がんステージ4克服!肉レシピ(豚・鶏・牛)店オープン支援プロジェクト

私は2021年4月に上咽頭癌ステージ4と診断され、抗がん剤と放射線治療でほぼ消失したが、2年後に肺に転移し手術をしてもらった。退院して知り合い、テニス仲間、兄弟姉妹、姪っ子に料理を作って喜ばれた。特にデミシチュー、おでん、牛すじ煮込みが人気でした。お店を旭川に開いてがん患者含め笑顔を増やしたい。

現在の支援総額

378,000

7%

目標金額は5,000,000円

支援者数

31

募集終了まで残り

10

がんステージ4克服!肉レシピ(豚・鶏・牛)店オープン支援プロジェクト

現在の支援総額

378,000

7%達成

あと 10

目標金額5,000,000

支援者数31

私は2021年4月に上咽頭癌ステージ4と診断され、抗がん剤と放射線治療でほぼ消失したが、2年後に肺に転移し手術をしてもらった。退院して知り合い、テニス仲間、兄弟姉妹、姪っ子に料理を作って喜ばれた。特にデミシチュー、おでん、牛すじ煮込みが人気でした。お店を旭川に開いてがん患者含め笑顔を増やしたい。

2026/03/11 09:15

感想ー第二弾(No editing)

