
帰る場所って、何だろう。
こんにちは。丈右ヱ門です♪
最近、ふと考えることがあります。
「帰る場所」って何だろう、と。
実家があれば帰る場所がある。
そう思っていました。
でも、年齢を重ねる中で、
親が亡くなったり、
家族構成が変わったり、
実家そのものがなくなったり。
建物は残っていても、
昔のように気軽に帰れる場所ではなくなった。
そんな人は意外と多いのかもしれません。
私自身も、その一人です。
もちろん、
なくても生きてはいけます。
仕事もできます。
日々も過ぎていきます。
でも、
「ただいま」
と言える場所があることは、
思っている以上に大切なことなのかもしれません。
都会で暮らしていると、
実家に帰るのはお盆やお正月、大型連休くらいになってしまいます。
でも本当は、
「今週ちょっと疲れたな」
「なんとなく空気を変えたいな」
そんな理由で、
週末にふらっと帰るくらいでもいいのかもしれません。
特別な予定はなくてもいい。
草を刈ってもいいし、
コーヒーを飲みながらぼーっとしてもいい。
何もしないまま帰ってもいい。
帰る場所があるだけで、
次の一週間を少し頑張れることもあるような気がします。
私自身、実家に帰る時は4〜5時間くらい車を走らせます。ドライブ自体も楽しみの一つです。
目的地に何か特別なイベントがある訳ではありません。
草を刈るだけの日もあります。
掃除をして帰るだけの日もあります。
それでも、不思議と行きたくなるのです。
もしかすると人は、
到着することだけではなく、
「帰る途中の時間」
そのものを求めているのかもしれません。
パーキングエリアでコーヒーを買うこと。
道の駅に立ち寄ること。
少しずつ景色が変わっていくこと。
季節の移ろいを感じること。
そして、
「もうすぐ着くな」
と思うこと。
帰る場所があるからこそ、
その道中までもが少し特別な時間になる。
私はそんな気がしています。
このプロジェクトは、
宿を作りたい訳でも、
カフェをしたい訳でもありません。
誰かの実家を再現したい訳でもありません。
ただ、
少し疲れた時に、
ふらっと帰って来られるような場所。
何かを頑張るためではなく、
少し力を抜くための場所。
そんな場所があってもいいのではないか。
そう思っています。
まだ、多くの方には伝わりにくいプロジェクトかもしれません。
私自身も、
うまく説明できないことがあります。
でも、
「なんとなく分かる気がする」
そう感じてくださる方が、
少しずつ増えてくれたら嬉しいです。
引き続き、見守っていただければ幸いです。
丈右ヱ門




