

1977年、広島で被爆したアメリカ兵捕虜の存在が記された外交文書が発見された。
その後の証言により、広島と呉には50人余にのぼる被爆アメリカ兵がいたことが判明する。アメリカ政府はその事実を知りながら、原爆投下を決定していたのだーー。
この史実をもとに物語を構想したのが、世界的アニメーション監督で日系アメリカ人のジミー・T・ムラカミ。その構想を引き継いで準備を進めてきたのが、私たち「ヒロシマ・夏の名残のバラ」プロジェクト・チームです。
2019年には多くの方のご支援により、脚本とキャラクターデザインが完成。コロナ禍を経て再び始動したプロジェクト・チームは、2030年の全国上映を目指し、いよいよアニメーション制作の段階に入ります。

キャラクターデザインは広島県出身の漫画家・かわぐちかいじ。
『沈黙の艦隊』『ジパング』『空母いぶき』など、戦争と平和を問い続けてきた彼が、故郷・広島県の8月6日を描きます。




舞台は第二次世界大戦末期の広島。アメリカB24爆撃機の2機が撃墜され、乗組員たちは捕虜となる。収容された彼らの看護にあたった17歳の女学生と、アメリカ人ジャックは互いに好意を抱き、人としての絆が生まれていく。
そこに降りかかる、8月6日の原爆投下という哀しい運命―。敵であるアメリカ人と日本人という関係の中で確かめ合うのは、お互いに「人」であること、その絆だった。
ジャックのルーツであるアイルランドの民謡「夏の名残のバラ」の調べにのせて、アメリカ人・日本人それぞれの視点から戦争を描いたヒューマンストーリー。
※この物語は、史実をふまえたフィクションです。

本作は史実をもとにしたフィクションです。だからこそ、描かれる広島の街並み、人々の暮らし、そして言葉づかいに至るまで、歴史考証を元に制作しています。
取材・資料提供
・広島平和記念資料館
・広島・皆実有明アーカイブス継承委員会
・森重昭さん(『原爆で死んだ米兵秘史』著者)
・中西静乃さん(広島県立広島第一高等女学校=現・広島県立広島皆実高等学校 卒業)

1977年
広島で被爆したアメリカ兵捕虜の存在が記された外交文書が発見される
2010年
ジミー・T・ムラカミが、プロデューサー宇田川東樹に制作・協力を依頼
2011年〜
ジミー・T・ムラカミ、かわぐちかいじ、冨川元文、プロジェクトメンバーで広島を訪問。様々な見学や取材を元に、ジミー・T・ムラカミが原案に着手。

2014年 ジミー・T・ムラカミ逝去
2018年 脚本完成

2018年 広島方言への “翻訳”
2019年 キャラクターデザイン完成
完成したキャラクターデザイン
原案の構想から約25年。
プロジェクトはこれから、絵コンテやアニメーション作成の工程に進みます。
しかし長編アニメーションの制作には、まだまだ膨大な工程と費用が必要です。
被爆85年にあたる2030年の全国上映開始まで、もうあと4年しかありません。
今後の制作過程に必要な資金のご支援を、どうかよろしくお願いいたします。


2026年
8月 クラウドファンディング プロジェクト開始
10月 クラウドファンディング 活動終了
2027年
1月 制作スタッフ編成開始
5月 編成終了・制作開始
2030年 広島・長崎被爆85年
初夏 アニメーション「ヒロシマ・夏の名残のバラ」完成
7月 アニメーション「ヒロシマ・夏の名残のバラ」上映開始

2030年、日本は被爆から85年を迎えます。日本に原爆が落とされたことからはじまり、その後も核兵器は多くの国で開発され続け、現在世界にはおよそ1万発が存在しているとされています。
被爆者の平均年齢はすでに86歳を超え、直接証言を聞ける時間はもう限られている。
当時いったい何があったのかを、若い方々にも、子どもたちにも、たくさんの人に分かりやすく知っていただくにはどうしたらいいのか。メンバーそれぞれが経験と知恵を出し合ってきた20年越しのプロジェクト。
当時を懸命に生きた日本人・アメリカ人、それぞれの視点を通じて紡がれるストーリーは、これからの世代に、その記憶をしっかりと引き継いでいけると信じています。
あの日を知る人たちの話を、直接聞ける最後の世代が、私たちです。













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