皆さま、いつも温かいご支援をいただき、本当にありがとうございます。 愛媛県西予市城川町で栗農家をしております、三瀬と申します。

今回は、少し長くなりますが、私たちの故郷である城川町の「栗の現状」と、一年を通じて私たちがどのように栗と向き合っているのか、そのリアルな姿をお話しさせてください。
皆さまは、愛媛県と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。きっと多くの方が「みかん」と答えると思います。しかし実は、愛媛県はかつて栗の生産量で日本一になったこともある、知る人ぞ知る「栗の王国」なのです。 ここ城川町でも、昔はどこの家にも栗の木があり、秋になれば栗の収穫祭が行われ、食卓には栗ご飯が並ぶ……栗は私たちの暮らしや文化そのものでした。
しかし今、私たちの故郷の栗は、かつてない存続の危機に瀕しています。
最盛期と比較すると、愛媛県の栗の生産量はなんと「8割」も減少してしまいました。 このままでは近い将来、本当に国産栗のモンブランが食べられなくなってしまうかもしれない。それほどまでに、事態は深刻なのです。
その背景にあるのは、農家の高齢化と後継者不足です。 栗づくりというのは、皆さまが想像する以上に、自然と格闘する過酷な肉体労働の連続です。私たちの1年は、息つく暇もなく四季とともに巡っていきます。
【冬:今期の命を吹き込む剪定】
栗農家にとって最も重要な作業は、実は真冬に行われます。雪がちらつく厳しい寒さの中、一本一本の木と向き合いながら行う「剪定(せんてい)作業」です。どの枝を残し、どの枝を落とすか。実はこの冬の作業で、その年の栗の品質と収量の「8割」が決まると言っても過言ではありません。凍える手で高枝切ばさみやノコギリを握り、木と対話しながらの作業が何ヶ月も続きます。
【春:芽吹きと自然との対話】
春になり、ようやく若葉が芽吹き、可愛らしい花が咲き始めると、今度は病害虫から木を守るための細やかな管理が始まります。山の天気は変わりやすく、近年は気候変動の影響で予測がつかないことも増えました。常に木の状態に目を光らせ、我が子のように見守り続けなければなりません。

【夏:己の限界に挑む草刈り】
そして、農家にとって一番過酷なのが夏です。容赦なく照りつける炎天下の中、急な山の斜面で足を踏ん張りながら、伸びた草を刈り続ける「下草刈り」。少しでも気を抜けば滑り落ちてしまう急斜面で、重い草刈り機を振り回す作業は、70歳を超えた身体には本当に堪えます。「正直、もう今年で栗山を閉めようか……」仲間の農家からそんな弱音がこぼれるのも、決まってこの季節です。
【秋:収穫の喜びと重労働】
いよいよ待ちに待った秋。立派な毬栗(いがぐり)が口を開き、大きな実が顔を出します。しかし、収穫もまた重労働です。足元の悪い斜面を、毎日、何度も何度も上り下りするのです。収穫した栗の選別作業は夜中に及ぶこともあります。


こうした四季を通じた過酷な作業を、平均年齢が70歳を超える農家たちが、ギリギリの状態でこなしています。体力の限界を迎え、泣く泣く手放された栗山は「耕作放棄地」となり、あっという間に荒れ果ててしまいます。 先祖代々、何百年と受け継いできたこの土地と、美しい山の景色、そして美味しい城川の栗の文化が途絶えてしまう。その光景を見るのは、身を切られるように辛いものです。
それでも、私たちが山へ入り、栗を作り続ける理由があります。
それは、私たちが手塩にかけて育てた栗を「日本一美味しい」と言って、メニークエストのさやかさんたちが、極上のスイーツにして全国の皆さまへ届けてくれるからです。 泥だらけの私たちが育てた栗が、箱を開けた人を笑顔にする「宝物」に変わる。その事実が、私たち農家の何よりの誇りなのです。
そして何より、クラウドファンディングを通じて全国の皆さまから寄せられる「城川の栗を守ってください!」「応援しています!」という温かいお言葉が、私たちの背中を強く押してくれています。皆さまの応援が、明日も急な斜面を登り、山に入るための「生きる力」になっています。
この「城川の栗」という山の宝石を、決して私たちの代で終わらせるわけにはいきません。 未来にも、この美しい栗の里を残していくために。私たちはこれからも、這いつくばってでも最高の栗を育て続けます。
私たちの挑戦は、まだまだ続きます。 どうかこれからも、城川町の栗農家と、メニークエストの挑戦に、皆さまの温かいお力添えをよろしくお願いいたします。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
栗農家 三瀬 喜平