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第一章の、あの生命の歓喜に満ちた「もつ鍋」の衝撃から、まだ幾日も経っておりません。私の魂は、まだあの時の感動の余韻に震え、心は温かい光に満たされたままでした。正直に申し上げます。あれ以上の感動など、この人生で二度と味わうことはないだろうと、本気で思っておりました。あの、失われた味覚を取り戻した二瓶さんの「第二の誕生」を、鮮やかな色彩と、ほとばしる生命力で描き出した一杯。あれは、再生のファンファーレであり、生きる喜びを高らかに歌い上げる、魂の交響曲でした。しかし、私は、間違っておりました。先日、手渡された第二章、「牛すじ煮込み丼」。二瓶さんから、あのずっしりと凝縮されたエネルギーの塊のような容器を受け取った瞬間、私は悟りました。これは、第一章の続編などではない。これは、第一章があったからこそ理解できる、全く別の、そして遥かに深く、静かな物語なのだと。私の掌に感じたのは、単なる物理的な重さではありませんでした。それは、一人の人間が、その身一つで耐え抜いてきた、壮絶な人生の重みそのものでした。癌という、あまりにも巨大で、理不尽な敵と対峙し、絶望の淵から生還した魂の重み。この中に、一体どんな物語が、どんな祈りが、そしてどんな涙が、一滴残らず凝縮されているのだろうか。そう思うだけで、胸が締め付けられるように熱くなり、目の前の景色が、感謝と畏敬の念で滲んで見えました。家に帰り、まるで神聖な儀式を執り行うかのように、心を鎮め、ゆっくりと蓋を開けた瞬間、私は息を呑みました。そこに広がっていたのは、静寂に満ちた、深く、そしてどこまでも美しい漆黒の海。もし、前回のもつ鍋が、生命の誕生を告げる、色鮮やかな「星雲」であったとするならば、この牛すじ煮込み丼は、その宇宙のすべてを、静かに、そして力強く支配する「暗黒物質(ダークマター)」でした。それは、二瓶さんが独りで見つめてきたであろう、長く、暗く、そして果てしない闘病生活の夜そのものを思わせました。しかし、その静寂の暗黒の海の中で、トロトロに煮込まれた牛すじたちは、まるで夜明け前の東の空に、一番最初に輝き始める希望の星々のように、力強く、そして優しい光を放っていたのです。それは、悠久の時を経て形成された、食の「化石燃料」。絶望という名の分厚い地層の、そのさらに奥深くで、想像を絶するほどの圧力と孤独に耐え抜き、純粋な生命のエネルギーの結晶へと昇華した、魂の塊そのものでした。温めるために鍋に移し、コンロの火を灯す。すると、醤油と出汁、そして幾種類もの香味野菜が、まるでオーケストラのように、それぞれの音色を奏でながら、一つの完璧なハーモニーとなって、私の部屋を満たしていきました。しかし、それは単なる料理の香りではありません。それは、二瓶さんが一度は完全に失い、そして筆舌に尽くしがたい苦しみの果てに、奇跡的に取り戻した「命の記憶」そのものの香りでした。この香りを、二瓶さんはどんな想いで、再びその肺いっぱいに吸い込んだのだろう。当たり前だったはずの「美味しい」という感覚が、どれほど愛おしく、どれほど奇跡的なものであったか。その歓喜の瞬間を想像しただけで、私の涙腺は、もはや何の抵抗もできずに、決壊してしまうのです。そして、炊き立ての、一粒一粒が星のように輝く白いご飯の上に、その漆黒の宇宙を、そっと、しかし大胆にかける。純白のキャンバスの上に、暗黒星雲が広がっていく。私の目の前に現れたのは、もはや単なる丼物ではない。それは、二瓶さんという名の創造主が、その掌の上で、ご自身の人生のすべてを注ぎ込んで創造した、食べるための「小宇宙」でした。レンゲで、ご飯とその宇宙を一緒にすくい、震える手で、祈るように、口に運びました。その瞬間、私の周りの世界の音が、完全に消えました。最初に感じたのは、懐かしい醤油の香ばしさと、角の取れた優しい甘み。そして次の瞬間、主役である牛すじが、舌の上で、まるで春の雪が太陽の光に触れて溶けるように、はかなく、優しく、そして跡形もなく、解けていきました。あれほど強靭で、決して他者と交わることのなかったであろう筋繊維が、その硬い鎧を完全に脱ぎ捨て、純粋な旨味の奔流となって、私の魂に、優しく、しかし抗うことのできない力で、流れ込んでくる。その時です。私の目から、熱いものが、堰を切ったように、とめどなく溢れ出てきました。悲しいのではありません。あまりにも、あまりにも、美味しかった。そして、その美味しさの奥に、二瓶さんの、誰にも打ち明けることのできなかったであろう、言葉にならないほどの苦しみと、それを乗り越えた人間の、とてつもない強さと、海のように深い優しさが見えたからです。前回のもつ鍋が、味覚を取り戻した「歓喜」と「再生」の物語であるならば、この牛すじ煮込み丼は、その歓喜に至るまでの、長く、孤独な「闘い」と「忍耐」の物語です。味覚を失うということが、料理人にとって、どれほどの絶望か。僕には、本当の意味で理解することなど、到底できないでしょう。食べることが、生きる喜びそのものであったはずなのに、それが砂を噛むような苦痛に変わる日々。世界から色が消え、音が消え、味が消える。その完全な無の世界で、二瓶さんは、まさにこの牛すじのように、硬く、冷たくなっていく心を、どれほどの力で、必死で繋ぎ止めていたのでしょうか。そして、再び「美味しい」と感じられたあの日の奇跡。その、新しい生命が誕生したかのような、涙が出るほどの喜びが、この一滴一滴の煮汁に、この繊維の一本一本に、これでもかというほど、込められている。そう感じたのです。この一杯は、二瓶さんの「第二の人生」そのものです。癌という巨大な圧力によって、一度は砕け散り、その存在意義さえ見失いかけた魂が、再び集まり、以前よりもっと強く、もっと優しく、そしてもっと温かい光を放つエネルギーの塊へと再生した。私たちは、その奇跡の「化石燃料」を、今、こうして、何の苦労もせずに、分けていただいている。この一口が、どれほど尊く、どれほど奇跡的なものであるか。そう思うと、ただただ、感謝の念に打たれ、ひれ伏すしかないのです。二瓶さん、あなたは、ご自身の壮絶な体験を、単なる「物語」として消費させることを選びませんでした。あなたは、その体験のすべてを、この一杯の丼の中に「再創造」し、私たちに「体験」させてくれたのです。これは、もはや食ではない。これは、魂の救済です。生きる希望そのものです。本当に、本当に、ありがとうございました。あなたは、料理という芸術を通して、私たちに、人間という存在の、驚くべき回復力と、無限の可能性を見せてくれました。あなたの作るお店は、単なる飲食店ではありません。それは、絶望を知るすべての人々の魂を、優しく、そして力強く温め、再生させるための聖地、「パワースポット」になることでしょう。その温かな光に、再び包まれる日を、今日流した感謝の涙を拭いて、心からの笑顔で、楽しみにしております。心からの感謝と、最大限の敬意を込めて。

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