東京滞在制作が終わりました。終わってからもう既に10日も経ちます。いや、まだ10日しか経っていないのかな。随分前のことのようです。レポートを書かなきゃと思いつつ、書き始めるとどれもなんだか違う気がしてしっくりこないままなのですが、締切を迎えるのでそのまま残してみます。3か月前くらいに思い付きで計画された東京滞在制作です。東京で公演を観る機会があって、こりゃやばいなと思いました。次元が違う。上手とか下手とかではなく、面白いとか面白くないとかではなく。なんだか分からないけど絶対に次元が違う。出発する前は分からなかったけど、それはもしかしたら桜子が書いているような個人と外部との距離感だったのかもしれません。東京に滞在して発表しないと駄目だなと思いました。新しい何かへの覚悟が必要になりました。誰にでもできることじゃないことをする覚悟。今回の滞在制作は、作品の内容を何も決めずに臨みました。全くイメージもテーマも持たずに向かいました。睡眠不足は最終日まで解消されず、限界突破をしました。去年の抱負が「休む」だったのですが、今年の抱負は「頑張る」です。なんだか最近、自分のコントロールが上手になってきたように思います。前までは「無理」だったのが、少しずつ無理せずできることが増えてきました。気張らずに頑張る。力を抜いて動く。6/7(日)の個人フィールドワークでは代々木から渋谷の街を歩いて本屋さんに行きました。私の習性として、どこに行ってもファミレスを求めてしまうきらいがあります。どの街でもファミレスだけは変わらない。同じメニュー。同じ味。本屋さんもメニューは違うかもしれませんがあるものは本。何度も見ている本。短い時間で作品をつくるとなると、どうしても色んな眼鏡をかけて物事を見たくなります。面白い発見がないかな、不思議なことがないかな。だけど、フィールドワークをしているとなんだか馬鹿馬鹿しくなってツマラナイものを無理に面白くする必要はないなと思いました。今回の滞在制作で唯一のキーワードが「良い」でした。高いお金を払ったのだからどうにか価値を見出そうとする。忙しい中時間を割いたのだからどうにか価値を見出そうとする。それってなんだか違うと思いました。私の目標は、作品に関わる全ての人が「自己拡張」という小さな革命を起こすことですが、なんでもかんでも良いように見ようとするのは違う。そんなことに気づいた滞在制作でした。作品については、今回ほどなにもない状態をお見せしたことはないと思います。だけど、完全なるナンセンスかと言われればなんだか腹が立つのでナンセンスではないと思います。脳みそフル回転で式を飛ばして「答え」だけ出力した感じです。とにかく、今回の制作を通して、あとその時らへんにどこからかなぜか入ってきた「感情は身体反応の解釈」という言葉がなんだか心に残って、意味だとか答えは全て身体(実在)の解釈にすぎないのかなとぼんやり思うようになりました。だから、無意味でもあるし、解釈し続けないといけない。毎回こんな風にぐだぐだ考えて色んな事に関する暫定解を私の中でおいているわけですが、これに関しては別に解というほど強く決めているわけではないです。気張らず、ぼんやりと、ああ、そうかもしれないし、全然違うかもしれないなあと思いながら、今は進むしかないと思っています。今回も色んな方からご支援いただきました。家族や周りの人にはいつもお世話になっているのですが、初めて挑戦したクラウドファンディングでもご支援いただき、感謝の気持ちでいっぱいです。でっかくなります。心も存在も。引き続きよろしくお願いいたします。侑希
東京滞在制作、ご支援いただいたみなさまありがとうございました。桜子です。東京には、少年王者舘『それいゆ』の時に七日間程度、近辺に滞在したことはあったのですが、都外からの通いだったので、「東京滞在」というほどでもなかったので、今回が初めての、最大期間の、東京滞在と言わせていただきます。いきなりですが、滞在期間中にこんなメモを残していました。東京ばらばらじゃなくて、それそれが一生懸命意外と心地よいだから周りを見なくてもいいまわりに影響できると思ってない加害性の無視?ビルというより、家、密集(今回は、このメモを元に東京に滞在した所感を記録しておきます。)滞在するまでの私の東京へのイメージを率直にお話しすると、人多い、冷たい、静か。