボディーソープ付き、水量もしっかりしていておすすめです。シャンプーは持参が必要です。 無事に上陸。この日、船を降りたのはわずか18人だけでした。東海汽船、ナイスファイト。。。リサも飛行機でちょうど同じタイミングで着くことができ、2人とも無事に八丈島に戻ることができました。町は地域住民や建設会社の方々の連携で、主要道路の7割くらいは通行可能になっていました。元自衛隊のトミー、草野君、こみなと君、荒井君など力強い仲間たちが自主的にチェーンソーを持って倒木を片付けてくれていて、なんとか動ける状態にしてくれたそう。それでも、見渡す限りの被害に言葉を失いました。上陸してすぐ、スーパーあさぬまが「今日から営業再開」と聞き、様子を見に行きました。台風直後の初オープン日にも関わらず、長蛇の列。駐車場も満車。親不孝通りでは炊き出しも行われていましたが、そこも同じく長蛇の列。その光景を見て、改めて実感しました。「ここは今、被災地なんだ」と。。自宅は断水・停電。2階は屋根が飛んでしまっていて、雨が染み込み、石膏ボードが崩れ落ちてくる状態。すぐに避難が必要だったため、ベッドなどを軽トラックで運び出しました。友人のたけちゃんが手伝ってくれて、「guesthouse sasaosou(ささおそう)」のおかみさんが軽トラを貸してくれました。本当に助かりました。 ダブルベッドは軽トラの荷台にすっぽり入るんだなと学んだ日ベッドフレームの下に綺麗に入ってます(笑)sasaosou IG あったかくてほっかりするゲストハウスですたけちゃんIG 6月移住8月起業したばかりだけど島に必要不可欠な素敵マンオラキノ空き部屋に避難いまだに何がどこにあるかわからないものだらけ(笑)ここは元々ジム作る予定だったが予算がなく頓挫していた部屋空いている部屋があって良かった、、その日は幸いにもオラキノはシャワーが出たので、その情報を友人やダンスの生徒、地域の方々に共有し、シャワーを貸し出しました。夜は停電・断水中の友人たちを呼んで、みんなで過ごしました。住んでた家の冷凍庫の中身が溶けてしまっていたので、それを消費しながら、携帯の電波も届かない中で四目並べをして過ごしました。明かりも水もない夜は、想像以上に心細く、みんな精神的にもきつさを感じていたみたい。そんな中でも、仲間と集まれる空間を提供できたことが、少しでも心の支えになったのではないかと思います。10月12日 支えに来てくれた仲間たちこの日は、前日から連絡をくれていた仲の良いダンス仲間の三宅さんとチェさんが、「2日間だけなら島の手伝いに行ける。力仕事も必要でしょう」ということで来てくれました。お、おとこ前すぎぃいい。。。ただ、この状況の中で島に外から入ることに配慮してくれて、「インスタとかに書かなくていいよ」という“サイレント”な形で来島。本当に見栄じゃない、純粋な“無償の愛”を感じました。時が経って発信できるようになった今、ここに書かせていただきますよ、本当に助かりました。三宅さんは建設会社の副社長で、解体や修繕作業に慣れており、能登の震災でもダンスを通じた復興支援で現地に入った経験があります。被災地での知識も深く、頼もしすぎる存在でした。スーツケースいっぱいの支援物資を持ってきてくれて、スーツケースごとおいて行ってくれました(笑)チェさんは医師で、怪我や衛生面での知識も豊富。身長180センチを超える体格で力仕事も抜群。頼れる2人が来てくれたことに、心から感謝しました。保存食はもちろんコンビニがない島でレンチンギルティ弁当は至福の極み。。元気でました前日大きな家具は運べなかったので、この日はトミーも手伝ってくれて、冷蔵庫や机などの大型家具をすべて運び出しました。さらに、同じ建物に住んでいた韓国人のおばちゃんの家具まで一緒に運び出してくれました。余談ですが、そのおばちゃんの家には「キムチ専用冷蔵庫(通称キムチっ庫)」があり、停電の影響で家中がキムチの香りに包まれていました(き、きつかった...)。その方の肌ツヤが驚くほど綺麗で、みんなで発酵食品の力を実感しました。ビューホテルさんが、断水地域の方々のために大浴場を開放してくれました。一日中荷物を運び続けて体も限界だったので、ありがたく利用させていただきました。湯につかれるの最高すぎ。。。(次の日から500人超入ることになったらしく断水地域の方のためにこの日以降遠慮しました(^^;)その夜、三宅さんとチェさんが「少しでもみんなの気持ちが明るくなるように」と、USBを持ってきてくれていたのでオラキノで音楽をかけ、即席のパーティーを開いてくれました。毎日インフラ復旧している電気屋さんのぴーちゃんなどもきてくれて、色々な話をしながら、少しでも笑顔を取り戻せた時間になったのかなと。私自身、友達がこうして来てくれて、普段通りに音楽を流して踊る——そんな“日常の一コマ”を取り戻せたことが、心の救いになりました。正直かなり絶望していたけど、こうやって助けてくれる仲間のためにも、1日も早くみんなに元気よくおじゃりやれ!(八丈の方言でようこそ)と言える日を作ろうと決心しました。いつもと違う場所にある冷蔵庫や棚、それさえも今は「被災の風景」だけど、いつかこの日が「懐かしい思い出」になるようにと願います。その日の夜というか明け方、台風23号が直撃。私的にかなり怖かったんですが、22号はこれの何倍とかじゃないくらいすごかったって言ってました。 このあとメキメキという音とともに網戸は吹っ飛びました。。。窓は風でしなりフロアの半分くらいは雨漏りしました。次回の活動報告では、13日にあった発表会や出演を断念したイベントについて以降の復旧作業の進展や、地域での協力体制を中心にお伝えします。最後までお読みいただきありがとうございました( ^^ )


