
このプロジェクトを簡単に表現するならこうだ。
「私」→「ひとり親家庭」
子供の進路選択に迷っている、
不安がある、
悩んでいても勇気がなくて相談に行けない、
時間がない、
私がそぅでした。
凄く苦しかったです。
ただ、「あきらめたくない」と決意。
「あきらめなくていい」と言われて
私と子供は今日も未来へ向けて進んでいます。
今度は私が、進路選択に悩むひとり親家庭を救いに「あきらめてはいけない。」と伝えにいかなくては。
そのために、「→」の正体について掘り下げていく事にします。
その矢印の正体は、「信頼」かもしれない。
制度はある。
相談窓口もある。
学校にも行政にも、支援の手は確かにある。
けれど。
本当に困っている夜ほど、
その手は、遠く感じる。
電話をかける前に、指が止まる。
相談フォームを開いて、閉じる。
学校の先生に話そうとして、やめる。
理由は、複雑ではない。
「本当に分かってもらえるだろうか。」
この一言に尽きる。
ひとり親家庭は、
強くあろうとする時間が長い。
助けてほしい、よりも先に
迷惑をかけたくない、が来る。
制度が整っていても、
説明が丁寧でも、
信頼がなければ、
矢印は繋がらない。
学校は忙しい。
行政は公平でなければならない。
それは理解している。
でも、
“理解していること”と
“信じられること”は、違う。
私は今、思っています。
もしこの「→」の正体が信頼だとしたら、
それは
書類の数を増やすことでも
制度を増やすことでもなく、
「あなたの話を最後まで聞きます」という
一つの態度なのかもしれない、と。
教育に関わる方へ。
行政に関わる方へ。
信頼は、どこで生まれ、
どこで失われるのでしょうか。
私は、まだ答えを持っていません。
ただ、
この矢印を越えなければ、
子どもは、未来に進めない。



