延岡の子どもたちが『助けて』と言える地域を作りたい
こんにちは。子どもネットワークのべおか代表の堀之内健吾です。私たちは宮崎県延岡市で【子ども宅食】という活動を続けています。これまで5年半で延べ1,898回の訪問支援を行ってきました。
毎月、食事に困っている子どものいる家庭に食べ物を届けるのですが、その時に大切にしていることがあります。それは、食を届けることがゴールではなく、その家庭とのつながりをつくることです。


[子ども宅食の配送風景]
『助けて』と言えない家庭の現実
支援が本当に必要な家庭ほど、自分から助けを求められない。これまで何年も地域で活動する中で、この現実を何度も目の当たりにしてきました。生活に困っていても、どこに相談したら良いか分からない。周りに知られたくない。そういった理由で、制度の支援や相談窓口につながる前に、孤立してしまう子ども家庭が少なくありません。
延岡のこどもの貧困率『22.8%』
日本全国で、子どもの約9人に1人(11.5%)が相対的貧困状態にあります(厚生労働省【2022(令和4)年 国民生活基礎調査】)。宮崎県はさらに高く、12.0%(およそ8人に1人)が困難な状況に置かれています(宮崎県福祉保健部こども家庭課【子どもの生活実態調査】)。
一方、延岡市が策定した【第2期のべおか子どもの豊かな未来応援プラン】では、子どものいる世帯の22.8%──およそ4~5世帯に1世帯が、何らかの生活上の困難や支援の必要性があることが示されています。

母親の孤立と虐待も高リスク
また、延岡市の児童虐待相談件数は、子ども1,000人あたり13.6件となっており、宮崎県平均(10.5件)、全国平均(11.3件)を上回っています。
虐待相談の内容を見ると、ネグレクト(養育放棄)が44.5%と最も高く、全国的な傾向(約25%)を大きく上回っています。
加えて、主な虐待者が「実母」に偏る傾向や、離婚率の高さもあり、母親がひとりで育児負担を抱え込んでいる(ワンオペ育児・孤立育児)」という地域特有の課題があります。
そのため私たちは、「虐待が起きてから支援する」のではなく、「孤立する前につながる」ことが重要だと考えています。

調査方法や算出基準は異なりますが、私たちが日々の活動を通して感じているのは、支援を必要とする子どもや家庭が地域の中に確かに存在しているということです。物価高騰や生活不安、人とのつながりの希薄化などにより、支援を必要とする家庭は今も少なくありません。
食を通じた『つながり』の力
私たちが届けているのは、食べ物だけではありません。食を届ける時間は、家庭とつながりを築く大切な機会です。
訪問時の何気ない会話から、子どもの小さな変化や保護者の悩みに気付くことがあります。学校や福祉、医療など関係機関と連携しながら、その家庭に本当に必要な支援へつなげています。
私たちが目指しているのは『食支援』そのものではなく、子どもと家庭が孤立しないための継続的な伴走支援です。

活動の継続が危機的状況に
しかし現在、大きな課題に直面しています。これまで行政の補助金を活用していましたが、制度の変更により予算がなくなってしまいました。
しかし、制度や財源状況が変化しても、地域で支援を必要とする子ども家庭がなくなるわけではありません。物価上昇や生活不安、孤立などにより、支援を必要とする家庭は今も存在しています。
私たちは、困った時に相談できる場所、誰かとつながれる場所を失わせたくありません。
支援を必要とする家庭とのつながりを途切れさせないために、今回クラウドファンディングに挑戦します。
クリスマス宅食から見える、つながりの大切さ
12月に実施するクリスマス宅食では、保護者さんから心温まるお礼のメッセージをいただきます。
『子どもたちには、今年はサンタさん来ないかもよと言ってましたが、ありがとうございました!』
『私(母)の分まで、うれしすぎます』
こうした切ない感謝の言葉から、私たちの支援がどれほど必要とされているかが伝わってきます。
さらに嬉しいのは、支援を受けた家庭からの前向きな報告です。『正社員になりました!』『子どもが私立中学に行きたいと言っていたので、どうにか頑張って行かせようと思いました!』こうした言葉を聞くと、私たちの活動が本当に意味のあるものだと実感します。
