フェルメール『真珠の耳飾りの少女』、失われた美しさへの挑戦

フェルメール『真珠の耳飾りの少女』の400年のひび割れを高解像度データで蘇らせ、デザイナーやクリエイターの手に渡す新たな創作素材へ。

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フェルメール『真珠の耳飾りの少女』の400年のひび割れを高解像度データで蘇らせ、デザイナーやクリエイターの手に渡す新たな創作素材へ。

実際の美術館では、ひび割れはどう見えるのでしょうか?デジタル修復を進めていると、よく考えることがあります。「実際に美術館で見る『真珠の耳飾りの少女』は、どのように見えるのだろう?」結論から言えば、ネットや画集で見る高精細な写真ほど、実際の美術館ではひび割れ(クラクリュール)は目立たないと言われています。その理由は、大きく分けて二つあります。一つ目は写真の撮影方法です。油彩画を撮影する際は、筆致や絵肌の質感を伝えるために光の当て方が工夫されます。また、高精細・高コントラストで記録されるため、肉眼ではあまり意識しない細かなひび割れまで鮮明に写し出されます。一方、美術館では作品の印象が大きく変わります。展示室では、絵肌の凹凸による余計な影が出ないよう、作品全体に均一で柔らかな光が当てられています。そのため、ひび割れの溝にできる影が抑えられ、写真ほど強く目立つことはありません。さらに、鑑賞距離も影響します。名画は一定の距離を保って鑑賞することが多く、肉眼では細かなひび割れが画面全体の印象に溶け込みやすくなります。私たちの目は、写真のように画面全体を均一に見るのではなく、少女の澄んだ瞳や耳飾りの輝き、表情など、自然と見どころへ視線を向けます。そのため、脳は絵そのものを優先して認識し、細かなクラクリュールは意識の背景へと退いていくのです。そのため、チラシや画集、インターネットで見た印象よりも、「実物の方がずっと美しかった」と感じる方が多いのではないでしょうか。そこで今回は、その印象に少し近づけることを意識して、ひび割れを控えめに残したバージョンも試作してみました。展示での照明を考慮した「ひび割れが薄いバージョン」オリジナル 出展:Wikimedia Commons実際に『真珠の耳飾りの少女』をご覧になったことのある方は、ぜひ感想をお聞かせください。「実物はこんな印象だった」「もっとひび割れは目立っていた」「このくらいが一番近い」など、皆さまの体験を教えていただけると、今後の修復の参考にさせていただきたいと思います。*********************修正作業は毎日コツコツ


#『真珠の耳飾りの少女』には、もう一人の"姉妹"がいます。『真珠の耳飾りの少女』とほぼ同じ時期に描かれた作品に、『若い女の習作』があります。あまり知られていない作品ですが、実はこの二作品には多くの共通点があります。どちらもほぼ同じ大きさで描かれ、黒い背景を背にした少女が真珠の耳飾りを身につけ、肩にはスカーフをまとっています。構図や色彩にも共通点が多く、美術史では「対作品(ペンダント)」あるいは「バリエーション作品」と考えられることが少なくありません。また、どちらも特定の人物を描いた肖像画ではなく、「トローニー(人物研究画)」と考えられています。私はこの二作品を見比べるたびに、フェルメールが一つのテーマをさまざまな形で試みた作品群なのではないか、と想像しています。もちろん、それが注文主の要望によるものだったのか、それともフェルメール自身の創作だったのかは分かりません。しかし、同じテーマでも色彩や表情、光の使い方を少し変えるだけで、作品の印象は大きく変わることがよく分かります。そして、その中で『真珠の耳飾りの少女』は、青いターバン、鮮やかなウルトラマリン、視線、そして耳飾りの輝きが絶妙なバランスで重なり合い、まさに奇跡のような一枚になりました。だからこそ『若い女の習作』は比較されることが多く、どうしても控えめな印象を持たれがちです。それでも私は、この作品は決して「劣った作品」ではないと思います。『若い女の習作』フェルメール(1665-166年)出典:wikimedia派手さはありませんが、フェルメールらしい柔らかな光と繊細な人物表現が静かに息づく、とても魅力的な作品です。『真珠の耳飾りの少女』をご存じの方は、ぜひ一度『若い女の習作』にも目を向けてみてください。きっと、新しいフェルメールの魅力に出会えるはずです。*********************■修正も大分佳境に入ってきた感じです


