人と接することが怖くなっていた頃がありました。それでも、近所のおじさんが地域猫にごはんをあげる時間だけは不思議と心が落ち着き、私は毎日のように足を運んでいました。いつもの餌やり場。昨日まで来ていた子の姿が、今日はない。そのとき初めて、外で生きるということの過酷さを知りました。ある日、一匹の地域猫が足を引きずりながら歩いてきました。後ろ足はパンパン。私は当時、精神的に不安定な状態で家事も入浴もままならず、自分のために動く気力さえ失っていました。後に、鬱病と診断されるほど心が弱っていました。それでも――その子を見た瞬間、迷いはありませんでした。「この子を助けたい」気づけば保護し、家に連れて帰っていました。猫の飼い方を必死に調べ、通院し、圧迫排尿の方法も教わり、できることを一つずつ覚えていきました。この子を守らなきゃ。 そう思ったとき、止まっていた私の人生が、少しずつ動き出したのです。 私を必要としてくれている。その姿を見て思うのは、「助けた」のではなく「私の心が助けられている」ということ。 私に必要だったのは、共に生きる温もりと、そばにいてくれる存在でした。保護猫が、私を生かしてくれました。この子の名前は、ミルキー。私の人生を変えてくれた、大切な家族です。ミルキーは、本格的に愛護活動を始めるきっかけとなった、みぃちゃん親子猫とのご縁を結んでくれました。「目の前に助けが必要な子が現れたら保護しよう」そう心に決めたあの日の気持ちは、今も変わりません。それは、いつもミルキーとの約束があるから。暗闇にいた私に、光を照らしてくれたミルキーへ。今度は私が、猫たちに恩返しをするね――そう誓った約束です。 ミルキーは、まるでみぃちゃん親子猫にバトンをつなぐように、私の腕の中で静かに息を引き取りました。愛犬ロイとの最後の写真(左:ミルキー・右:ロイ) その最期のぬくもりが、今も私の原点です。外で暮らす子たちは、たとえ餌やりさんがいても、ある日突然姿を消します。 怪我や病気のまま、『しんどい、苦しい、痛い、助けて』と声をあげることもなく誰にも看取られず、孤独の中で命を終えていく現実もたくさん見てきました。だからこそ思うのです。本当は救える命なら救いたい。でも、それは私のエゴかもしれません。その答えは、今もわかりません。お外が向いている子もいるのは事実です。それでも――お産を経験してきた子、病気を抱えた子、長い間お外で頑張ってきた老猫たちには、 最後くらい、人のぬくもりに触れて、安心しながら生きる時間があってもいい。私は、そう信じています。行き場のない猫を愛してくれる家族のもとに。私の目の前に現れてくれたのに手を差し伸べることができなかった命がたくさんあります。この子は…保護する予定で準備中に、消えてしまった子です。後悔しかありませんでした。猫たちはどんなに目をそむけたくなるような状況でも、そこで生きるしかありません。本来は愛されながら人とともに生きる伴侶動物が過酷な生活を強いられて、たったひとつしかない命を終えています。 今はとにかく、悲しい思いをする子を増やさないようTNRを進めることが急務です。その中で人の助けを必要とする子たちに出会った時は、迷わず保護して里親さんを探していきます。保護できた子を愛してくれる家族へと繋ぎたい。クラウドファンディングの目標額を達成することで、より多くの助けが必要な猫たちへのレスキューが可能になります!猫たちの幸せな未来を願って…最後の1秒まであきらめず全力で頑張ります! どうか最後まで見守っていただけたら嬉しいです!目の前の一匹の世界を永遠に変えるために私たちはこの活動を続けます。






