
第十八章 「別に」の向こう側
最初の訪問で、意外なほど喜ばれたものがあった。
お菓子だった。
米やレトルト食品は生活に必要なものだ。けれど、家計が苦しくなると、お菓子は真っ先に節約の対象になる。
「お菓子を買ってあげられなかったので、うれしいです」
そんな声が、想像していた以上に多かった。
一方で、部屋がたばこ臭く、酎ハイの空き缶が転がっている家庭もあった。
大人の嗜好品は買われても、子どもの嗜好品は制限される。
正直、複雑だった。
けれど、その場で親を裁くことが、僕たちの仕事ではなかった。次に何を持っていけば子どもが喜ぶかを考えた。
家庭の側から「これが欲しい」と言われることは、ほとんどなかった。
こちらから「これはどうですか」と提案すると、
「助かります」
「うれしいです」
と返ってきた。
何か特別な出来事をきっかけに、急に深い相談をされるわけでもなかった。
毎月、同じように訪ねる。食料を渡す。少し話す。また来る。
その繰り返しの中で、ぽつりぽつりと話してくれるようになった。
支援は、困りごとを聞き出すことではない。
話せる関係になるまで、通い続けることなのだと思う。
ある訪問先には、男の子がいた。
僕が話しかけても、「別に」としか答えなかった。
「将来、何になりたい?」
「別に」
「今、何が面白い?」
「別に」
その子は、僕のことをじっと見ていた。
僕には、その感じが分かった。
子どもの頃の僕も、大人の男性と関わりたかった。
何かを相談したいわけではなかった。家庭の事情を説明したいわけでもない。母親を目当てに近づいてくる男ではなく、何も奪わず、何も求めず、自分に関心を向けてくれる大人の男に興味があった。
少し話してみたかった。自分を見てもらいたかった。
だから、「別に」と言われても、無理に話を引き出そうとは思わなかった。
その日、話さなくてもいい。
次の月も、その次の月も、食料を持って会いに行けばいい。
第十九章 延岡にも本当のサンタはいるぞ
ある家庭で、母親に聞いた。
「クリスマスはどうするの?」
母親は少し言いにくそうに答えた。
「うち、仏教だから……」
あ、この言葉を知っている。
僕も子どもの頃に言われた。
「うちは仏教だから、クリスマスとか関係ない」
「誕生日は家族まとめてやろうね」
本当に宗教の問題だったのかもしれない。けれど、僕には、用意できない事情を、子どもが納得できる言葉に置き換えていたように思えた。
子どもは従うしかない。
だから翌年から、「クリスマス宅食」と「バースデーケーキプレゼント企画」を始めた。
クリスマスには、ケーキとお菓子、文具、おもちゃなどを家庭ごとに準備した。プレゼントには、子ども一人ひとりの名前を書いた。
普段の子ども宅食では、必ず顔を見て手渡す。家庭の様子を見て、何気ない会話をすることが大切だからだ。
しかし、この日だけは違う。
サンタクロースは、そっと現れて、そっとプレゼントを置いて、次のお家に行くものだ。
スタッフも僕もサンタクロースの格好をした。大きな袋を担ぎ、玄関前にプレゼントを置く。ピンポンを鳴らし、見つからないうちに走った。
周りからは、じろじろ見られた。
それでも楽しかった。
延岡にも、本当のサンタはいるぞー。
そんな気持ちだった。
届けた後、家庭から次々にメッセージが届いた。
「子どもたちのクリスマスプレゼントもなかったので、すごく助かりました。明日は子どもたちの喜ぶ顔が見れそうです」
「仕事だったから、まさかサンタさんが来ると思わずにびっくりしました。私にまでありがとうございます」
「部活動の大会から戻った娘が、玄関前のプレゼントとケーキを見て、『え? サンタさんって今日?』とびっくりしていました」
「毎年楽しみにしています」
子どもたちが喜ぶのはもちろんだった。意外だったのは、保護者の分まで用意したことを、母親たちがとても喜んだことだった。
家庭の中では、親はいつも自分を後回しにする。子どものものを優先し、自分の分は諦める。
「私にまで」
その一言には、普段、自分がいかに贈り物を受け取る側にいないかが表れていた。
クリスマス宅食は、困窮家庭への物資配付ではない。
その日だけは、「支援を受ける家庭」でも「利用家庭」でもない。
サンタクロースが来る家になる。
子ども一人ひとりに、あなたの名前が書かれたプレゼントが届く。
あなたは大切な存在だよ。
そのことを、言葉ではなく、玄関前の贈り物で伝える。
終章 僕は今日も玄関をノックする
子どもの頃の僕は、閉ざされた玄関の内側にいた。
ぼろぼろの家を友達に見られたくなかった。生活保護であることを知られたくなかった。茶色い弁当を見られたくなかった。困っていることを知られるくらいなら、何も必要としていない顔をした。
家庭の事情を、誰かに説明することもできなかった。
大人の都合で家が変わり、名字が変わり、家族が増えたり消えたりした。それでも、理由を尋ねることさえできなかった。
何を聞かれても、「別に」と答えていたかもしれない。
それでも、僕の人生には、玄関の外から来てくれた大人がいた。
泣きながら訪ねた僕に、「風呂入れ」「これ食え」と言い、翌朝、何も聞かずに「ダンディ健吾いるか~?」と普通に出席を取った先生。
殴り合いを体当たりで止め、「お前の心は、もっと美しいはずだ」と言った先生。
カビの生えたまんじゅうを食べようとした僕を止め、夕飯をおごってくれた先輩。
大きな制度ではなく、一食の飯、一晩の寝床、一本の缶コーヒー、一つの言葉が、僕を次の日につないだ。
今、僕は玄関の外側に立っている。
片手には食料の入った袋がある。
玄関の向こうにいる家庭が、すぐに困りごとを話してくれるとは限らない。子どもが笑顔で迎えてくれるとも限らない。「別に」としか言わない日もある。
それでいい。
一度で関係をつくろうとしなくていい。
食料を渡し、少し話し、また来る。
何も話さない日にも来る。困っていないように見える日にも来る。困ったときに初めて探す支援者ではなく、困る前から顔を知っている大人になる。
子ども宅食で届けるのは、食料だけではない。
家庭の外にも、あなたのことを気にかける大人がいるという事実を届ける。
僕が子ども宅食をやるのは、かわいそうな子どもを助けたいからではない。
あの日の自分のような子どもに、会いに行くためだ。
かつての僕は、玄関の内側で、誰かが来てくれるのを待っていた。
今の僕は、食料を持って玄関の外側に立ち、その扉をノックする。
玄関が開く。
向こう側にいるのは、目の前の子どもであり、あの日の僕でもある。
だから僕は、今日も会いに行く。
次回「あとがきに代えて」へ続く。



