日本から、髪の悩みをなくしたい!カリスマ美容師が挑む初出版と「髪の未来」への挑戦

超有名店「ACQUA」出身、髪育JAPAN協会代表で鎌倉で1人サロンを営むカリスマ美容師が初の書籍を出版!著書『60代、70代髪は、まだまだよみがえる』の出版を記念してクラファンを実施。夢は「日本から、髪の悩みをなくす」。ついに実現した出版を皮切りに、自身が提唱する「髪育」を広めてまいります。

現在の支援総額

1,964,142円

39%

目標金額は5,000,000円

支援者数

46人

募集終了まで残り

51日

日本から、髪の悩みをなくしたい!カリスマ美容師が挑む初出版と「髪の未来」への挑戦

現在の支援総額

1,964,142円

39%達成

あと 51日

目標金額5,000,000円

支援者数46人

超有名店「ACQUA」出身、髪育JAPAN協会代表で鎌倉で1人サロンを営むカリスマ美容師が初の書籍を出版!著書『60代、70代髪は、まだまだよみがえる』の出版を記念してクラファンを実施。夢は「日本から、髪の悩みをなくす」。ついに実現した出版を皮切りに、自身が提唱する「髪育」を広めてまいります。

はじめまして!宇留間祐介(うるま・ゆうすけ)と申します。わたしは、鎌倉で美容室URUMAを営み、「髪育」という概念を広げるべく「一般社団法人髪育JAPAN協会」という団体を立ち上げこれを日本全国に普及すべく活動しています。

これまで25年、累計8万人の髪や頭皮と向き合ってきました。髪育JAPANも活動開始から4年、現時点で全国に100名近い「髪育」の専門家を輩出してきました。都道府県ベースでは、現在28都道府県に髪育を広める仲間たちがいます。

私の夢は「髪育」を日本全国に普及することです。
言い換えると、

「日本から、髪の悩みをなくしたい。」
それが私の夢です。

そのために、全力で「美容師」という枠組みを超え、髪のためにできることを模索し活動してきました。いろいろな人に「宇留間はちょっと頭がおかしい」とまで言われましたが、そのくらいでなければこんなだいそれた目標には届かないとも思っています。とにかく本気でこの夢を叶えたい。そう思っています。

そしてこのたび、ついに人生初となる著書を世の中に送り出すことが決まりました。
題名は『60代、70代 髪は、まだまだよみがえる 1日3分の髪育シャンプー習慣』です。


かんき出版さんという有名出版社から出ます。(長年の悲願だったので本当に嬉しいです!)


さて、今回クラウドファングということで私がみなさんと共有したい夢は、もうとてもシンプル。

ズバリ、「日本から、髪の悩みをなくしたい。」です。
今回のクラウドファンディングを通じて実現したいことは究極的にはこれ。

ですが、これだと少し大きすぎてどういうふうに実現していくのかが見えないという声が聞こえてきそうです。私が考えていることを率直にお話します。

今回のクラファンで調達した資金は、全てこの本のプロモーション費用に充てさせていただきます。

それだと「お前の本をただ売りたいだけだろ」となってしまうと思います。
売りたいはもちろん売りたいです。

どう考えているのかということを説明させてください。

今回の本は、私の半生の集大成です。

私はこの本を、できることならば最終的にはこれからの美容業界の未来を作っていく若者たちに届けたいと考えています。つまり、美容師の卵である「美容学生」たちです。

彼らは通常、あまり本を読みません。だからこそ、そこに届くくらいの活動にしていけたとき、きっとこの本が果たしたい未来というものを実現できるのではないかと思うのです。だから、未来の美容師になる若者=美容学生に向けて、この本を届けたい。

いま、全国にはおよそ185校の美容学校があります。いわゆる国家資格としての「美容師」になれる学校の数です。そこに毎年約2万人の美容学生が入学してきます。専門学校ですので基本的に2年制ですので、日本全国にはおよそ4万人の美容学生が存在することになります。

今回私がたくらんでいるのは、この全国4万人の美容学生全員に、私の書籍を届けるということです。それができたら、「髪育」という概念を知った美容学生が、やがて全国のサロンにプロの美容師としてたち、その手でお客様の髪と人生に触れていく……ということになります。これは、ちょっと夢がある話だなと手前味噌ながら思いました。

4万人の美容学生にもし「髪育」というコンセプトを共有することができたら、将来的にその先にいる何百万人になるであろうエンドユーザー(美容室に来られるお客さま)に、私の提唱する日本から髪の悩みをなくす考え方を間接的に共有できるということになります。

