プロジェクト概要・自己紹介
栃木県県南を中心に空き家の課題に取り組んでいる村山と申します。これまで栃木市の地域おこし協力隊として、「蔵の街」と呼ばれる歴史的な町並みを活かした賑わいづくりに関わってきました。

日々、地域で暮らす方々と関わる中で見えてきたのは、蔵が徐々に失われつつあることでした。老朽化や高額な維持費、そして後継者不足。文化資産として高い価値がありながらも、所有者個人の力だけでは守りきれない状況にあります。
2026年4月には、栃木市内に2棟しかない3階建ての土蔵「永楽屋(えいらくや)」の解体が決まりました。栃木市の大通りに面した永楽屋は、嘉永2年(1849年)創建の歴史ある建物であり、残し方が模索されていました。しかし、深刻な老朽化と維持の難しさから、解体という決断がなされました。
蔵は単なる建物ではありません。この地域の歴史や文化を今に伝え、まちの景観や観光を支える大切な存在です。記憶の核となる蔵が失われると、人々がこの町の歴史を思い出すきっかけや、語り継ぐ拠り所も同時に失われていきます。
この風景を、この先も残していきたい。そのためには、「所有者任せ」ではなく、地域内外の多くの方と関わりながら支えていく仕組みが必要です。
本プロジェクトでは、解体される永楽屋の一部を保存し、次の世代へと紡いでいきます。そして将来的には、守るだけでなく、活かすことで次の世代へ受け継ぐ一歩をつくります。ご支援のほど、よろしくお願いいたします。
プロジェクトで実現したいこと
本プロジェクトは、解体される永楽屋の一部を保存し、地域の歴史を未来へ残すことから始まります。

単に形を残すことが目的ではありません。
失われゆく蔵を、これからも地域の中で生かし続けていくための「最初の一歩」をつくることが、このプロジェクトの本質です。
具体的には、永楽屋の歴史を象徴する梁や、これまでの歩み、そして思い描かれていた未来像を展示し、この場所に刻まれてきた時間を感じられる場をつくります。

建物がなくなった後も、この場所に触れることで、人々がこの地域の歴史を思い出し、語り継いでいける。そんな「記憶の拠点」を残していきます。
そしてこの取り組みは、単発で終わるものではありません。
蔵を「維持するもの」から「活かし続けるもの」へと転換していくための起点として位置づけています。
未来像について
本プロジェクトを起点に、維持が難しい蔵を「守る」だけでなく、「活かす」取り組みへとつなげていきたいと考えています。
この地域には、蔵を活用した趣のあるカフェや雑貨店はあるものの、ゆっくり滞在できる宿泊施設はまだ多くありません。そのため、多くの方が日帰りで帰ってしまっているのが現状です。

そこで、蔵を宿泊施設として活用し、訪れる方々がこの地域の歴史や文化にじっくり触れ、滞在そのものを楽しめる場を育てていきます。
滞在時間が延びることで、地域での消費が生まれ、商いを支える力にもつながります。
そして、そこで得られた収益を維持管理に再投資することで、蔵を持続的に守り続ける仕組みをつくっていきます。

将来的には、このモデルを広げ、同じように維持が難しい蔵の新たな活用につなげ、蔵の街に関わる人を増やしていきたいと考えています。
個人で抱える資産から、地域で支え、新たな価値を生み出していく。
そのようなビジョンを描いています。
プロジェクトの背景
栃木市の「蔵の街」は地域のアイデンティティそのものであり、かつては見えづらかった蔵造りの町並みを、地域一体で復元してきた歴史があります。
しかし現在、令和7年度(2025年度)の調査では蔵は193棟と、平成17年度(2005年度)の254棟から約60棟減少しており、過去20年で年平均3棟の解体が進んでいます。

このままでは蔵は減り続け、まちの独自性や文化的価値が失われてしまう危機感が広がっています。
蔵が減り続ける背景には、多くの蔵が個人所有であること、修繕に数百万円から数千万円規模の費用がかかること、そして後継者不足や活用方法の不在があります。 「守りたい想いはあるが維持できない」という状況の中で、やむを得ず手放す選択がされているのが現実です。
また、個人所有であるがゆえに行政単独での支援には限界があり、従来の枠組みでは解決が難しい状況です。
こうした行き詰まりを乗り越えるために、地域おこし協力隊として関わってきた私をはじめ、行政や金融機関と連携し、「守る」だけでなく「活かす」ことを前提とした新たな仕組みづくりを目指しています。
歴史的建造物を「使いながら守る」ことで、100年先にも残せる持続可能なモデルを実現し、地域全体へと広げていきたいと考えています。
「蔵の街」がつくられてきた歩み
栃木市の蔵の多くは、江戸時代後期から明治・大正期にかけて建てられました。 当時、火災を契機に耐火性の高い土蔵建築が広まり、まちの景観を形づくっていきました。

