
私は、小学生の頃からバレーボールを続けてきました。
中学・高校時代はありがたいことに試合に出場する機会にも恵まれ、大きな挫折を経験することなく競技を続けてきました。
そんな私が、バレーで「挫折」を味わったのは大学時代です。
体育会のバレーボール部に入ると、周りには自分よりも技術の高い選手ばかりでした。これまで通用していたプレーが通用せず、一生懸命練習してもなかなか差が埋まりませんでした。
チームスポーツだからこそ、自分のミスがチームに影響することもあります。
練習に行くのが嫌になる日もあれば「なんでこんなにできないんだろう」と自分が情けなく、泣きながら帰宅することもありました。頑張れば頑張るほど、自分のできなさばかりが目につくことが苦しかったです。
それでも、チームのためにも、自分のためにも、苦手なプレーから逃げることはしたくありませんでした。
日々の練習に加えて、自分の苦手なプレーと向き合う時間を人の3倍つくると決め、練習後に居残り練習をしたり、周りの選手にアドバイスをもらったりしながら、泥臭く練習を積み重ねました。
すぐに結果が出たわけではありません。しかし、少しずつ「できなかったことができるようになる」感覚を得られるようになりました。
そして最終的には、チームとして目標としていた成績を残すことができました。
この経験を通して私が学んだのは、「才能の有無ではなく、努力を積み重ねることの大切さ」です。最初はできなかったことでも、向き合い続ければ少しずつ成長できる。その実感は、その後の人生で困難なことに挑戦するときの大きな支えになっています。
また、結果がすぐに出なくても、まずは行動し、できるようになるまで努力を続ける習慣も身につきました。
今振り返ると、スポーツを通して得たのは技術や体力だけではありません。
「まずやってみること」「できるようになるまで続けること」。そして、「自分にもできることがある」と信じられるようになったことです。
それが、私にとってスポーツを通して得た大きな財産になっています。
だからこそ私は、スポーツには単に技術を向上させるだけではない価値があると感じています。 もちろん、ジンバブエの彼女たちが置かれている環境と私の経験は比べものになりません。それでも現地で出会った女性たちの中には、自分に自信が持てず、「どうせ私には無理だ」と話す人も少なくありません。学校を中退した経験や失業、家庭内暴力、路上生活などを経験する中で、自分の可能性を信じることそのものが難しくなっているのだと感じます。
私自身、大学時代の経験を通して、「苦手なことでも努力を続ければ乗り越えられるかもしれない」という感覚を得ることができました。
人生には、自分の努力だけではどうにもならないこともあるかもしれません。社会の仕組みや環境、家庭の事情など、自分一人の力では変えられない壁にぶつかることもあります。それでも、過去に何かを乗り越えた経験は、「もう一度やってみよう」と前を向く勇気を与えてくれます。
ホームレスワールドカップも、彼女たちにとってそんな経験の一つになればいいなと思っています。
サッカーが貧困をなくすわけではないかもしれません。しかし、自分を信じるきっかけや、未来に向かってもう一歩踏み出す勇気を与えることはできるかもしれません。スポーツには、人の人生を大きく前に進める力がある。
それが、20年以上スポーツを続けてきた私が信じていることです。



