2026/01/01 21:03

行橋市御所ヶ谷に残る「神籠石」は、山の尾根線に沿って巨大な石列が延び、一定の領域を囲い込むように築かれた遺構です。一般には古代の防衛施設、あるいは祭祀的な境界と説明されますが、その規模と構造は、当時の在地技術だけでは説明しきれない部分も残しています。
私はこの神籠石を、白村江の戦い後に九州北部へ進出した唐・新羅勢力、あるいはその影響下で築かれた「占領管理の境界」であった可能性があると考えています。守るための壁ではなく、支配と管理を示すための境界だったのではないか――。
神籠石は、文字資料には残らなかった占領の痕跡であり、風景の中に刻まれた古代の政治の記憶です。この展示と記録は、その見えない歴史を、もう一度私たちの前に呼び戻す試みでもあります。