栃木市は、栃木城の廃城後に宿場町「栃木宿」として整備され、商人の町として発展してきました。日光例幣使街道の交通の要衝であると同時に、巴波川を活かした舟運も盛んで、江戸と物資を行き来させる物流の拠点でもありました。

麻や木材、農産物などを江戸へ運び、帰りには商品を持ち帰る。その中で、商品を守るための蔵は欠かせない存在でした。
こうして生まれた蔵の町並みは、時代の変化の中で一度は埋もれかけますが、昭和50年代の学術調査をきっかけに、その価値が見直されました。
街路を覆っていたアーケードの奥に、歴史的な建物群が残されていることが確認され、蔵の街並みを地域資源として活かしていく方針が生まれました。
その後、昭和63年頃には大通りの再整備が進み、電線の地中化やアーケードの撤去などにより、江戸から大正期の建物が景観として現れるようになりました。さらに修理補助制度の整備により維持が支えられ、平成初頭には現在の「蔵の街」と呼ばれる景観が形づくられました。
つまりこの町並みは、自然に残ったものではなく、歴史の中で生まれ、そして多くの人の手によって守られてきたものです。
持続可能な蔵のまちを目指したこれまでの活動・思い

>蔵を活用した民泊施設・DIYワークショップ
蔵のまちで暮らす方々を支援し、地域の方々と共に蔵の修繕活動に取り組んできました。その中で挑戦したのが、「蔵に泊まる」という新たな価値の創出です。栃木市では前例のない取り組みでしたが、関係者との対話と調整を重ね、住宅宿泊事業法の下で許認可取得の道筋を描くことができました。
この経験を通じて実感したのは、地域課題の解決には、外からの支援だけでなく、地域に「当事者意識を持つプレイヤー」を増やすことが不可欠であるということです。そのため現在は、次の担い手となる高校生が地域に関わる機会づくりにも取り組んでいます。

>高校生写真ワークショップ・ポストカード
蔵のまちについて、高校生の認知や関心を高める活動にも取り組んでいます。地域の持続性を考えると、若者がこのまちで暮らし、働くという選択肢を持てる環境づくりが重要だと考えています。
その第一歩として、地域の魅力を知ってもらうことを目的に、蔵の街にある交流館を学習スペースとして開放し、高校生が撮影した地域の写真を活用したポストカードを制作しました。なお、このポストカードはクラウドファンディングのリターンとしても活用しています。

「このまちっていいよね」と思ってもらうこと。 そして将来、「戻ろうかな」と思ったときに、自然に戻ってこられる状態をつくることを目指しています。

資金用途・スケジュール
【資金の使い道】
・永楽屋の梁の保存:手作業で梁を残します。大工さんに依頼する費用として使用します。
・永楽屋の写真撮影:写真家の方に永楽屋の最後の姿を撮影する費用として使用します。
・永楽屋の展示:歴史を象徴する梁や、これまでの歩み、そして思い描かれていた未来像を展示するための費用として使用します。
【実施スケジュール】
・支援受付開始:2026年6月1日 8:00〜
・支援受付終了:2026年7月3日 23:59
・梁の保存と展示準備:2026年7月
・展示開始:2026年8月~
・リターン実施:2026年8月~2026年12月
最後に
地域おこし協力隊としてこの地域に3年関わり、古い建物の活用や高校生と地域、高齢者と若い人をつなぐ活動など、人と関わる取り組みを続けてきました。
その中で感じたのは、蔵の街のエリアで一緒に取り組んでいる人たちは、このまちの雰囲気や蔵づくり、歴史の感じが好きで、あえてここを選び、残っている人が多いということです。
だからこそ、そうした人たちの思いを大事にしたいという気持ちがあります。そして、その思いの核になっている蔵という建物を、残したいと考えています。
支援してくださる方は、歴史や文化に関心を持ち、共感してくださる全国の方々だと思います。ぜひ栃木市の蔵の街に足を運んでいただき、変わっていく様子を見て、楽しんでいただけたら嬉しいです。
この取り組みは、私にとっても大きく踏み出す最初の一歩です。ここから少しずつ動き出し、思い入れのあるこのまちをより良く変えていきたいと考えています。
そして10年後、「栃木市は趣があって、泊まって楽しめる良い観光地だよね」と言われるような場所になったときに、「あの時のクラウドファンディングがあったからこそだ」と感じてもらえたら嬉しいです。
多くの方の共感、協力をもって進めて参りますので、どうぞ宜しくお願い致します。

<募集方式について>
本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。