不登校で長年引きこもりだった子どもが、街で私たちに気付いて声を掛けてくれたり、母子家庭の男の子が『おじちゃんは?』と訪問を心待ちにしてくれたり、何も話さないけれど部屋の片隅で話を聞いてくれている女の子がいたり。数えればキリがありません。これらのエピソードは、食を届けることを通じて生まれた『つながり』の力を示しています。

延岡で『誰ひとり孤立させない』を実現するために
これから目指したいのは、『困ったときに助けてと言える地域』、そして『助けてと言えなくても、誰かが気付いてくれる地域』です。
支援が必要な家庭ほど、自分から声を上げることが難しく、どこに相談したらいいか分からず孤立してしまいます。私たちは、そのような家庭が問題が大きくなってから支援につながるのではなく、小さな変化の段階で地域とつながれる仕組みを作っていきたいと考えています。
保護者の方には【ひとりで抱え込まなくていい】【困ったら相談できる場所がある】と感じてもらいたい。子どもたちには【どんな環境に生まれても、自分には味方がいる】【将来に希望を持っていい】と感じながら育ってほしい。
そして地域全体として、福祉・教育・医療・行政・地域住民などがつながり、子どもと家庭を支え合える文化が育っていってほしい。そのためにこのクラウドファンディングに挑戦します。
福祉・教育・医療・保育の現場で感じる課題への応え
このプロジェクトは、特に福祉、教育、医療、保育分野に携わる皆さんへのご提案です。日々、子どもや家庭の困りごとに向き合う中で、『支援が必要なのに制度だけでは届かない』『もっと早くつながれていたら』と感じた経験はありませんか?
私たちの活動は、そうした現場の課題に直結しています。食支援だけでなく、見守り・相談・関係機関連携を組み合わせた継続的な支援を行うことで、制度の隙間にある家庭を支える仕組みづくりを実現しています。
『助けて』と言えない家庭を地域全体で支える—この仕組みづくりに、皆さんの力をお貸しください。
これからも続ける理由
延岡で5年以上、この活動を通じて見えてきたのは、『つながり』の大切さです。小さな変化に気づくことで、適切な支援につなぐことができます。継続的な見守りがあることで、子どもたちや保護者の方も少しずつ前に進む勇気が出ます。皆さんの応援が、こうした『つながり続ける支援』を可能にします。

皆さんへのお願い
このプロジェクトは、延岡の子どもたちの未来への投資です。支援金は、毎月の食材購入、配送、見守り活動、相談支援体制の維持に充てられます。皆さん一人ひとりのご支援が、地域の子どもたちに【希望】と【つながり】をもたらします。ぜひ、延岡で誰ひとり孤立させない地域づくりに、一緒に挑戦させてください。
最後に
子どもたちが安心して育つことができる地域は、すべての人にとって住みやすい地域です。皆さんのご支援とご協力を、心よりお待ちしています。
最新の活動報告
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【終了まで残り1日】ご支援くださった皆さまへ
2026/07/30 20:00ご支援くださった皆さまへクラウドファンディング終了まで、いよいよ残り1日となりました。ここまでご支援くださった皆さま、本当にありがとうございます。また、ご支援以外でも投稿をシェアし応援の輪を広げてくださり、心より感謝申し上げます。今回の挑戦を通して、私たちの活動は多くの方に支えられていることを、改めて強く感じています。最後に、この活動に関わる私たちのメンバーの思いをお伝えいたします。----------------------------------------------------------------------------------------------【内田理佐】私は、「子どもネットワークのべおか」の理事として、子ども宅食をはじめ、困難を抱える子どもや子育て家庭を支える活動に携わっています。子ども宅食の活動に参加させていただき、実態確認させていただいています。日本の子どもの貧困率は11.5%で、約9人に1人が貧困状態にあります。宮崎県が中学2年生とその保護者を対象に実施した調査でも、いわゆる貧困層は全体の12.0%を占めています。貧困は、食事だけの問題ではありません。学習や部活動、地域活動への参加、進学の機会まで奪い、子どもたちの将来の選択肢を狭めます。3年前に示された県内の調査では、生活保護受給世帯の子どもの高校進学率は87.4%で、前年度から3.9ポイント低下し、目標値の94%を大きく下回りました。