この4月から、日本初の、バイリンガル・オンライン教会をオープンします!

この4月から、日本初となる、バイリンガル・オンライン教会 (Lights Church) をオープンします。Lights Churchの運営、website & SNS関連の運営、オンライン・イベントの開催、チラシ作成・配布、ネットワーキングなどに必要な費用を集めたい。

もうすぐ
終了

現在の支援総額

176,000

35%

目標金額は500,000円

支援者数

27

募集終了まで残り

1

この4月から、日本初の、バイリンガル・オンライン教会をオープンします!

もうすぐ
終了

現在の支援総額

176,000

35%達成

あと 1

目標金額500,000

支援者数27

この4月から、日本初となる、バイリンガル・オンライン教会 (Lights Church) をオープンします。Lights Churchの運営、website & SNS関連の運営、オンライン・イベントの開催、チラシ作成・配布、ネットワーキングなどに必要な費用を集めたい。

8歳で英検1級に合格。5歳で作曲。3歳からピアノ。学生で起業。若くして有名になる子役。そのニュースを見た瞬間、心のどこかが沈む。「自分はもう遅い」「もう勝負はついている」「今さら始めても意味がない」英語を始めたい。ピアノを習いたい。海外に行きたい。良い出会いがほしい。起業してみたい。でも、メディアが騒ぐ最年少たちと比較し、自分の年齢という数字がブレーキをかける。でも、本当に、もう遅いのでしょうか。■ 神様のみ前での評価基準世間は、“早い人”を取り立てて騒ぎます。最年少。史上最速。若き成功者。しかし、神様のみ前では、早いから評価されるわけではありません。問われるのはスピードではなく、与えられた役割に忠実であったかどうかです。■ 遅咲きだった人たち聖書を見ても、早熟な成功者ばかりではありません。ノアは、長い年月を経てから大きな使命を担いました。モーセも、荒野での数十年の訓練の後に召し出されました。イエスも、30歳くらいまで無名でした。もし「遅いから無理」なのであれば、彼らの物語は始まらなかったはずです。神様のご計画は、人の焦りとは違うリズムで進みます。■ すべては定められた時に美しい伝道の書3章11節にはこう記されています。原語のヘブライ語では、אֶת־הַכֹּל עָשָׂ֖ה יָפֶה בְעִתּוֹ日本語では、「(神様は)すべてのものを、その(定められた)時に美しく造られた。」必ずしも、「より早い = より美しい」のではありません。遅いから劣っているのでも全くありません。定められた時に起こることが、美しい。あなたの出会いにも、何かに気がつくことにも、行動し始めることにも、神様が定められたタイミングがあります。そしてそれは、早すぎることはなく、遅すぎることもあり得ません。■ このオンライン教会も「今」このオンライン教会が始まるのも、10年前ではありません。なぜなら10年前はまだコロナ前で、オンラインで集まるのはまだほとんど浸透していませんでした。10年後でもありません。10年後には、1500万人以上の方々が、亡くなってしまっています。今がタイミングなのです。必要な経験。必要な環境。必要な知恵。必要な出会い。それらが重なった“今”だからこそ始まっています。このプロジェクトへの締め切りは、残り日数たった 16日。そしてあなたが今日このお悩み相談を読んだのも、偶然ではありません。神様が定められた、美しいタイミングなのです。■ 支援という「タイミング」私たちの社会には、「もう遅いかもしれない」と落ち込み、諦めかけている人が大勢います。年齢で夢を諦める人。出会いの場に行くのをを諦める人。挑戦をやめる人。その人たちに伝えたい。そして、その人たちを救いたい。遅いのではない。あなたの時が来たのだ、と。このオンライン教会は、その声を届ける場所です。あなたの支援は、比較で落ち込む人々を解放し、人々に、神様の美しいタイミングを信じて立ち上がる勇気を与え、輝かしい人生を再出発する人を増やします残り16日。この最も美しいタイミングに、ぜひ支援という一歩を、勇気を出して踏み出してください。共に、「もう遅いよね?」と落ち込んでいる人を一人でも多く救うオンライン教会を立ち上げましょう。神様の時計の中で、今がその時なのです。