それだけで全てが叶うわけではありませんが、こういった草の根から、そして根本的なところから「髪育」という概念を伝えていくことを企んでいます。ちょっと無謀な感じもしますが、決して不可能な話でもないと思っています。実際それを実行するにはかなりの挑戦だなとも思うのですが、私の大きな夢、そして人生の目標でもある「日本から、髪の悩みをなくしたい」というビジョンに向かって、このたびクラウドファンディングを実施いたします。

そのために集めた資金を全て使わせていただいて、全力で書籍を広めていくということに挑みたいと考えています。

どうぞご一読いただき、私の野望にお力添えいただけたら幸いです。


まず、自己紹介をさせてください。私のプロフィールです。


宇留間祐介(うるま・ゆうすけ)
一般社団法人 髪育JAPAN協会代表、株式会社URUMA代表取締役
1978年、鎌倉生まれ。美容師歴25年以上。


カリスマ美容師ブームの只中、応募者総数2000人超えといわれた難関サロン「ACQUA」に、採用面接前にただ一人内定。その後15店舗で経験を積み、独立。鎌倉で一人サロン美容室「URUMA」を約20年にわたり経営し、のべ8万人以上の顧客の髪と向き合ってきた。

長年の施術経験から、毎日の美容習慣が髪の悩みを助長しているケースがあることに着目。自宅でのシャンプー習慣から髪を育てる「髪育®」メソッドを体系化するとともに、頭皮と感情のつながりを読み解く「頭皮感情マップ®」を考案。髪と心の両面から悩みに寄り添うケアを実践している。

また、「仕事を趣味として生きる」という独自の働き方を「趣味美容師®」と名づけ、2021年に商標登録。現在はカラー・パーマの施術から完全に引退し、カットを無料で提供している。

髪育JAPAN協会代表として、2026年8月現在、全国76名の「髪育専門士®」を育成。全国1718の市区町村に「髪育サロン®」を広げ、1万人の一人サロン美容師をつなぐことを目標に活動している。「髪を育て、日本を元氣にする」を掲げ、髪育®を通じた髪の悩みの解決と、美容師の社会的地位の向上を目指している。


こんな感じで活動しています。

今でこそ、こんなだいそれた夢を掲げるまでになりましたがそもそも私がどのようにして今に至ったか?そこからお話させてください。私の根源的な半生の話になります。興味があればで構いません、少し読んでいただけたら幸いです。

私は神奈川県は鎌倉市で生まれ育ちました。母方の祖父も鎌倉で床屋を営み、なんと101歳まで現役の理容師として働き続けた人でした。ちょうど昨年、2025年の夏に104歳でこの世を旅立ったのですが、そこにいたるまでに実に75年間、祖父はほぼ毎日ハサミを手に取り、現役理容師として活躍してきたのでした。

祖父と1歳の時

祖父の床屋は、私が両親と暮らしていた実家からわずか100メートルほどの場所にありました。祖父の娘、つまり私の母も理容師として一緒に働いていて、朝、私は実家を出て学校へ向かい、学校が終わると祖父の店に向かい、お客様の髭を剃り、髪を切る二人の横を通って居間に上がる。それが、私にとっての当たり前の日常でした。結果的に、私自身も祖父や母の仕事である「髪を扱う仕事」を目指すことになったというわけです。



祖父への憧れから、高校卒業後は理容学校に入学しました。でも、来る日も来る日も続く「刈り上げ」の練習に、当時の私は耐えられず、わずか1ヶ月で中退してしまいます。今思えば、根性のない学生だったと思います。

理容学校をやめた私は、地元・鎌倉の居酒屋でアルバイトを始めました。そこで知り合った女性と交際するようになったのですが、ある日、美容室帰りの彼女に会って驚きました。まるで別人のように美しくなっていたのです。髪全体のシルエット、毛先に宿るニュアンス、絶妙な髪の色。ほんの少しの変化なのに、彼女の魅力が見違えるほど引き出されていました。そして何より驚いたのは、彼女を見る私自身の気持ちまで明るくなったことでした。「美容師って、お客さんを変えるだけじゃない。その人を見る、周りの人の気持ちまで変えられるんだ」。自分がやりたかったのは理容師ではなく美容師だったんだと気づいたのは、その瞬間です。翌年4月、私は地元・鎌倉の美容学校に入り直しました。とはいえ、私のおちゃらけた性格が、そう簡単に変わるわけもありません。サーフィンもしないのにサーファー気取りでサーフボードを抱え、日焼けをするためだけに鎌倉の海へ通う、そんなふざけた学生でした。美容専門学生の頃