高校中退率も6.2%と、前年度から4.1ポイント上昇しています。また、県内の子ども食堂は7年間で約10倍に増えました。地域の支援が広がる一方、それだけ食事や居場所、つながりを必要とする子どもや家庭があるということが分かります。ひとり親家庭では、子どもの急病で仕事を休めば収入が減るので、休めない…という現実もあります。さらに、日本では、生まれたばかりの赤ちゃんが約2週間に1人、遺棄や虐待によって命を落としているとされ、その背景には経済的困窮や社会的孤立、予期せぬ妊娠があります。また、宮崎県は、人工妊娠中絶率(15 歳以上 50 歳未満の女子人口千対)が平成30年度から令和3年度まで連続して全国ワースト 1 位という深刻な課題を抱えています。以上のことからも、「子ども宅食」は、食料を届けるだけの活動ではない!と私は伝えたいです。家庭とつながり、困りごとに気づき、必要な支援へつなぐ大切な取り組みです。子どもたちは、生まれる家庭や育つ環境を選ぶことはできません。しかし、私たち大人には、その子どもたちの未来を支えることができます。延岡で生まれてきてくれて、ありがとう!と私は言いたいです。喜ばれて育って欲しい。安心して育てて欲しい。皆さまのご支援が、お父さん、お母さんの笑顔となり、子どもたちの食事、学び、安心、そして希望につながります。----------------------------------------------------------------------------------------------【磯田昌宏】コロナ禍まっただ中から、私がこども宅食に関わって、5年を超えました。こども宅食は、単に物資を届けているだけではありません。食料品や日用品に加え、虎彦さんから提供いただいたお菓子もお渡ししています。おいしそうなお菓子に、子どもだけでなく、大人も笑顔になります。お菓子を含め物資をお届けすることが、人や心をつないでくれます。訪問時には、お子さんを含む家庭の状況や悩みなどをお聞きしています。物価高で生活が大変だとか、お子さんの不登校の話や進路の悩み、時には命に関わるような深刻な話を聴くこともあります。微力な私ですが、毎回楽しみにしています!いつも助かります!などの言葉にうれしく感じるとともに、私でも何かお役に立てることがあるのではないかと思って活動を続けています。----------------------------------------------------------------------------------------------【木戸恵子】前職は生活保護世帯を担当するケースワーカーをしておりました。生活に困窮しながらも、一生懸命子育てをしている保護者さん達をみてきました。しかしながら、その反面でお金がないからと子どもが大事にしているものを売りお金に換えようとする親や、子どもの奨学金を生活費に充て、せっかく進学しても学費滞納で退学させられてしまう子どももいました。保護者への関わりの中で、何らかの支援の手があれば防ぐことができたのではないかと悔やまれます。だからこそ、私はネットワークのべおかでの宅食の活動を応援し、1人でも多くの子ども達の心に人生を諦めない希望を届けたいと思っています。---------------------------------------------------------------------------------------------【日野亮司】子ども食堂の運営を、特定のグループやボランティアだけに任せるのではなく、**「地域全体で支える仕組み」へと進化させる時が来ています。延岡には、お互いを思いやる温かい地域性、いわば「結(ゆい)の精神」が息づいています。農家の方が作ったお野菜。企業が持つスキルやスペース。住民一人ひとりの「何か手伝いたい」という少しずつの想い。これらを結びつけ、地域全体が一つの大きな「家族」のように子どもたちを包み込む。子どもたちの笑顔を真ん中に置いたコミュニティを、私たち延岡市民の手で、共に育んでいきましょう。---------------------------------------------------------------------------------------------【堀之内タミ】先日、私より年上の方から、こんなお話を聞きました。