金持ちと貧乏。背が高い人と低い人。外見に恵まれている人とそうでない人。才能がある人とそうでない人。国籍や肌の色。親や兄弟、育った環境。自分で選べず、生まれた瞬間から既に乗り越え難いほどの大きな差があり、どれだけ努力しても、あの人のようにはなれない気がする。。「あの人は恵まれているからできるんだ」「こんな不公平ならやる気が起きない」「どうしてこんな不利な条件で生きなければならないの?」そう感じるのは、とても自然です。そして確かに、大きな差は存在します。---## ■ もし全員同じだったらすべてが同じ世界を想像してみてください。外見も、能力も、家庭も、結果も同じ。努力しても全く差は出ない。何をしても同じ結末。そんな世界だったら、私たちはこう呟かないでしょうか。「何をしても同じなら意味がない」様々な違いがあるからこそ、お互いに、異なる、固有の物語が生まれます。---## ■ 能力は文脈で意味が変わる私たちは「恵まれている能力」を絶対的な価値のように感じます。しかし実際には、その価値は文脈によって大きく変わります。プロのスポーツ選手ほどの身体能力も、オーケストラのソリストとしてなら、ほとんど役に立たない可能性が高いです。ファッションを極めることも、イカ釣り漁では殆ど意味を持たない可能性があります。つまり、何かの能力が高くても、別の文脈では殆ど評価されないことが多いのです。それは、それぞれの役割で期待されていることが全く違うからです。---## ■ 違いは役割の入口世の中にはおびただしい種類の役割があります。そしてそれぞれが、固有の資質を必要としています。環境の違いは異なる視点を、経験の違いは理解を、制約は工夫と独自の強みを生み出す原動力になります。もしみんな同じ条件と環境であったなら、みんな同じ役割しか果たせません。それぞれ違うからこそ、お互いに補い合い、様々な角度からお互いに貢献することが可能となります。だから多様性が必要なのです。---## ■ 比較が苦しみを生む構造「あの人のようになりたいけどなれない」この苦しさは、その人との差そのものよりも、それぞれに聖書の神様から与えられた役割がそもそも違うという事を知らないことから生まれます。役割が違うのに両者を比較すれば、どちらかは必ず劣って見えます。しかし問いを変えると景色が変わります。「私は聖書の神様から、何を期待され、何の役割を与えられているのだろう」「私の条件や環境を活かした、私に出来る貢献は何だろう」---## ■ 違いはストーリーの原動力多様性とは現実の凹凸です。そして期待と役割の違いから生じている凹凸は、協力のチャンスを生み、それは私たちの物語を動かします。違いは不公平というよりも、異なるストーリーを生むエンジンです。そしてそのストーリーは、それぞれの役割と協力をガソリンに、推進していきます。---## ■ 問いは「なぜ私だけこんな」から「私はこれで何の役割を果たせるか」へ不公平を感じること自体は自然で、むしろそれは重要な発見です。そしてもう一歩進める問いがあります。この特質を活かして、私は何に招かれているのだろう?あなたの特質を活かしたことに、あなたは招かれています。---## ■ あなたの支援が変えるもの非常に多くの人々が、不平等な条件や環境を理由に自分の人生に嘆き、「どうせ無理」と諦めて、可能性を閉じてしまいがちです。或いは傲慢になり、周りの人たちを見下して嫌われてしまいがちです。このクラファン・プロジェクトは、その地点で停滞している人々を救います。あなたの支援は、- 冒頭に挙げたような違いを、優劣ではなく役割の違いとして読み直す学び- 自分のストーリーを、他者を励ますことのできる資産として活用する対話- それぞれが与えられた条件を活かし、貢献することができる実践の場を生み出し、不利だと思っていた条件がや環境が、聖書の神様から与えられた役割と貢献の入口へと変わる瞬間を生み出します。あなたの支援は、比較に疲れた誰かが、「もういい」と諦めず、**「この条件には特有の価値がある」**と立ち上がるきっかけになります。---### ■ 最後に世界は均一ではありません。だからこそ役割と貢献、固有のストーリーが生まれます。異なる能力や環境は、優劣では無く、期待されている役割の違いを発見して活かす為の装置かもしれません。世の中には無数の役割があり、それぞれが固有の資質を必要としています。違いは、お互いを必要とする磁石です。私たちの新しいオンライン教会は、人々が違いを活かして支え合う場所となります。この場所を、ぜひ一緒に作ってください。