そんな私に、人生を決定づける転機が訪れます。美容雑誌で「ACQUA(アクア)」という美容室の存在を知ったのです。当時の美容業界の最先端を走るヘアサロンで、カリスマ美容師として知られた創業者の綾小路竹千代氏(2022年没)が、雑誌の中でこう語っていました。「お客さんの心を扱うことが、これからの時代に必要な美容師の在り方だ」。私は彼の言葉に強く心を打たれ、綾小路さんみたいな生き方をしたいと思いながら、「絶対にここで働くんだ」と決めました。

人生を変えたアクア特集雑誌


そう決めた私は、すぐさま行動を始めます。店長のもとへ客として通い、自分の作品ファイルを見てもらう。先輩を頼って営業後のサロンでシャンプーの練習をする。紹介していただいたACQUA青山店の店長さんのお話を、終電を逃すまで聞かせていただく。思い込んだら止まれない性格で、思いつくことはすべてやりました。当時はちょうどカリスマ美容師ブームの真っただ中で、美容学校の仲間の前で「ACQUAに入りたい」と口にすれば「無理だよ」と笑われるほどの人気ぶりでした。それでも、誰よりも練習を重ね、できることを積み重ね続けた結果、2年生の夏休み、美容学校の先生から一本の電話が入ります。「ACQUA、内定したよ」。その年の応募者は2000人、合格者は38人。そして、採用面接の前に合格を決めたのは、私一人だけでした。ACQUA1年目同期と


そこまでして入社させていただいたにもかかわらず、私はこの後、ACQUAを辞めることになります。自分で自分にかけたプレッシャーに、押しつぶされてしまったのです。営業が終わった夜11時から練習を始め、翌朝6時には先輩方の撮影準備のために店へ入る。家に帰れば起きられなくなるので、仲間たちと交代でシャンプー台に横になり、仮眠をとる。そんな毎日を送るうちに、ある感覚が生まれてきました。「私は、何のために頑張っているのだろう?」。ACQUAの先輩たちのようになりたいという憧れだけで突っ走っていた私は、自分がどんな美容師になりたいのか、何を大切にして生きたいのか、まだ見つけられていなかったのです。

アクア3年目

そしてついに、アシスタントを卒業し、念願のスタイリストとしてデビューする日の前日、私は恐怖に耐えきれず、お店を辞めてしまいました。お客様がつかなかったらどうしようというプレッシャーから、違うことがしたいなどと散々言い訳をして、逃げ出してしまったのです。それが、ACQUAに入社して3年半を過ぎた頃でした。


そして、その後の5年間で、私は原宿・表参道・代官山・青山・銀座・横浜・湘南など、15店舗ものサロンを渡り歩くことになります。先輩のサロン、面貸しサロン、大手チェーン、地元のご夫婦が営む小さなサロン。求人誌や給与、立地を基準に店を選んでみたり、業務委託サロンで働いてみたり、フリーランスとして席を借りたり。結果的に、この5年間で美容業界のほぼすべての働き方を経験したことになります。けれど、どこへ行っても長続きしません。育てていただいたACQUAでの経験が、私の中に「超一流」の基準を刻み込んでいたからです。「このやり方は違う」「もっとこうしたほうがいい」。そんな思いが拭えず、入っては辞めるを繰り返しました。今振り返れば、うまくいかない原因を周囲に求めていた、ずいぶん厄介な美容師だったと思います。さまざまなサロンを経験する中で、シャンプーの仕方やマッサージのタイミングひとつとっても、それぞれにやり方が違う。だったら、シャンプーから仕上げまで、すべて自分で手がけたい。その思いがどんどん強くなっていきました。


私は迷った末に、自分で一人サロンを始めることにしました。地元・鎌倉で、完全予約制、マンツーマンの一人サロンをオープンしたのは、29歳、2008年9月9日、大安の日でした。不安になった私は、当時89歳でバリバリ現役の理容師をしていた祖父に、「独立するにあたって、何か言葉をください」とお願いしました。このとき、祖父が紙に書いて渡してくれたのが、「技容修・情熱を持って頑張ろう」という言葉でした。

独立の時に祖父からもらった言葉

目の前のお客様をよく見る。そして、その方に必要な技術を磨き続ける。祖父のように長く仕事を続けるには、まず目の前のお客様をしっかり見ることが何より大切なのだと、心に刻んだのです。

