
本記事は3回にわたって公開します。
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僕がいた学校は小中高合わせて20人弱の小さな学校でした。
クラスメイトは3人。2人は不登校が主な理由で、僕のいた特別支援学校に転校してきました。
学校はもちろん、放課後も、休日も、常にオンラインゲームを3人でするくらい常に一緒で、僕の障害や入院生活のバリアを感じることもなく過ごしていました。
しかし、高校受験が迫ってくると周りは大きく変化していったのです。
僕らの学校はエスカレーター式で高等部へ進学することが一般的でした。
彼らも当然、一緒に進学するとばかり思っていました。
「あのさ、俺たち普通校に進学するわ」
その時、自分がどんな顔をして、どう返答したかも覚えてません。当たり前だと思っていた未来が崩れ、僕だけ置いて行かれた孤独感に襲われたことだけは覚えています。
彼らに置いて行かれたくないとの思いで「僕も退院して高校に行きたい」と言うも、前例もなく「それは難しいよ」という声で未来が塞がれました。
障害があっても自分が動けば変わると信じてきた僕にとって、前例がなくどれだけ頑張っても変わらない事実は絶望そのものでした。
それから、彼らが必死に勉強して、合否結果に一喜一憂する姿を離れた場所で見ることしかできませんでした。
僕は形式上の高校受験で、適当に埋めた解答用紙で合格しました。
悔しかったし、情けなかった…
分かっていたけど、気づかないふりをしていた。彼らとは生きる世界が違うと正面から突きつけられました。
それから、夢や目標なんて概念を捨てて、ただ病院のルーティンをこなす日々を過ごしていたとき、担任の先生が一冊の本を持ってきてくれました。

著者は僕と同じ障害を持ち、わずかに動く親指だけで起業をした佐藤仙務さん。
障害者である自分に何もできないと思っていた僕にとって、一般社会でビジネスをされている佐藤さんの存在が希望になったのです。
一文字一文字が僕を浄化するかのように、気づけば泣きながら読んでいました。
「佐藤さんのように、働いて社会に関わる」ことを目標に、大学進学を目指すようになりました。
できるかどうかは、前例がないからわかりません。
看護師さんも全員が応援してくれるわけではありません。
「どうせ口だけよ」
「勉強してるふりでしょ」
「まだそんな夢を持ってたの?」
数々の言葉を聞きながら、自分を信じ、とにかく勉強し続けました。
大好きなゲームもやめ、体の運動機能が低下しても、勉強し続けました。
だって、唯一僕が取れた選択肢だから。
大学受験当日。
緊張のあまり面接官の前で用意した回答が抜け、頭の中が真っ白になりました。
本来なら焦りますよね。
僕は感謝の気持ちがどんどん湧いてきました。
高校受験すらできなかった僕が大学受験の舞台に立っている。そして合格すれば前例のない退院もできる。
もう幸せでしかないじゃないですか。
2018年3月18日。
10年ぶりに退院し、僕の新たな人生がスタートしました。

※退院時に持って帰った荷物
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