現在の支援総額の状況なんと、公開からわずか1日で150万円を達成し、現在は153%達成の「2,296,111円」、支援者数は217名となっております。私がクラウドファンディングを始めたときは、まさかこんなにもたくさんの方々が支援してくださるとは思ってもいませんでした。目標金額の設定も自分が必死に拡散をしたらもしかしたら150万円にたどりつくかな~と考えて設定したものだったので驚きと同時に、感謝の気持ちで胸がいっぱいです。支援者の一覧もやっとみられるようになりまして、元々島で一緒に過ごしていた仲間、高校のサッカー部の仲間、大学やダンスで出会った人たち、島に帰ってきてから出会った人たち、親族など...本当に素晴らしい人たちに出会ってきたなと改めて感じてます。私は貯金はないけど、“貯信”はできてたんだなと、大袈裟でなく生きててよかったなと思えました。(両方あったら1番いいんですが笑)そして今まで関わってきた方以外からもご支援をいただきありがとうございます。こちらも私に関わってきてくださった方々がわざわざ自分のMPを消費して拡散を唱えてくれたから届いた想いです。ご支援いただいた方も、拡散に協力してくれた方も、他人事でなく考えてくださり本当にありがとうございます。目標金額には達成しましたが、集まった支援金が増えるほど、実際にできることの幅もどんどん広がっていきます。引き続き、八丈島の現状を見守っていただきながら、もし余裕があればなんでもいいので島のことを「拡散」していただけると助かります。10月10日:帰島の決意10月9日に台風があってから、毎日少しずつメモを取っていたので、思い出せる範囲で振り返り,状況を報告できればと思います。この日は親族の集まりが石川県でありました。「熊蔵」という人物の子孫にあたる人達9年振りに開催集まりの最中親戚一同でニュースを見ていたのですが、想像を超える被害の映像が流れ、自分の家の屋根が飛んだと連絡も入り、頭が真っ白になりました。ニュースでは「最大瞬間風速54.8mの台風」と報じられており、最初に映ったのが友人でトレーニングジムを営む草野君の家。次に出てきたのが、ゲストハウス「sasaosou」。そしてその後に映ったのが、レストラン「Poseidon」。知っている人ばかりがニュースに出てくるのに、これほど嬉しくないことはありませんでした。スタッフからアパートの被害状況を聞くと、朝5時に突然屋根が飛び、横殴りの雨で外にも出られず、救急隊を呼んで冷蔵庫にしがみつきながら救助を待ったそうです。私は本来であれば、10月13日に「三鷹emotionS」というダンススタジオの発表会が予定されていました。半年間準備してきて、生徒14名が出演する予定で、本番前リハーサルも控えていたため、石川から戻った後は東京に滞在予定でした。しかしニュースを見て、もういてもたってもいられなくなりました。さらに、次の台風23号が来るという報道があり、屋根が飛んだままの状態では、家具や家財がさらに壊れてしまう危険がある。宿の方も深刻な状況で、スタッフが順々に避難対応に追われていました。子連れママスタッフは東京に避難し、父も一緒に石川県にいたため、現場をまわすのが女性社員1人だけという状態でした。キャンセル対応や避難民の受け入れ準備を一手に担い、水が止まったことで生活用水を汲みに行くなど、過酷な状況にありました。このままではスタッフの身体的・精神的負担も限界だと感じ、アパートの住民と家財の安全確保、インフラ復旧作業員の宿受け入れ、その他現場のサポートをするためにも島に戻る決意を固めました。1人で帰る予定だったのですが妻の里紗も「一緒に帰る」と言ってくれて、どちらか一方でも八丈島にたどり着けるよう、飛行機と船で別々に向かう作戦を立てました。石川から飛行機にのり18時に羽田空港着。そのまま浜松町へ移動し、22時半発の船に乗り込みました。里紗は次の日の朝の飛行機を予約し、飛行機も船も欠航のリスクがある中、どちらか一方でも島に戻れるようにと願いながらの出発でした。これが10月10日の出来事です。次回は10月11日の内容、これからは島に戻ってからの現場の様子や、スタッフ・地域の方々とどのように復旧を進めていったか、普段の八丈島の魅力など、できる限りお伝えしていきたいと思います。最後までお読みいただきありがとうございました!