周りに感情の起伏が大きい人がいると、疲れてしまうことがあります。「どうしてあんなに感情的なんだろう」「自分とは合わないのでは…」そう感じるのは、とても自然なことです。でもここで、一つ大切な視点をお伝えしたいのです。性格の違いは「問題」ではなく、「チャンス」です。---## ■ 性格はバラついていて当然人には様々な性格があります。分析型、行動型、共感型、慎重型。最近では「16タイプある」と言われることもありますが、重要なのは「タイプの数」そのものではありません。大切なのは、人は、ロボットや金太郎飴のように一様ではないように、神様によって創られているという事実です。凹凸があるからこそ、歯車は噛み合い、全体が機能します。---## ■ 感情的な人の役割感情的な人は、場を乱しているように見えることがあります。しかし別の角度から見ると、- 空気の変化に敏感- 痛みに気づきやすい- 喜びを増幅できるという強みがあります。理性的な人だけでは、電卓のように、機械的になりがちかもしれません。感情的な人だけでも、方向を失います。両方が必要なのです。---## ■ 疲れるのは弱いからではない感情の強い人に振り回されて疲れてしまうと、「自分が未熟なのでは」と、自分を責めてしまうことがあるかもしれません。でもその必要はありません。それは単に、あなたの特性と相手の特性が違うというだけです。違いがあるから摩擦があり、同時に発見や補完が生まれます。つまり違いがあるからこそ、摩擦を活かすチャンスが生まれあるのです。---## ■ 凹凸があるから体になるこれまでの回でも触れてきたように、人はそれぞれ役割を持っています。静かに整理する人前に出て動かす人深く共感する人論理で支える人どれが欠けても、全体は弱くなります。性格の凹凸は欠点ではなく、役割の違いです。---## ■ 問いは「合うか」ではなく「どう活かすか」私たちはつい、合うか合わないか好きか嫌いかで判断してしまいます。しかし視点を少し変えると問いはこうなります。この違いは、どんな役割の違いを示しているのだろう?お互いの役割の観点から、どのようにこの摩擦を活かせるだろう?この問いに変わると、人間関係は批判や排除ではなく、理解と補完、尊敬と協力へと変わっていきます。---## ■ あなたの支援が生み出すものこのプロジェクトでは、- 性格の違いを役割の違いとして理解する学び- 自分の強みと他者の強みを見つけて喜ぶ対話- 凹凸を活かして共に働く実践の場を整えています。性格の違いに疲れてウンザリしていた人たちが、役割の違いから考え直す事で、お互いを尊敬して協力する場所を作ります。あなたの支援は、誤解を減らし、協力して偉大な事を成し遂げる関係を生み出す土台になります。---### ■ 最後に「なんでこんな性格なの?!」その問いの答えは、、恥ずべき欠点ではなく、役割の違いとそれを活かせるチャンスかもしれません。感情的な人も、理性的な人も、静かな人も、活発な人も、必要不可欠です。凹凸があるからこそ、協力が生まれ、全体はより豊かになります。あなたの支援によって、その多様性を活かして輝く場を、一緒に作って下さい。


「私は内向的だと思う。人と会うと疲れます。なんとか変わるべき?」「頑張って人付き合いをしてるのに、どうしても疲れてしまう。。」そんな自分を責めてしまったことはありませんか?「もっとみんなみたいに社交的にならなければ…」「自分は変わらないと価値がないのでは…」もしあなたがそう感じたことがあるなら、まず伝えたいことがあります。変わる必要は特にありません。なぜなら、神様は私たちを、多様に創造されたからです。内向的であろうと、外向的であろうと、ありのままであなたは美しく、神様の体の中で不可欠な存在だからです。■ 内向性の方が劣っているのではありません花はペラペラ話しません。それでも佇まいだけで多くの人を癒し、心を整えます。あなたの内向性も同じです。無理に話さなくても大勢の前で目立たなくてもあなたの存在そのものが、周囲に良い影響を与えています。■ 正反対のタイプは互いに惹かれる多くのカップルや友人関係は、正反対のタイプ同士で結ばれています。なぜなら、人は磁石のように、真逆の相手に惹かれ、尊敬し、補い合うからです。内向的なあなたも、外向的な誰かも、神様の目から見ると、互いに欠かせない存在で、そのままで魅力的なのです。■ 役割を意識する第9回でお伝えしたように、神様は私たち一人一人に、役割と才能を与えてくださっています。内向性は何とか脱却すべきものではなく、むしろあなたが果たすべき役割に適した特性かもしれません。社交的でなくても、あなたに与えられた役割に活かせば、あなたは充実感と幸せを感じるでしょう。■ 無理に変わる必要はない社会の一般基準に囚われて、内向的=劣っている人付き合いが少ない=魅力が無いと考える必要はありません。あなた自身でいること、特性に応じた役割は何かを探し、神様から与えられたその役割に生きることで、あなたの魅力が最大限に活かされます。■ あなたの支援が生み出すものこのプロジェクトでは、自分の特性と自分に合った役割について深く学ぶ機会(知識)内向性を活かして、神様から与えられた役割を果たすための力を磨く環境(能力)役割を教会のミニストリーを通して実践して用いる(実践)を提供しています。内向的であっても、あなたの特性を活かして果たせる役割が必ずあります。今日の支援は、自己否定に疲れた人々を安心させ、ありのままの自分で価値を発揮できる環境を作る一歩です。■ 最後にあなたは変わる必要はありません。むしろ、そのままの自分で神様の前に立ち、役割を果たすことこそが大切です。内向であろうと外向であろうと、あなたの存在はそのままで美しく、不可欠です。あなたの魅力が、人々の間で輝く場を一緒に作りましょう。