好きなものだけを置いて、自分の好きなやり方でつくった、いわば自分の城。そこにはストレスなんてありませんでした。

けれど、家族が増え、売り上げを増やすために、私は24時まで営業時間を延長し、一日18時間以上サロンにいるような日々を過ごすようになります。そして、オープンから数年後、過労のためサロンで倒れてしまいました。これをきっかけに、私は働き方そのものを見直すことになります。



僕の美容師としての目標は、祖父と同じように100歳までハサミを持つこと。でも、営業時間を延ばすやり方では、そこに到達できない。もっと違う働き方はないかと模索しているときに見つけたのが、あるサーファーの方のサイトでした。パソコン一台で月収30万円、ノマドの走りのような生き方。サロンという場所に依存していた私にとって、それはすごく魅力的で新鮮な世界観でした。それまでの私は、生きるために美容師をしていました。美容師という仕事を通して、どう生きていくかが明確じゃなかった。そこから、どう働くかではなく、どう生きるかを考えるようになり、家族との時間を楽しめる生き方をしたい、週休3日で美容師をしたいというスタイルが見えてきました。子どもの頃、母が家にいなかったあの感覚を、今度は自分の家族には味わわせたくない。そんな思いも、きっとどこかで重なっていたのだと思います。そこから生まれたのが、「趣味美容師®」というワードです。

「趣味美容師®」とは、一言で言えば、私の生き方です。ドライブやキャンプなど、趣味にはいろいろありますが、それでマネタイズしないことが趣味の大前提だと、私は定義しました。美容師の本分はヘアデザイン、ヘアデザインの本分はカットだと思っています。ということは、カットでマネタイズしないのが「趣味美容師®」。当時カットで7700円いただいていたものを、いただかない生き方をしたい。これが「趣味美容師®」という発想です。


とはいえ、カットでお代をいただかないようにするには、別の収益が必要になります。「趣味美容師®」という生き方をするためには、ヘアデザインやカット以外のところで、美容師としての価値を見出す必要がありました。そこで、長く担当させていただいていたお客様のお悩みを解決するために生まれたのが「髪育®」です。ボリュームが出ない、髪の毛がパさつくという声が以前から多く寄せられる中で、実はカラーやパーマが、髪の本質的な健康を隠してしまうものだということに、私は着目しました。美容師の使命は、お客様をきれいにすることではなく、お客さま自身がもともと持っている自分らしさや美しさに気づいて、自分自身できれいになっていくのをサポートすること。髪を育てることで、自分らしさを育てる。これが「髪育®」です。

「髪育®」は、お客様と長い時間をかけて髪を育てていくのをサポートするコースで、コースのお客様にはカットをプレゼントしています。この時点で、「趣味美容師®」という生き方が成立しました。2012年くらいから育毛に着目し始め、「髪育®」というご提案をし始めたのが2019年。2022年に一般社団法人「髪育JAPAN®協会」を立ち上げたので、足掛け10年かけてここまで歩んできたことになります。


一人サロンで、一対一でお客様と向かい合う。目の前のお客様の髪のお悩みを、じっくり見つめる。これが、祖父にならった独立後の私の姿勢となりました。そうするうちに私に生じてきたのが、「髪を保護するはずのコーティング剤が、実際はお客様の髪に負担をかけているかもしれない」という懸念です。塗った直後は髪がツヤツヤになるものの、数日経つと、すぐに髪がガサガサになる。細くなる。切れやすくなる。だから、塗るのをやめられなくなる。こうしたことは、私以外の美容師も、きっと感じているはずでした。しかし多くの美容師が、この懸念を口にすることをためらいます。なぜなら、現在の美容室業界は、コーティング剤を基盤とすることで成り立っているからです。コーティング剤は、業界では「ドル箱」と呼ばれるほど重要な商品で、これがあるからこそ髪のキューティクルを壊して行うパーマやカラーが成り立ち、サロンの売り上げも生まれます。それを抜いてしまえば、収益は減り、店の運営は苦しくなる。だから、「実は、コーティング剤が良くないのかもしれない」とは、口が裂けても言えない。

こうしたことは、業界の中にどっぷりつかっていると見えてきません。ただ私は、幸か不幸か、大手サロンを離れて流浪の日々を送ることになり、結果的に業界のしがらみから距離を置くことになりました。そして一人サロンを始めたことで、守るべきは自分と家族とお客さまだけ。覚悟さえ決めれば、コーティング剤の問題に正面から向き合えるようになったのです。

