支援者のみなさま、EN日実行委員会 副委員長の小野寺秀友です
今日は、私のこの活動の原点にある「ある先生の言葉」から、お話しさせてください。
■ 私が深く影響を受けた一人の先生
アルフォンス・デーケン先生をご存知でしょうか。
ドイツ生まれのカトリック司祭・哲学者として1959年に来日し、上智大学で長年にわたって「死の哲学」「生と死の教育」を教え続けた方です。
日本に「死生学(Death Education)」を広めた第一人者として、
医療・介護・福祉・葬祭の現場に深く関わる多くの人たちに影響を与えました。
先生が一貫して伝え続けた言葉があります。
「死について考えることは、人生を暗くすることではなく、
より良く生きるための学びである。」
当時の日本では「死」はタブー視され、正面から語ることすら避けられていました。そんな時代に、先生は臆せず語り続けた。
エンディングノートを作るにあたり、
私はデーケン先生のこの思想に、深く背中を押されました。
■ エンディングノートの「本来の役割」って、何だろう
私は葬儀業界に8年間携わってきました。
その中で、何度も繰り返し考えてきたことがあります。
「この方は、本当は何を伝えたかったのだろう。」
遺族へのインタビューを重ねるうち、大切な人が逝った後に残るのは、本人の「伝えたかったこと」が宙に浮いたままの空白でした。
エンディングノートは、遺言書の代わりではない
「今の自分」を誰かに伝えるための道具のはずです。
デーケン先生が言うように、死を意識することは「終わり」を準備することではなく、
「今をどう生きるか」を問い直すことです。
その問いを、紙の上に残せるものとして、
エンディングノートがあると私は考えています。
■ 気づいてしまったこと
活動を続ける中で、あることに気づきました。エンディングノートを作る人、届ける人、それぞれが
「自分のエンディングノートこそが正しい」という意識を、
知らず知らずのうちに持ってしまっているのではないか、と。
なにをかくそう私自身も、そうでした。
デーケン先生が伝えたかったのは、特定の「答え」ではなく、
死と向き合うことの大切さそのものでした。
エンディングノートもそれと同じで、
大切なのは「どのノートか」ではなく、
「エンディングノートが社会の中でどんな役割を果たすのか」
という共通認識を、作る側・届ける側が持つことだと思っています。
10周年の節目に、クラウドファンディングのテーマを
「エンディングノートを社会インフラに」としたのは、
そういう理由からです。
■ 「伝える」のに、年齢は関係ない
高齢者支援の仕事をしている中で、ある方からこんな言葉をいただきました。
「私には家族がいないから、伝えるものなんて何もない。」
その言葉が、今も胸に刺さっています。
デーケン先生はこう言いました。
「よく生きることと、よく死ぬことは、切り離せない。」
伝えたいことは、財産でも情報でもありません。
「自分がどんな人生を歩んできたか」「これからをどう生きたいか」——
それは、年齢や家族の有無に関係なく、
誰もが持っている、かけがえのない「生きた証し」です。
人生のゴールをどんなものにしたいか。
それは20代でも70代でも、いつでも考えていい。
そして、考えたら、誰かに伝えてほしい。
死を意識したとき初めて、人は「今日をどう生きるか」を真剣に考える。
デーケン先生が60年以上かけて日本に根付かせようとしたその思想が、
エンディングノートという形で、みなさんの日常に届けばいいと
私は願い続けています。
EN日推進委員会 副委員長
小野寺秀友
一般社団法人 人生の未来図