「私には才能はないと思う。。どう思う?」努力しているのに、中々思うように結果が出ない。。「あの人のようにもっと才能があれば…」と比べては落ち込み、妬む。。もしあなたがそう感じたことがあるなら、まず伝えたいことがあります。それは、そう感じたことがあったとしても、あなたが悪いわけではないということ。もしかすると―― “才能=能力”という一つの物差ししか知らず、それに囚われすぎていることが原因かもしれないのです。■ 抜け落ちている視点私たちは無意識のうちに、どれだけ結果を出せるかどれだけ突出しているかこれを価値の基準にしてきました。しかし、この視点には一つ、決定的に抜け落ちているものがあります。それは「神様の御前での価値」という視点です。新約聖書のⅠコリント12章にはこうあります。「体は、一つの部分ではなく、多くの部分から成っています。」(1コリント12:14)「目が手に向かって『お前は要らない』とは言えず、また、頭が足に向かって『お前たちは要らない』とも言えません。 」(1コリント 12:21)これらを踏まえて言えることは、体から切り離された突出した能力自体に価値があるのではなく、体に属して役割を果たしていることにこそ価値があるということ。聖書によれば、「それぞれの人に神様から役割が与えられており、不要な人は誰もいない」ということ、また、その「役割は教会との関係で見出され、磨かれ、果たされるもの」ということがわかります。神様の視点では、「どれだけ何かに突出しているか」よりも、「教会との関係で、あなたが与えられた役割を担い、果たしているか」が問われています。■ 神様のみ前での価値は、多面的才能=“突出した能力”と定義してそこに囚われると、もっと大切なことを見失います。聖書の神様の御前での価値は、もっと立体的です。私はそれを、こう整理してみました。神様の御前での価値 = 知識 × 能力 × 実践(A) 知識:神様から自分に与えられた役割を、聖書に基づいてどれだけ深く理解しているか(B) 能力:その役割に必要な力を、日々どれだけ磨いているか(C) 実践:現在、その役割を教会との関係で、どの程度実践し、果たしているか各5点満点(0〜5で5が最高)で評価し、各項目での点数を掛け、最大125点で自分を測定することも可能です。例えば、(A) = 1(B) = 4(C) = 0 なら、1 x 4 x 0で、合計は0です。何かしらの能力が相当高くても、聖書が教える「役割」についてはほとんど知らない、そして、教会に関わる実践がまだないというケースもありえます。逆に、役割について熟知していても、能力を磨かず、実践もなければ、役割を果たせません。このように神様の前での価値は、(B)能力単体ではなく、三つの掛け算という見方もあります。■ なぜ苦しいのか能力という一点に囚われると、他人と比較して落ち込んだり他人との競争と勘違いしてしまいます。だから疲れ、時に苦しくなるのです。しかし聖書の神様の視点に立つと、問いはこう変わります。「あなたは、神様から与えられた役割を果たしていますか?」これは他人との競争ではなく、あなたに与えられた「使命」の問いです。■ あなたは才能がないのではない聖書の神様の視点が抜け落ちたまま、これまで「能力」だけに注目してきたとしても大丈夫。本当の価値を、役割を、多面性を、神様の視点を、まだ教わっていないだけかもしれない。それぞれの項目における数値を一緒に伸ばしつつ、共に、与えられた役割を果たしていく。それが、このプロジェクトの目指すものです。■ あなたの支援が生み出すもの・役割を深く学ぶ機会(知識)・役割を果たすために必要な力を磨く環境(能力)・役割を実践する場(実践)Ⅰコリント12章が語る「各器官が支え合う体」を、現代に具現化します。「才能」という一面的な物差しから解放し、各自の「神様のみ前での価値」を取り戻す。今日のあなたの支援が、「才能」という言葉の誤解で落ち込む人々を救い出し、他者との比較に疲れた人に、各自に与えられている役割を見出し果たす喜びを与えます。この場所を、ぜひ一緒に作ってください。


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