「自分が歯を食いしばって苦しい時、お父さんがよく『〇〇くんはいつも頑張っているね』と声をかけてくれた。その言葉が本当にうれしくて、今でも忘れられない。だから今度は、自分も頑張っている人を応援したいと思っているんです」誰かが自分を見てくれている。気にかけてくれている。応援してくれている。そんな存在がいることは、人の力になり、その後の人生を支える大きな支えになるのだと私は信じています。のべおか子ども宅食は、「食」を届けることだけが目的ではありません。食を通してご家庭を訪問し、安心と笑顔を届ける。困った時に「頼っていいんだ」と思えるつながりを育む。それが、私たちの活動です。親御さん一人を支えることは、その先にいる一人の子どもを支えることにつながります。皆さまの応援が、子どもたちとご家庭の未来につながります。---------------------------------------------------------------------------------------------【平野ひろみ】2016年、延岡で初めての子ども食堂ができました。その子ども食堂の企画や運営に関わる中で、当時まだあまり知られていなかった子どもの貧困についてもっと啓蒙啓発することが必要なのではないか?という思いが芽生え、同様の考えを持つ堀之内さんと共に「子どもネットワークのべおか」を立ち上げました。2年後には堀之内さんの妻タミさんも加わり、3人で子ども食堂「土曜給食」をはじめました。子ども食堂を運営する人が必ずと言っていいほど直面する疑問に「この活動は子どもの貧困に対して、真の意味で有効なのだろうか?」「本当に必要な子どもには届いていないのではないか?」というのがあります。わたし達もそうでした。そしてやって来たコロナ禍。わたし達は2020年に、福祉の専門家でもある堀之内さんの指南の下、食のアウトリーチ支援である子ども宅食をはじめたのです。子ども宅食は、当事者の自己申告が入口となります。申込みがあると、堀之内さんと、その地区担当者が一緒にご自宅を訪れ、インテーク面接を行い、宅食利用の可否を決めます。利用が決まったご家庭には、月に一度、お米をはじめとした食品や日用品をお届けしています。ただ、わたし達は、これらの物資を届けるだけでは終わりません。この1ヶ月の子ども達やご家庭の様子をお聴きします。他愛のない話をしながら、そこから深刻な悩みの吐露に発展することも少なくありません。わたし達は、いつも真剣に、そして丁寧にお話をお聴きし、一緒に考えます。何故なら、わたし達の真の目的はそこにあるからです。わたし達は、子ども達の笑顔のために、そして、利用家庭を孤立させないために、これからも繋がり続けたい。この活動は、市民の皆様からの様々なご寄付と行政からの補助金に支えられて続けて来ました。補助金が打ち切られた今、次の助成先が見つかるまでは皆様からのご厚意だけが頼りです。いつもお願いすることしかできないわたし達ですが、皆様からのご厚意は、決して無駄には致しません。---------------------------------------------------------------------------------------------【堀之内健吾】僕の半生記ともいえる『玄関の向こうにいた、あの日の僕』これを公開するには、勇気がいりました。今の家族も、幼かった妹でさえ知らなかった真実です。住む場所が変わり、生活の苦しさや、誰にも相談できない孤独を抱えていたこと。それを人に話せるようになるまで、40年以上かかりました。子どもは、友だちを家に呼べないこと。家に帰りたくないこと。将来を諦めそうになっていること。そんな苦しさを、なかなか誰にも話せません。それでも、学校の先生や周囲の大人、先輩が声をかけてくれた。それだけで、僕は何とか前を向くことができました。行政の補助が打ち切られた時、担当課長から、「子ども宅食は『たわいのない会話』をしてる」と、まるでそれが悪いことのように言われました。しかし僕は、その「たわいのない会話」に、どれだけ救われたでしょう。あの日、先生が言ってくれた。「メシ、うまいだろ」「味噌にこだわってんだ」あの日、先輩が言ってくれた。「しょうがねぇなぁ、おごってやるわ」「またテイスティかよ」あの日、あの時に交わした「たわいのない会話」が、今の僕の血肉になっています。だから僕は、子ども宅食で食料品を届けながら、家庭の皆さんと「たわいのない会話」をします。