『真珠の耳飾りの少女』を象徴するものといえば、やはり鮮やかな青いターバンではないでしょうか。実際、この作品はかつて『青いターバンの少女』『ターバンを巻いた少女』とも呼ばれていました。それほどまでに、この青いターバンは見る人の印象に強く残る存在だったのでしょう。ターバンの青には、高価なラピスラズリから作られた天然ウルトラマリンが使われています。そして、その隣には金色にも見える鮮やかな黄色のジャケット。フェルメールは、この青と黄色の組み合わせによって、気品と華やかさを見事に表現しています。では、このターバンは本当に「異国の人」が巻いていたものなのでしょうか。17世紀のオランダでは、東インド会社(VOC)の活躍によってアジアや中東との交易が盛んになり、人々の間では異国文化への憧れが高まっていました。フェルメールだけでなく、レンブラントなど同時代の画家たちも、ターバンを巻いた人物を数多く描いています。しかし、『真珠の耳飾りの少女』のターバンは、それらとは少し印象が異なります。実際のターバンを忠実に再現したというよりも、ゆったりと柔らかく巻かれ、布の先端が肩へ流れるように描かれています。私は修復しながら、この「少しだけ現実から離れた巻き方」に、フェルメールならではの工夫があるように感じました。異国情緒を感じさせながらも、少女の美しさを引き立てるために、あえて柔らかく、優雅なシルエットに仕上げたのではないでしょうか。もちろん、これは私自身の印象です。しかし、細部を修復しながら見ていると、フェルメールは流行をそのまま描くのではなく、自分らしい「ひとひねり」を加える画家だったように思えてなりません。『真珠の耳飾りの少女』は、ただ美しいだけの作品ではなく、フェルメールの色彩感覚と構図、そしてそんな小さな工夫の積み重ねによって生まれた名作なのだと、あらためて感じています。※同じ時代に描かれた似たようなテーマ、色彩の作品を参考にミヒール・スウェールツ『ターバンを巻き、花束を持った少年』(1661年頃)出典:wikimedia*********************■修正作業の報告です


『真珠の耳飾りの少女』の黄色いジャケットは、何でできているのでしょうか。17世紀オランダ服飾研究の第一人者 Marieke de Winkel の研究などによると、この衣装は光沢のある絹織物(シルクサテン)である可能性が高いと考えられています。その理由としては、 ●フェルメールが描いた光沢が非常に滑らかであること ●光の反射がベルベットよりも鋭いこと ●シワの入り方が柔らかく、絹らしい質感であること ●当時流行していた黄色いサテンジャケットの特徴とよく一致していること などが挙げられます。一見するとベルベットのようにも見えますが、ベルベットであれば、 ●光沢はもう少し鈍く、 ●影はより深く沈み、 ●毛羽立った柔らかな質感が表れる はずです。一方、『真珠の耳飾りの少女』では、 ●ハイライトが細く鋭い ●面全体が均一に輝いている ●布の折れ目が鏡面のように光を反射している といった特徴が見られ、ベルベットとは少し異なる印象を受けます。フェルメールが描いた当時は、こうした素材の違いも一目で分かるほど鮮やかだったのかもしれません。しかし、約360年という長い年月の中で絵具は少しずつ変化し、私たちには判断が難しい部分も増えています。だからこそ、当時の服飾や他の作品を手がかりに、「このジャケットはどんな姿だったのだろう」と想像を巡らせるのも、名画を楽しむ醍醐味の一つではないでしょうか。そういう事でChatGPTにジャケットをシルクサテンの生地にして描いてもらいました*********************今日の作業


今回は、衣装の袖の部分を修復しました。修復作業を進めていて気になったのが、袖の付け根の作りです。肩の後ろ側には折り返しが何本も入った「プリーツ」が描かれていますが、前側にはそのような表現がありません。「なぜ後ろだけにプリーツがあるのだろう?」そう思って調べてみたところ、マウリッツハイス美術館のブログに興味深い解説がありました。それによると、この衣装は白いシャツの上に当時流行していたジャケットを着せ、その袖には「インセット・スリーブ(はめ込み袖)」が採用されているそうです。そして、肩の後ろ側に見える平行な線は「カートリッジ・プリーツ」と呼ばれる装飾とのことでした。また、青と黄色のターバンは当時の日常着ではなく、異国風の人物像「トローニー」を演出するための衣装だったと考えられています。文章だけではなかなかイメージが湧かなかったので、フェルメールの他の作品も調べてみました。すると、『手紙を読む青衣の女』では、この作品とよく似た袖の形を見ることができます。また、『女主人と召使い(Mistress and Maid)』では毛皮付きの上着が描かれていますが、ファーを除いた袖の仕立てはどこか共通する印象を受けます。、『女主人と召使い(Mistress and Maid)』(部分)『真珠の耳飾りの少女』では、人物は胸から上だけが描かれているため、衣装全体が大きく注目されることはありません。それでも、この肩のプリーツが加わることで衣装に立体感が生まれ、青いターバンとともに異国的な雰囲気をより印象深いものにしているように感じます。修復を始めるまでは見過ごしていた小さな部分でしたが、細部を観察していくほどに、フェルメールの衣装表現の巧みさにも目を奪われます。


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