コーティング剤が髪を傷めている。この事実を受け入れると、髪にとって本当に良いことが何なのか、新たな事実が少しずつ見えてきました。「髪に必要なのは水分である」という気づきも、そうして得た事実のひとつです。この気づきをもとに、髪にダメージを与えるものはできるだけ除き、髪と頭皮の水分をキープする施術をお客様とともに続けたところ、健康な髪を取り戻されるお客様が増えてきたのです。


そんなふうにしてお客様の髪と向き合い続ける日々を続けるうちに、私はあることに気づきました。それは、髪にはその方の「人生」が現れるということです。髪の現状は、その方がこれまで積み重ねてきた「選択」の結果です。カラーをするかしないか。パーマをかけるかどうか。コーティング剤をするかしないか。あるいは、何を食べ、何を飲み、どれだけ眠るのか。どうやってストレスと向き合ってきたのか。そうした日々の選択が、髪にはっきりと表れてきます。さらに、その選択の奥には、その方が何を大切にして生きてきたのかも見えてきます。周囲を優先するあまり、自分のことを後回しにしてきた方もいらっしゃるでしょう。シニアになって、必要以上に白髪が増えたり、抜け毛が増えたりする背景には、自分に負担をかけ続けてきた長年の積み重ねが隠れていることもあるのです。

やがて私は、お客様の髪を見るたびに、その方の人生の軌跡を見ているのだと思うようになりました。つまり、自分の髪と向き合うことは、自分がどのような選択を重ねてきたのかを見つめ直すということでもあるのです。そして、「髪を丁寧に扱う」という選択は、「自分の人生を丁寧に扱う」という選択でもあるのではないか。一人ひとりが自分を大切にし、本来の自分らしく生きられるようになれば、日本全体も元氣になるのではないか。私はいつしか、そんな思いを抱くようになっていました。だからこそ、私は美容師でありながら、髪を育てることを専門とする「髪育専門士®︎」として生きることを決意したのです。

髪育®︎を、一人でも多くの人へ届けたい。けれど、私一人で、いったい何人のお役に立てるのか。どれだけ頑張っても、一人の髪育専門士®︎が向き合えるお客様の数には限界があります。そこで私は、同じ志を持つ仲間を増やそうと考えました。声をかけたのは、一人サロンを営む美容師さんたちです。「このまま、お客様の髪に負担をかけ続ける施術を続けて、本当にいいのだろうか」。多くの美容師が心のどこかで抱いているその疑問に、覚悟さえ決めれば向き合える方々だと思ったからです。


「髪育®」に興味を持ってくださる方の9割は女性です。男性美容師には、「俺の技術と経験からくるこの髪型最高でしょ」という従来の美容師スタイルから抜け出せない方が多いのに対して、女性のほうが柔軟だということもあります。

けれど、それ以上に大きな理由は、私は日本でいちばん時間価値の高いのは、ママ美容師さんだと思っているからです。私自身も2児の父親ですが、家事育児の分担は、どうしても妻のほうが多くなりがちなのが現状です。ひとりサロンのママ美容師さんの場合、予約は午前にひとり、午後にひとりという方も多い。限られた時間の中で、家事育児をしながら美容師の仕事をする。それでも、サロン経営を安定させたい。そう思ったときに、商品がヘアデザインのみでは、なかなか自己実現のレールに乗りにくいのです。好きな美容師の仕事はできているけれど、目の前のお客様のお悩みへの対応はどうしても後手に回りがちで、理想とのギャップを抱えている方が多いように感じてきました。

「髪育®」を導入することで、お客様のお悩みにもしっかり対応でき、コースの単価も高いので、経営が安定していきます。ママ美容師さんたちにとって、ある意味でこれは働き方改革にもなる手段でもあります。

やがて私は、最初に髪育を個別コンサルでお伝えしていた、長崎県と滋賀県でそれぞれ一人サロンを営む2人のママ美容師さんに理事になってもらい、仲間たちとともに「一般社団法人 髪育JAPAN協会」を設立しました。「髪を育て、日本を元氣にする」、そのために日本から髪の悩みを撲滅する。そんな想いを掲げた団体です。実態としては私が一人で動いているように見えることも多いのですが、この理事の2人をはじめ、任せられるところは仲間に任せながら運営しています。私たち髪育専門士®︎が目指すのは、全国1718の市区町村それぞれに髪育サロンが存在し、地域の髪の悩みを、その地域で解決できる社会です。