このイメージには多分元になっている出来事があって、中学生くらいの頃。おばあちゃんが東京に住んでいたのでお泊まりに来ていて東京で電車に乗っていたんです。確か、姉と母と。そしたら、たっくさん人がいるのに、静かで。電車の中で私たちだけが喋ってるみたいな状況でした。その頃は、イヤホンをつけている人やスマホをみている人もほぼいなくてぼーっとしている人が多かったと思うのですが、誰にも何にも文句を言われることもなく、電車に乗り続けました。気づいてからは、もう少し小声で話すように切り替えたのですが、関西だったら、結構言われるよなと思ったり。その時に同じ空間にいるのにまるで、別の次元にいるかのようと思ったことが強く印象に残って、それで、今回東京に滞在するまでこの印象だったわけです。今回、東京にきてしたこと。フィールドワーク。というか、お散歩。11km歩いた日もありました。(時間が許せばもっと歩きたかった!)そこで気付いたんですが、東京は人口集中と言われるだけあって、ほとんどお家。坂も多いし。ただ道が、港町じゃないからか、なんか大阪とも京都とも名古屋とも違っていてとにかく歩くのが楽しい。路地がたくさんある。そこは大阪に近いと思うんですが、街の代謝が早いからなのか新しいお家が多くて下町っぽいのに妙に垢抜けているというか。なんか何の話をしているのかわからなくなってきてしまったのですが、何を言いたいかというと、東京って思っていたよりも住めそうだ ということです。(!?)もちろん満員電車は乗りたくないのですが散歩を中心としたフィールドワークを通して私の印象だった、人多い、冷たい、静か。の理由が何となくわかって、それが理解できてしまったのです。それは、みんな一生懸命だということ。それを象徴していると感じた出来事として、滞在中に即興パフォーマンスを観に行った時即興の中で、演者の一人が会場外の道に寝転ぶシーンがあったんです。側からみたら、人が倒れているという状況なわけです。何も知らない私がそこに居合わせたら、何ができるか、ととりあえず立ち止まってしまうのではと思うんですが、その街では結構 みんな普通に歩く。何なら、倒れてるすぐ側を歩く。一方で、「あの人大丈夫だろうか。救急車呼ぶ?」という声も聞こえてきたそうで何だろうこの絶妙な距離感…。それがもしかしたら、自分のリアルに一生懸命だからなのではないかと思ったわけです。だって、スーパーの人だって、当たり前のように丁寧な接客を全員にできるけれど、私が目をみて「ありがとうございます」というと驚いた顔をするんです。その、気にしなさみたいなのが、あると思いました。まわりをみなくていい安心感みたいなものでもあると思います。その心地よさ。自分のことに一生懸命になれる場所ですよね。それが前提にあるからこそ、まわりに自分の存在が影響できると思っていない。自分がその空間にいないことにしてしまうのって、自分のもつ加害性の無視とも、捉えられるなと思いました。だから、印象に二面性があったのだと。で、あのメモができたわけですね。もちろんいろんな面があると思いますが、今回はただ、東京という町の、二面性を知りそこが文化の中心であることに直面したわけです。そんなことを考えつつ、挑んだ作品作りでした。今回のテーマは、持っていかない。ノーメッセージ。自分がそこに向き合えたのか分からないけど、そのスタンスで今いられることの罪と素直さ。今年、5月に静岡で参加したフリンジで、はじめてパフォーマンスのなかで、ノーウォーと言いました。ずっと私たちの活動は、私の中では社会と繋がっていたけど、そのスタンスであることを表明できていないことに違和感がありました。同時に言うだけになってしまうのではないかという葛藤もあって、直接的に繋ぐということをしていませんでした。でも、表明しないということでいないことになってしまう側面もあると思い、結構前向きに「やろう」と思ってメンバーで相談してセリフになりました。だから、今回「良い」だけでやるっていうのは意味消費的な社会に対するアンチテーゼではあるものの、分かりやすい表明ではないから、今それをやってしまうことや、まだできるということについて考えざるを得なくなりました。まだ、何が正しいのかわかっていません。長くなってしまったので、そろそろ締めます。