食をきっかけに家庭を訪ね、子どもの表情を見て、保護者の声を聴き、困りごとに気づく。そして必要な支援につなぎながら、「一人ではない」と伝え続ける。貧困や孤立は、子どもの努力だけでは解決できません。保護者一人の責任にしても解決しません。地域に暮らす私たち大人が、それぞれの立場でつながり、家庭を支えていく必要があります。子どもたちに、生まれ育った環境を理由に、夢や進学、将来を諦めてほしくありません。「延岡で育ってよかった」「困った時に助けてくれる人がいた」「自分のことを気にかけてくれる大人がいた」そう思える子どもを、一人でも多く増やしたい。子どもの未来を、家庭だけに背負わせない地域をつくるために。僕は今日も、玄関をノックします。-----------------------------------------------------------------------------------------------終了まで、あと1日。最後まで見守り、応援していただけましたら幸いです。皆さまからいただいたご支援を、子どもたちと家庭へ食と安心を届け続ける力に変えてまいります。改めまして、温かいご支援に心より感謝申し上げます。 もっと見る
玄関の向こうにいた、 あの日の僕 ― 僕が子ども宅食をやる理由 ―⑧
2026/07/26 20:00あとがきに代えてこの原稿を書き始めると、子どもの頃の出来事が次々によみがえってきた。過去をきれいにまとめるつもりはない。僕は母を守ろうとしたこともあれば、その母を叩いたこともある。人に助けられたこともあれば、自分から助けを求められずに逃げたこともある。善意だけで支援を始めたわけでもない。目の前の子どもや家庭に、かつての自分が重なった。子ども宅食は、食料を持って家庭の玄関まで行く。けれど、本当に届けたいのは、食料だけではない。何も話せない日にも来る人がいること。困ったときに思い出せる人がいること。あなたを気にかけている大人が、家庭の外にもいること。それを、繰り返し訪ねることで伝えたい。これを読んだ誰かが、身近な子どもの「別に」という言葉の奥を少しだけ想像し、ときにはこちらから玄関をノックしてくれたなら、これ以上のことはない。 もっと見る
玄関の向こうにいた、 あの日の僕 ― 僕が子ども宅食をやる理由 ―⑦
2026/07/25 20:00第十八章 「別に」の向こう側最初の訪問で、意外なほど喜ばれたものがあった。お菓子だった。米やレトルト食品は生活に必要なものだ。けれど、家計が苦しくなると、お菓子は真っ先に節約の対象になる。「お菓子を買ってあげられなかったので、うれしいです」そんな声が、想像していた以上に多かった。一方で、部屋がたばこ臭く、酎ハイの空き缶が転がっている家庭もあった。大人の嗜好品は買われても、子どもの嗜好品は制限される。正直、複雑だった。けれど、その場で親を裁くことが、僕たちの仕事ではなかった。次に何を持っていけば子どもが喜ぶかを考えた。家庭の側から「これが欲しい」と言われることは、ほとんどなかった。こちらから「これはどうですか」と提案すると、「助かります」「うれしいです」と返ってきた。何か特別な出来事をきっかけに、急に深い相談をされるわけでもなかった。毎月、同じように訪ねる。食料を渡す。少し話す。また来る。その繰り返しの中で、ぽつりぽつりと話してくれるようになった。支援は、困りごとを聞き出すことではない。話せる関係になるまで、通い続けることなのだと思う。ある訪問先には、男の子がいた。僕が話しかけても、「別に」としか答えなかった。「将来、何になりたい?」「別に」「今、何が面白い?」「別に」その子は、僕のことをじっと見ていた。僕には、その感じが分かった。子どもの頃の僕も、大人の男性と関わりたかった。何かを相談したいわけではなかった。家庭の事情を説明したいわけでもない。母親を目当てに近づいてくる男ではなく、何も奪わず、何も求めず、自分に関心を向けてくれる大人の男に興味があった。少し話してみたかった。自分を見てもらいたかった。だから、「別に」と言われても、無理に話を引き出そうとは思わなかった。その日、話さなくてもいい。次の月も、その次の月も、食料を持って会いに行けばいい。第十九章 延岡にも本当のサンタはいるぞある家庭で、母親に聞いた。「クリスマスはどうするの?」母親は少し言いにくそうに答えた。「うち、仏教だから……」あ、この言葉を知っている。