
小学2年生の春休み、父親と祖母の3人でいつもとは違う病院に行き、病棟を案内されました。
「綺麗な部屋だし、住んでみたいな」
何気なく言った、一言が決めてとなり、以降10年間にも及ぶ入院生活がスタートしました。
当時の僕は何もわかっていませんでした。
入院当日、いつもとは違う雰囲気を感じて、車のラジオで流れる青山テルマさんの「そばにいるね」が、どこか不安を仰ぐBGMのようでした。
これまで人見知りで、家族以外と話すことが苦手だった僕が、突然病院でひとりぼっちになりました。
初日は泣いて、泣いて、また泣いて。最後は涙が枯れて泣き疲れて眠った。
それが入院生活の1日目でした。
同級生もおらず、周りは障害のある大人ばかり。
病棟のルールも分からず、とにかく大人の顔色を伺いながら集団生活を学んでいきました。
<当時の生活>
◼︎5:30:起床
◼︎7:00:朝食
◼︎8:00:トイレ
◼︎9:00:リハビリ
◼︎9:30:入浴(週2回)
◼︎10:30:学校
◼︎12:30:昼食(病院に戻る)
◼︎13:30:学校
◼︎16:00:下校
◼︎17:00:夕食
◼︎20:00:ベットへ移る
◼︎21:30:就寝
最初はトイレの時間が決まっていることに衝撃を受けるも、徐々に慣れて、このルーティンを繰り返す日々を送るようになりました。
もちろん、家族に会いたい気持ちは毎日続きました。
そして、すぐに退院できるとも思っていました。
僕の居場所はここじゃないって思っていました。
そこから気づけば、6年。僕は中学3年生に。
いつしか、病院の外で暮らすイメージがわかなくなり、病院が僕の居場所だと思うように変化していました。
同年代の患者さんと毎日遊び、学校のクラスメイトともオンラインで四六時中ゲームをして、実家に帰らなくても楽しい日常がありました。
週2回しかお風呂に入れない、昼休憩で一緒にお弁当を食べられないこと以外は、何も不自由を感じていなかったんです。
そんな僕が、絶望を感じたのは、高校受験の時でした。
人生で初めて障害者である現実を痛感する出来事でした…
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