
皆さま、アンニョンハセヨ。韓国の徐台教です。
韓国語(朝鮮語)のアンニョンハセヨという挨拶は、朝昼晩いつでも使えます。便利な言葉ですね。
「コリア・フォーカス」をリニューアルするための本クラウドファンディングも、残すところ8日となりました。7月31日の23時59分で終了となります。
現在、目標の36%までご支援をいただいております。ご支援者も300人を超え、305人となりました。ひとえにご支援くださり、また拡散にご協力いただいた皆さまのおかげです。改めてお礼申し上げます。
その上で、残る期間、全力を尽くしてクラウドファンディングを広め目標にできるだけ肉迫するよう努力を続けていきます。
手始めに今日から毎日、活動報告を更新していきます(はじめからこうすればよかった!)。

79年前、凶弾に斃れた‘稀代の政治家’呂運亨…今よみがえるその思想と行動、日本への視線も
(記事リンク。Yahoo!ニュースに飛びます)
まずは昨日、Yahoo!ニュースへの寄稿記事でも取り上げた、朝鮮人政治家・呂運亨(ヨ・ウニョン)のお話をしたいと思います。
ここで朝鮮人としたのは、呂運亨が活躍した時代には「国」が無かったからです。
1886年に生まれた呂運亨は、大韓帝国が大日本帝国に併合された1910年以降に独立運動家として頭角を表しました。
そして1945年の解放後すぐ、米ソにより分断された朝鮮半島でも政治家として活動した後、1948年の南北両政府の樹立を見ることなく暗殺されました。大韓民国でも朝鮮民主主義人民共和国でもない、一人の朝鮮民族でした。
亡くなったのは1947年7月19日。そうです。今回の記事は、79周忌に合わせた書いたものです。
今日、ある在日コリアンの先輩に「なぜ呂運亨を記事に取り上げたのか」と聞かれました。こういう質問はとても嬉しいものです。
私の答えは、「現代においても、中道への収れんを答えとせずにいられない」というものでした。この場合の中道とは、もちろん中道改革連合ではありません(笑うところです)。
「中間」とも称しますが、呂運亨の時代では左派と右派、南朝鮮と北朝鮮をつなぐ役割がこれに相当しました。独立運動の時代には中国人革命家をはじめ、様々な地域の人々と協力しました。
つまり、「つなぐ役割」です。
そうとはいえ、呂運亨はなよなよと、闇雲にただ、人と人とをつなごうとしたのではありません。
植民地時代には日本支配への協力を良しとしない原則を貫きました。解放後にもあらゆる勢力を糾合しようとしましたが、この原則を守り続けました。だからこそ、その活動は当時の市民に大きな支持を得たのです。
現在に当てはめるとどうなるでしょうか。
進歩と保守という陣営論で分裂した韓国社会をつなぎ、断絶した南北朝鮮をつなぎ、東アジアの平和な未来を願う、日本をはじめとする世界の市民の手をつなぐことになるでしょう。その際には、人権を守り差別を認めない原則を貫く必要があります。
「コリア・フォーカス」はこれをやりたいのです。
メディアの役割というと、一義的には事実をありのままに伝え、権力が隠す真実を明らかにするといったものを想像すると思います。
コリア・フォーカスも当然これを実行します。その一方で、市民が判断の元とすることができる、様々な意見が集まる「場」にしたいのです。その上で、「ここまでならOKできる」という妥協点を作る。
これがクラウドファンディングを始めて以降、何度も繰り返しお伝えしてきた「公論の場」としての機能です。この仕事は身体が動く限り、続けていきたいものです。
そうとはいえ(!)今回のクラウドファンディングが達成に近づくほど、未来を担うスタッフと仕事を始めたり、10年残るコンテンツを作るといった仕事の幅が広がります。
残り8日間、ご協力よろしくお願いいたします!