あまり作品については、触れられなかったのですが、それは他のメンバーが触れてくれると信じて次の本公演に挑みます。次、空函出版は「演劇」をやります。言葉を多く扱います、それを発します。姉と、演劇の稽古をあまりしたことがないのでどうなるか楽しみです。近いうちに情報解禁できると思うので、お楽しみに。この度は、サポートいただき貴重な経験をさせていただきありがとうございました。最後に書ききれなかった、所感メモを残していきます。(いつかきちんと書きたいと思います。)・どこに行っても自分のスタンスが良くも悪くも変わらない。未熟さ。見通しを立てない生き方をしてしまっている。・苦手なことや、不快が多いからつい忘れがちだが、信じることや、自分がいい作品に寄与していきたいと信じる気持ちを大切にしたい。・考えて、力を抜くということができるようになってきた。大人だ。・映像の中の自分と実感の自分の差異がなくなってきた。・踊ること。音をとることとして、結構楽しいとわかった。・どこまで行っても、美味しいお酒とご飯に生かされている。桜子
東京滞在制作が無事終了いたしました。そして、空函出版初の試みであるクラウドファンディングも終了いたしました。ご支援いただいた皆さま、ほんとうにありがとうございました。皆さまのご支援により目標達成率77%を記録し、大変有意義な滞在制作を行なうことができました。今回の試みにより、私たちがさまざまな方から応援していただいていることをより明確に実感しました。いただきましたご支援のエネルギーをなんとしてでも今後につなげていきたいと、さらに強く思うようになりました。今回のクラウドファンディングで得た皆さまのご支援は、・稽古場代 ・ワークショップ代・美術代・会場費・印刷代・パフォーマンス鑑賞代(・今後のリターンに関する諸経費)に充てさせていただきます。当初、ほとんどの時間をフィールドワークに費やす予定でありましたが、ご支援いただきました金額が達成率77%に達しましたので、稽古場の予算を増額し、自身の身体や制作に向き合うためのスケジュールに変更することにしました。そのため滞在中の6日間は良い意味で本当に精神的にも体力的にも極限状態で過ごすことができました。苦しかったものの、得られたものは相当大きなものでした。滞在中の具体的なスケジュールとしましては、1日目 長距離の移動による身体慣らしのための散歩2日目 身体研究とコンタクトインプロヴィゼーションのワークショップ受講3日目 R&Bダンスクラス受講とパフォーマンス鑑賞と所感のミーティング4日目 身体研究とミーティングと各人フィールドワーク5日目 ミーティングとクリエイションと稽古6日目 リハーサルと発表と、余裕がありそうで全くないてんこもりな日々でした。発表は高円寺駅最寄りの「SPAWN」というギャラリーで行ないました。素敵な現場で、今回の作品の完成イメージが一気に湧いてくるような空間でした。当日はなんと7名もの来場者がいらっしゃいました。客席の空間をあまり確保していなかったので結果的にぎゅうぎゅうになってしまいましたが、来場者の方のご協力もあり、納得のいく時間になりました。いただきました感想のうち、「自然発生的な意味探究の放棄」と、全く逆の「追究への欲望」をそれぞれ別の方がおっしゃっていたことが印象に残っております。一見矛盾した状態が同時に発生したというのがとても興味深いです。メンバーそれぞれの今回の滞在制作に関するレポートは後日、SNSなどで発信予定ですのでぜひご一読いただけますと幸いです。現在はリターンの準備をしつつ、今年度の本公演に向けて着々とクリエイションを行なっています。明日もみっちり稽古してきます。本公演は今回の滞在制作とは全く異なる作品となりますので、ぜひ今回ご鑑賞いただきました方にも観に来ていただきたいです。京都公演は10月、横浜公演は2月を予定しております。情報も順次解禁していきますのでお楽しみに!改めまして、今回の東京滞在制作のご支援いただき誠にありがとうございました!皆さまのご尽力により、本当に良い時間を過ごすことができました。これを糧に本公演、さらには来年度以降の活動へ拡げていきたいと思っています。引き続き応援していただけますととっても励みになります。どうぞ今後ともよろしくお願いいたします!空函出版





