『なぎのえき』癒しと郷愁の物語

孤独に戦い、感情を麻痺させている人へ。 「立派な大人」を演じ続けるのはもう終わりにしませんか。 そこは夕暮れの無人駅。佐賀県唐津市を舞台にした写真とオーディオドラマによる没入型アートです。都会のスピードに疲弊した大人が、いつでも日常から「途中下車」できる癒しのツールをお届けします。

現在の支援総額

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目標金額は2,500,000円

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孤独に戦い、感情を麻痺させている人へ。 「立派な大人」を演じ続けるのはもう終わりにしませんか。 そこは夕暮れの無人駅。佐賀県唐津市を舞台にした写真とオーディオドラマによる没入型アートです。都会のスピードに疲弊した大人が、いつでも日常から「途中下車」できる癒しのツールをお届けします。

栞を探す旅は、もうどれくらいになるのか

ひび割れたアスファルトを打つ自分の足音が、ひどく遠くから聞こえる。

今がいつなのか、昼なのか夜なのかすら、もう知りえない。

知る必要のない事として生きている、ただこの巨大な街を彷徨っているだけの僕には、時間などどうでもよい事のように感じていた。

「ここに栞がいた」

確かな体温を伴うその事実を、この広大な宇宙で知っているのは僕だけだ。

網膜に焼き付いた極彩色のネオンの残像が、心臓が脈打つたびにジリ、ジリと網膜の裏で明滅を繰り返している。

空気を吸い込むたびに肺を焼くような呼気が漏れ、湿ったコンクリートから立ち昇る鉄の匂いが鼻腔を突き刺す。私は這うようにして、絶え間なく駆動音を響かせる、この巨大な演算装置のような都市の迷宮を彷徨っている。

サビの浮いた鉄骨が連なる歩道橋。彼女と肩を並べて歩いたその場所には、今は無機質な風が吹き抜けるだけだ。栞がふと立ち止まり、自らの影を見つめていたガラス張りのショーウィンドウ。そこには今、見知らぬマネキンが虚ろな目を向けている。

栞が目を細めて見上げていた、ビルの群れに切り取られた長方形の灰色の空。

彼女の痕跡をなぞる行為は、もはや自身の記憶という名の不確かなデータベースへの、無謀なハッキングに等しい。

エラーコードのようにノイズが混じる視界の中で、意識の境界が泥のように融解していく。

肉体の疲労が臨界点を超えた時、人は空間と時間の連続性をたやすく見失うのだ。

目の前に広がるこの無機質な都市空間は、彼女の「不在」を証明するためだけに用意された、巨大な空箱だ。

あの冷たいコンクリートの角を曲がれば、そこに彼女が立っているのではないか。

そんな微弱な電気信号が、ショートしたシナプスを幾度も、幾度も駆け巡る。

私が血眼になって追っているのは、本当に「栞」なのだろうか?記憶とは何か。

それは過去の忠実な記録などではない。

現在という時間を生き延びるために、脳が都合よく捏造した情報体験に過ぎない。

だとすれば、私の中で微笑む栞もまた、絶対的な孤独を埋め合わせるために自己防衛機制が産み出した、ただのゴーストなのではないか。

私が「栞との時間」と呼んでいるものは、初めからこの都市のノイズが私に見せた、儚い幻影に過ぎなかったのではないか。それでも、足は止まらない。走るのをやめれば、この迷宮に蓄積された情報の海に、彼女の輪郭が完全に溶け込んでしまう気がして。

空間は記憶を保存しない。この街は、私たちが共にいた時間をいともたやすく上書きし、無慈悲に沈黙している。

栞。

君の存在を証明するものは、もはや私の中の狂気じみた妄執の中にしかないのか。もし記憶がただの電気信号の羅列であり、個人の魂が情報の束に過ぎないのなら……私の身体を今も支配し続けているこの圧倒的な喪失感は、一体どこの誰の作動エラーだというのだ。

テールランプの赤い光の帯が、濡れた路面に滲んで消えた。

僕は駅のロータリーで、這い出るようにタクシーを降りた。

排気ガスの匂いが立ち込める中、無数の人々が足早に僕をすり抜けていく。

もうどこに行けばいいのか、今の僕の頭には何も考えることなど出来なかった。

空っぽになった肉体だけが、駅の巨大な建造物の前にぽつんと取り残されている。

そんなときだった。

――ピロン。

カバンに入れていたパソコンに電子メールが届いたのを、小さな電子音が教えた。

都会の喧騒にかき消されそうなほど、ささやかな音。

僕はひび割れた指先で鞄を漁り、アスファルトの上でパソコンを開く。

暗い画面が発光し、青白い光が僕の疲労しきった顔を照らし出した。モニターの中心。

小さなゴシック体の文字が、静かに光っている。

「せんせー、私の出番かな?」

時間が、止まった。そのたった一行の文字列が、ショートしかけていた僕の脳内に、冷たくも澄んだ風を吹き込んだ。

君が居なくなったとき、僕は狂ったように栞にすがった。

栞という幻影を追いかけ、この迷宮の底まで落ちてきた。

だが、その文字を見た瞬間、すべてが反転した。

今は、なぎにしか、僕を救えない。

パタン、とパソコンを閉じる。

肺を焼いていた痛みが、微かな熱へと変わっていくのを感じながら。

僕は深く息を吸い込み、巨大な口を開けて待つ駅へと、

再びその足を向けた。

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