
プロジェクトを進める中で、「なぜニューオーリンズなのか?」と聞かれることが増えてきました。
プロジェクト本文でも触れている通り、赤須翔さんの言葉がきっかけとなり、その印象が強く残っていたことが原点にあります。
そこから改めて向き合う中で、ニューオーリンズという街が持つ都市のあり方について、いくつかの気づきがありました。
ニューオーリンズは、ジャズや祝祭の街として知られていますが、もう一つの大きな特徴は、常に「周縁」に置かれてきた都市であるという点です。
政治や経済の中心ではなく、港と移民、交易と混血によって形づくられてきた街。
制度や正解が先にあったのではなく、生活と関係性が先にあり、その積み重ねが文化になっていった歴史があります。
また、この街は災害や社会的断絶を何度も経験しています。記憶に新しいのは、2005年のハリケーン・カトリーナによる被害です。
そのたびにニューオーリンズは、効率的に「元に戻す」ことよりも、文化と生活を同時に更新する選択を重ねてきました。
こうした背景から、ニューオーリンズは近年「起業の街」としても語られるようになっています。
それは、大規模な資本や洗練されたビジネスモデルによるものではなく、小さな挑戦が許容され、失敗を含んだ試行が積み重なる構造が、街の中に残り続けているからだと感じています。
現在進めている能登・小笠原での活動においても、規模や効率では測れない場所で、文化や関係性が先に立ち上がっていく場面を多く目にしています。
ニューオーリンズは、そうした状況を理解するためのひとつの参照点として、いま改めて意識している都市です。父島でのLIVE2日間に向けて、現地では準備が進んでいます。
実験的なプロジェクトではありますが、活動報告を通して文脈を整理しながら、ハートフルエコノミーのかたちを少しずつ具体化していきます。




