
『真珠の耳飾りの少女』の魅力の一つは、「振り向いた、その一瞬」が描かれていることではないでしょうか。
誰かに声を掛けられたのか、それとも何かに気づいたのか。
体はこちらへ向きを変え始め、顔も振り返り、そして視線だけがまっすぐこちらを見つめています。体・頭・視線がそれぞれ少しずつ異なる方向を向くことで、一瞬の動きが絵の中に閉じ込められています。その緊張感が、この作品を見た人の心を引きつける理由の一つなのだと思います。
では、その直前まで少女は何をしていたのでしょう。
実は、この作品について研究者たちも、「振り向く前」の物語をあえて限定していないことに注目しています。
フェルメールは、室内の家具や地図、手紙、楽器といった物語の手掛かりになるものをほとんど描いていません。残されているのは、「誰かに呼ばれたのかもしれない」「何かに気づいたのかもしれない」という、ほんのわずかな瞬間だけです。
だからこそ、この絵は見る人それぞれが自由に物語を思い描くことができます。
修復作業そのものに、その物語は必要ありません。
それでも私は、「振り向く前、この少女はどんな時間を過ごしていたのだろう」と想像しながら作業を進めています。
機械的にひび割れを消していくのと、一人の少女の存在を思い描きながら向き合うのとでは、どこか仕上がりにも違いが生まれるような気がするからです。
その解釈が正しいかどうかは分かりません。
けれど、それもまた、フェルメールが私たちに残してくれた「余白」の楽しみなのではないでしょうか。
『窓辺で手紙を読む女』(部分)フェルメール 出展:wikimedia commons
修正は残り僅か