活動報告 vol.1な、なんと...「公開から1日で178万5111円、163人の方からのご支援をいただきました」(10/24 18:30時点) まさかこんなに多くの方にご支援をいただけるとは思っておらず、心から、本当にありがとうございます。これまで、私のメールボックスは台風被害による「宿泊キャンセル通知」で埋まっていました。でも今は、それが全部「ご支援の通知メール」に変わっていて、悲しくズーンと落ちてた気持ちがとても胸が温かくなります。気持ちだけでも嬉しいのに本当にたくさん方から温かいメッセージ、丁寧に作り込まれたストーリー投稿や拡散…。ひとつひとつに感動して、涙が止まりませんでした。本当に、ありがとうございます。自己紹介私の事を知らない人もいると思うので、自己紹介させてください。八丈島で育ち、中学3年生のときに大田区へ転校しました。その後、中学・高校と都内で過ごし、大学は青山学院大学に進学。在学中にダンスサークルに入り、ダンスに没頭するようになります。所属していたダンスサークルADLのOBOG公演、永z遼と振付しました就職活動を進め、内定もいただいていましたが、ダンスの先生NAOKIさんから「ニューヨークに行かないか」と誘われ、2週間の滞在を決意しました。現地で見た人々の自由で輝くライフスタイルに衝撃を受け、「このまま普通に就職するのではなく、1年間ダンサーとして挑戦してみよう」と決意。その後、ダンスインストラクターとしての道を歩み始めました。写真は自分のインスタの初めての投稿,2回目のNY.Cieloでルイベガと♪10年前の2015年、父から「島の宿をどうするか」という家族会議が開かれ、私は八丈島へ戻ることを決意しました。インストラクター業をすべて辞め、経営を学ぶため一般企業で働くことを考えていたところ、スタジオオーナーから声をかけていただき、3年間個人事業主のもとで経営を現場で学びました。(この間に深夜カラオケでバイトも並行して行い、留学費用を貯める)その後、宿の仕事に英語が必要だと感じていたので、フィリピンへ半年間のインターンシップへ。午前は仕事、午後は授業という生活を他国の人たちと送り、基礎力を身につけました。インターン後はヨーロッパを1年かけて回る予定でしたが、コロナ禍で断念し、その代わりに日本国内14都道府県の宿を巡って学びを深めました。帰島後は、父が営んでいた宿「ケンチャルマ」で修行しながら、自ら事業再構築補助金を申請。宿泊施設に加え、レンタルスペース・ダンススタジオ・ネイルサロンなどを併設し、島民も観光客も楽しめる複合施設「オラキノヴィレッジ」を建設・現在運営しています。ケンチャルマ、素泊まりシンプルステイモデルはまっこちゃんオラキノ宿泊棟中央室各部屋をコンパクトにする代わりに共用部を広くとりコミュニケーションとプライベートのバランスを重視ダンススタジオの会員LINEグループは80名を超え、3歳から64歳までの老若男女が一緒に楽しめる場所となっています。今年3月に行われたスタジオオラキノダンス発表会現在は、八丈島の自然や文化を音楽にのせて配信するチャンネル「South Tokyo Groove」をYouTubeで公開しています。そのほかにも、さまざまなイベント企画などを通して、島と人の魅力を活かした“暮らしの場とカルチャーの拠点”づくりに取り組んでいます。SouthTokyo GrooveHipro主催の地域活性化イベント能登の震災チャリティイベントさいごにたくさんの方から支援のメッセージをいただいており、正直、まだCAMPFIREの機能も使いこなせておらず、クラファン内のメッセージや、どなたが支援してくださっているのか、まだ確認できてません、難しい…(笑)今日はインスタのストーリーとLINEの支援してくれた方々へのお返事でいっぱいいっぱいだったので、明日以降やり方を学び、順次!丁寧に!感謝の気持ちを忘れずに!読ませていただきます。本当に、心からありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。Yumi


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