あのとき、「なぜ彼女はそこまでして戦場へ戻ろうとするのか」という問いに、答えは見つからなかった。
ただ一つ、確かだったのは、彼女の表情に後悔がなかったこと。自分で選んだ場所に、自分の意思で立っている、という覚悟だけがあった。
それでも、僕はやはり思ってしまう。「生きてほしい、」と。誰かのためにではなく、まず自分の人生として、生きていてほしい、と。
もし。日常の中に、「自分が大切にしているもの」を静かに思い出せる場所があったなら。
もし。何気なく目に入る風景の中に、「戻ってくる理由」がそっと置かれていたなら。
人は、ほんの一瞬、立ち止まれるのかもしれない。
僕が「フォトフレーム」という形でやろうとしているのは、何かを決断させることでも、正解を示すことでもない。
ただ、無駄に命を投げ出してしまいそうになる、その直前で、想いを“留める場所”をつくれないか。
そんな問いを、今も考え続けている。
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