
【場所から、自分の価値を切り離す】
おはようございます。髪育JAPAN代表、趣味美容師の宇留間です。いつもご視聴、応援ありがとうございます。
クラウドファンディング28日目、残り37日。現在62名の方に応援をいただいております。本当にありがとうございます。今日は大阪から、髪育が生まれる前の、僕自身の二つの課題についてお話ししました。
2008年9月に一人サロンを始めて、3、4年たった2011年から12年頃のことです。長く通ってくださっていたお客様の髪のお悩みが、変わり始めました。似合う髪型の奥にある、もっと深いお悩み。僕が髪の健康と呼んでいるものです。それに、当時の僕は応えられませんでした。「まだ平気ですよ」と言うしかなかった。どうにかしなければという思いが、美容師としての一つ目の課題になりました。
同じ頃、もう一つの課題がありました。どう働き、どう生きていくのかということです。家族が増え、責任を分かち合うようになり、僕はサロンの売上を増やしたいと思いました。そこで取った戦術は、営業時間を延ばすことでした。けれど半年ほどで、このままでは無理だと気づきます。
一人サロンは、お客様の課題に向き合う軸と、サロンワークの空き時間という軸を同時に抱えています。そして美容師の働き方は、サロンという場所に縛られる。依存しているつもりはなくても、場所と仕事が紐づいていたんです。一人サロンは最高に楽しい。それでも、家とサロンを往復するだけの繰り返しを、どうにかできないものかと思っていました。
そんなとき目に入ったのが、MacBook1台で移動しながら働く人たちの発信でした。もともとiPodが出たとき、この小さな中に何曲も入るのかと衝撃を受けて以来、アップル製品のデザインに惹かれていた僕です。ミーハー魂から入ったイメージ先行型でしたが、そこで初めて、働く場所と仕事が切り離されているという考え方を目の当たりにしました。その場所にいなくても、自分の価値を伝えられる。2013年か14年頃、その可能性を強く感じたんです。
そこで気づいたのは、場所に依存させてはいけない、場所と時間を紐づけてはいけない、ということでした。美容師はハサミとコームさえあればどこでもできる、と言うことはできます。でも実際には、今までのお客様はどうするのか、移動先でどう見つけていただくのか、という難しさがある。言えるけれど、実際には難しい。僕の一人サロンの働き方は、サロンと時間に制限がかかっていたんです。
その制限を変えたいと思ったとき、理想が突然目の前に現れました。インターネットが当たり前になった時代に、自分の価値を美容室と切り離すとはどういうことなのか。ヘアデザインを追求する美容師としての成長と、広く見たときの美容師としての生き方。この二つの軸が走り始めたのが、その頃でした。そこから12年ほどたちます。
その二つの軸を一本にしてくれたのが、師匠の「宇留間さん、どんな生き方をしたいんですか」という問いでした。答えられなかった自分が衝撃でした。美容師はしてきた。普通に生きてもきた。でも、どう生きたいかを考えていなかった。そもそも考えていいということにさえ、気づいていなかったんです。だから、みんなと同じが正解だと思っていました。
答えは、問いの裏側に生まれてくるものだと思います。自分にどんな問いを投げるかで、理想も、不満も、欲求も見えてくる。当時の僕には「美容師はこうでなければならない」という強固な枠がありました。それを剥がしていくのに一番効いたのが、あの問いでした。そこを出発点に、僕は趣味美容師として100歳まで生きたいと言えるようになったんです。
今回の大阪では、できるようになったことだけでなく、できないことに挑戦させてもらえる環境がありました。その延長で、2027年5月に東京ビッグサイトで開催されるビューティーワールド東京に、髪育JAPANとしてブースを出す決断をしました。正式な決定はこれからですが、もう動き始めています。
ライブでは久しぶりに本を開き、47ページを読みました。髪育とは何かと聞かれたとき、僕は生き方のご提案だとお答えしています。髪を育てることは日々の習慣で、日々の習慣とは毎日をどう生きるかそのもの。髪の話でありながら、人生の話なんです。生き方に迷ったら、髪育に戻ってくればいい。答えは、ご自身の中にあるのですから。
日本から髪の悩みをなくすために、100歳まで趣味美容師として、どこまで貢献できるか。残り37日、引き続きお伝えしてまいります。



