京都から東京へ:新作パフォーマンス作品の滞在制作がしたい!

2026年6月、東京にて約1週間の滞在制作(パフォーマンス作品)を行う。総合芸術制作ユニットである空函出版は効率やわかりやすさよりも曖昧さや不確かさを大切にする作品を追求している。今回はその活動をさらに、多方面へと広げていくことを目的とする。

現在の支援総額

77,000

77%

目標金額は100,000円

支援者数

11

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2026/04/15に募集を開始し、 11人の支援により 77,000円の資金を集め、 2026/06/10に募集を終了しました

京都から東京へ:新作パフォーマンス作品の滞在制作がしたい!

現在の支援総額

77,000

77%達成

終了

目標金額100,000

支援者数11

このプロジェクトは、2026/04/15に募集を開始し、 11人の支援により 77,000円の資金を集め、 2026/06/10に募集を終了しました

2026年6月、東京にて約1週間の滞在制作(パフォーマンス作品)を行う。総合芸術制作ユニットである空函出版は効率やわかりやすさよりも曖昧さや不確かさを大切にする作品を追求している。今回はその活動をさらに、多方面へと広げていくことを目的とする。

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東京滞在制作、ご支援いただいたみなさま

ありがとうございました。


桜子です。


東京には、少年王者舘『それいゆ』の時に七日間程度、

近辺に滞在したことはあったのですが、

都外からの通いだったので、「東京滞在」というほどでもなかったので、

今回が初めての、最大期間の、東京滞在と言わせていただきます。


いきなりですが、滞在期間中にこんなメモを残していました。


東京

ばらばらじゃなくて、

それそれが一生懸命

意外と心地よい

だから周りを見なくてもいい


まわりに影響できると思ってない

加害性の無視?


ビルというより、家、密集


(今回は、このメモを元に東京に滞在した所感を記録しておきます。)



滞在するまでの私の東京へのイメージを率直にお話しすると、



人多い、冷たい、静か。



このイメージには多分元になっている出来事があって、


中学生くらいの頃。


おばあちゃんが東京に住んでいたのでお泊まりに来ていて

東京で電車に乗っていたんです。確か、姉と母と。

そしたら、たっくさん人がいるのに、静かで。

電車の中で私たちだけが喋ってるみたいな状況でした。


その頃は、イヤホンをつけている人やスマホをみている人もほぼいなくて

ぼーっとしている人が多かったと思うのですが、

誰にも何にも文句を言われることもなく、

電車に乗り続けました。


気づいてからは、もう少し小声で話すように切り替えたのですが、

関西だったら、結構言われるよなと思ったり。


その時に


同じ空間にいるのにまるで、

別の次元にいるかのよう


と思ったことが強く印象に残って、

それで、今回東京に滞在するまでこの印象だったわけです。



今回、東京にきてしたこと。

フィールドワーク。というか、お散歩。

11km歩いた日もありました。(時間が許せばもっと歩きたかった!)


そこで気付いたんですが、

東京は人口集中と言われるだけあって、

ほとんどお家。坂も多いし。


ただ道が、港町じゃないからか、

なんか大阪とも京都とも名古屋とも違っていて


とにかく歩くのが楽しい。


路地がたくさんある。そこは大阪に近いと思うんですが、

街の代謝が早いからなのか新しいお家が多くて

下町っぽいのに妙に垢抜けているというか。


なんか何の話をしているのかわからなくなってきてしまったのですが、

何を言いたいかというと、


東京って思っていたよりも


住めそうだ ということです。(!?)



もちろん満員電車は乗りたくないのですが

散歩を中心としたフィールドワークを通して

私の印象だった、


人多い、冷たい、静か。


の理由が何となくわかって、それが理解できてしまったのです。



それは、みんな一生懸命だということ。



それを象徴していると感じた出来事として、

滞在中に即興パフォーマンスを観に行った時

即興の中で、演者の一人が会場外の道に寝転ぶシーンがあったんです。

側からみたら、人が倒れているという状況なわけです。

何も知らない私がそこに居合わせたら、何ができるか、と

とりあえず立ち止まってしまうのではと思うんですが、

その街では結構 みんな普通に歩く。

何なら、倒れてるすぐ側を歩く。

一方で、「あの人大丈夫だろうか。救急車呼ぶ?」という

声も聞こえてきたそうで


何だろうこの絶妙な距離感…。


それがもしかしたら、

自分のリアルに一生懸命だから

なのではないかと思ったわけです。


だって、スーパーの人だって、

当たり前のように丁寧な接客を全員にできるけれど、

私が目をみて「ありがとうございます」というと

驚いた顔をするんです。


その、気にしなさみたいなのが、あると思いました。


まわりをみなくていい

安心感みたいなものでもあると思います。


その心地よさ。



自分のことに一生懸命になれる場所ですよね。


それが前提にあるからこそ、

まわりに自分の存在が影響できると

思っていない。


自分がその空間にいないことにしてしまうのって、

自分のもつ加害性の無視とも、捉えられるなと思いました。


だから、印象に二面性があったのだと。


で、あのメモができたわけですね。


もちろんいろんな面があると思いますが、


今回はただ、東京という町の、二面性を知り

そこが文化の中心であることに直面したわけです。


そんなことを考えつつ、挑んだ作品作りでした。



今回のテーマは、持っていかない。ノーメッセージ。


自分がそこに向き合えたのか分からないけど、

そのスタンスで今いられることの罪と素直さ。


今年、5月に静岡で参加したフリンジで、

はじめてパフォーマンスのなかで、

ノーウォーと言いました。


ずっと私たちの活動は、私の中では社会と繋がっていたけど、

そのスタンスであることを表明できていないことに違和感がありました。

同時に言うだけになってしまうのではないかという葛藤もあって、

直接的に繋ぐということをしていませんでした。


でも、表明しないということで

いないことになってしまう側面もあると思い、

結構前向きに「やろう」と思ってメンバーで相談してセリフになりました。


だから、今回「良い」だけでやるっていうのは

意味消費的な社会に対するアンチテーゼではあるものの、

分かりやすい表明ではないから、


今それをやってしまうことや、まだできるということ


について考えざるを得なくなりました。


まだ、何が正しいのかわかっていません。



長くなってしまったので、そろそろ締めます。


あまり作品については、触れられなかったのですが、

それは他のメンバーが触れてくれると信じて


次の本公演に挑みます。


次、空函出版は「演劇」をやります。

言葉を多く扱います、それを発します。


姉と、演劇の稽古をあまりしたことがないので

どうなるか楽しみです。


近いうちに情報解禁できると思うので、

お楽しみに。


この度は、サポートいただき貴重な経験をさせていただき

ありがとうございました。



最後に書ききれなかった、所感メモを残していきます。

(いつかきちんと書きたいと思います。)

・どこに行っても自分のスタンスが良くも悪くも変わらない。未熟さ。見通しを立てない生き方をしてしまっている。

・苦手なことや、不快が多いからつい忘れがちだが、信じることや、自分がいい作品に寄与していきたいと信じる気持ちを大切にしたい。

・考えて、力を抜くということができるようになってきた。大人だ。

・映像の中の自分と実感の自分の差異がなくなってきた。

・踊ること。音をとることとして、結構楽しいとわかった。

・どこまで行っても、美味しいお酒とご飯に生かされている。


桜子

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