僕も子どもの頃に言われた。「うちは仏教だから、クリスマスとか関係ない」「誕生日は家族まとめてやろうね」本当に宗教の問題だったのかもしれない。けれど、僕には、用意できない事情を、子どもが納得できる言葉に置き換えていたように思えた。子どもは従うしかない。だから翌年から、「クリスマス宅食」と「バースデーケーキプレゼント企画」を始めた。クリスマスには、ケーキとお菓子、文具、おもちゃなどを家庭ごとに準備した。プレゼントには、子ども一人ひとりの名前を書いた。普段の子ども宅食では、必ず顔を見て手渡す。家庭の様子を見て、何気ない会話をすることが大切だからだ。しかし、この日だけは違う。サンタクロースは、そっと現れて、そっとプレゼントを置いて、次のお家に行くものだ。スタッフも僕もサンタクロースの格好をした。大きな袋を担ぎ、玄関前にプレゼントを置く。ピンポンを鳴らし、見つからないうちに走った。周りからは、じろじろ見られた。それでも楽しかった。延岡にも、本当のサンタはいるぞー。そんな気持ちだった。届けた後、家庭から次々にメッセージが届いた。「子どもたちのクリスマスプレゼントもなかったので、すごく助かりました。明日は子どもたちの喜ぶ顔が見れそうです」「仕事だったから、まさかサンタさんが来ると思わずにびっくりしました。私にまでありがとうございます」「部活動の大会から戻った娘が、玄関前のプレゼントとケーキを見て、『え? サンタさんって今日?』とびっくりしていました」「毎年楽しみにしています」子どもたちが喜ぶのはもちろんだった。意外だったのは、保護者の分まで用意したことを、母親たちがとても喜んだことだった。家庭の中では、親はいつも自分を後回しにする。子どものものを優先し、自分の分は諦める。「私にまで」その一言には、普段、自分がいかに贈り物を受け取る側にいないかが表れていた。クリスマス宅食は、困窮家庭への物資配付ではない。その日だけは、「支援を受ける家庭」でも「利用家庭」でもない。サンタクロースが来る家になる。子ども一人ひとりに、あなたの名前が書かれたプレゼントが届く。あなたは大切な存在だよ。そのことを、言葉ではなく、玄関前の贈り物で伝える。終章 僕は今日も玄関をノックする子どもの頃の僕は、閉ざされた玄関の内側にいた。ぼろぼろの家を友達に見られたくなかった。生活保護であることを知られたくなかった。茶色い弁当を見られたくなかった。困っていることを知られるくらいなら、何も必要としていない顔をした。家庭の事情を、誰かに説明することもできなかった。大人の都合で家が変わり、名字が変わり、家族が増えたり消えたりした。それでも、理由を尋ねることさえできなかった。何を聞かれても、「別に」と答えていたかもしれない。それでも、僕の人生には、玄関の外から来てくれた大人がいた。泣きながら訪ねた僕に、「風呂入れ」「これ食え」と言い、翌朝、何も聞かずに「ダンディ健吾いるか~?」と普通に出席を取った先生。殴り合いを体当たりで止め、「お前の心は、もっと美しいはずだ」と言った先生。カビの生えたまんじゅうを食べようとした僕を止め、夕飯をおごってくれた先輩。大きな制度ではなく、一食の飯、一晩の寝床、一本の缶コーヒー、一つの言葉が、僕を次の日につないだ。今、僕は玄関の外側に立っている。片手には食料の入った袋がある。玄関の向こうにいる家庭が、すぐに困りごとを話してくれるとは限らない。子どもが笑顔で迎えてくれるとも限らない。「別に」としか言わない日もある。それでいい。一度で関係をつくろうとしなくていい。食料を渡し、少し話し、また来る。何も話さない日にも来る。困っていないように見える日にも来る。困ったときに初めて探す支援者ではなく、困る前から顔を知っている大人になる。子ども宅食で届けるのは、食料だけではない。家庭の外にも、あなたのことを気にかける大人がいるという事実を届ける。僕が子ども宅食をやるのは、かわいそうな子どもを助けたいからではない。あの日の自分のような子どもに、会いに行くためだ。かつての僕は、玄関の内側で、誰かが来てくれるのを待っていた。今の僕は、食料を持って玄関の外側に立ち、その扉をノックする。玄関が開く。向こう側にいるのは、目の前の子どもであり、あの日の僕でもある。だから僕は、今日も会いに行く。次回「あとがきに代えて」へ続く。 もっと見る





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