とはいえ、私たちが本当に広めたいのは、髪育®︎という技術そのものではありません。お伝えしたいことの核は、「お客様の人生の主役は、お客様自身である」ということです。これまで美容室業界では、お客様の髪型をつくる「美容師」の存在にスポットライトが当たりがちでした。すばらしいセンスと技術を持つあの美容師さんに、私の髪型をつくってもらいたい。お客様がそう考えて、能力のある美容師を頼りたくなるのは、人としてとても自然なことだったと思います。ただ、それは、誰かに決断をゆだね、依存する生き方でもありました。髪育®︎を通じて私たちが願うのは、お客様にご自身の人生を取り戻してほしい、ということ。自らの生き方を「決断」する力を取り戻していただきたい、ということです。誰かが良いと言うものに流されて生きるのではなく、自分の美しさを認め、それを育てていくことに喜びを見出していただきたい。「自分を信じる力」を取り戻していただきたいのです。それを自然に叶えるのが「髪育美容®︎」であると、私たちは強く信じています。



2025年12月16日、私はお客様にカラーとパーマをすることを、完全に引退しました。「このケアは、お客様が100歳になっても続けられるだろうか」。改めて自分にそう問いかけたとき、答えは明確でした。お客様の髪や頭皮に負担をかけ続ける施術を、髪育専門士®︎として、これ以上続けることはできない。そう考えた末の決断です。そうした理由から、現在の私は髪育®︎一筋です。ただし、私のサロンで髪育コースを受けてくださっているお客様には、ご希望があれば無料でカットをプレゼントしています。髪育®︎によってハリやコシ、ボリュームを取り戻した髪は、カットだけでも自然に美しく整います。カラーやパーマをしなくても、カットだけで髪型がいい感じに決まる。これは実は、髪育専門士®︎の仕事をしっかりできているからこそ、成しえる技なのです。その結果、今の私にとって、美容師としてカットで髪型をつくることは、本業ではなく「趣味」となりました。「髪育専門士®︎」「趣味美容師®︎」。私の名刺には現在、この二つの肩書きが並んでいます。101歳まで現役だった祖父から贈られた「技容修」という言葉に導かれて、私はこの生き方にたどり着きました。

いまは、子どもの帰宅時間に合わせて水曜・日祝、それにもう一日を加えた週休3日が基本です。なるべく午前中は予約を受けないようにしていて、夜は髪育専門士®養成講座に充てる日もある。サロンで倒れてしまった頃は10時から24時まで営業していたことを思えば、だいぶ理想に近づいてきたと感じています。

私が目指しているのは、100歳になっても無理なく続けられる髪育美容®︎です。お客様が人生の最後まで続けられる髪育美容®︎をお手伝いすること。そして、その方らしい人生を支えること。これからも私は髪育専門士®︎として、お客様の伴走者として、その方らしい人生と美しさを取り戻すお手伝いを続けていきたいと思っています。

そして、ここに付け加えておきたいエピソードがあります。先日、息子の運動会で騎馬戦を見ていたときのことです。土台を担ぐ下の人の身長が、もし揃っていなかったら、土台は傾いてしまう。そんな例え話が、ふと頭に浮かびました。髪育®︎には「三方よし」という考え方があります。自分よし、お客様よし、そして自分のいる業界や地域、社会よし。この三辺がそろっていなければ、騎馬戦の土台のように、いずれ傾いてしまう。一人サロンの美容師さんの多くは、自分の店の売り上げと、お客様の悩みに応えることには一生懸命でも、自分のいる業界や社会のことまで意識する余裕がないまま日々を過ごしてしまいがちです。お客様の予定が「今日やってほしい」と言われたら、休みでもやってしまう。そういう中で美容師をしている方が、とても多いのです。だからこそ、一人サロン美容師としての役割を、労働から活動へと変えていくこと。それが、髪育®︎という概念で一人サロン美容師同士をつなぎ、地域や業界、そして日本を元氣にしていく、私たちの活動の土台になっています。


「髪を育て日本を元氣にしよう」「日本から髪の悩みをなくそう」。そんな思いから始まったこの活動は、2022年7月、半年間のオンライン講座として最初の一歩を踏み出しました。年4回の募集を重ね、2026年現在で17期目を迎え、これまでに140名以上の卒業生が全国に育っています。参加条件は、一人サロンを営む美容師、または一年以内に一人サロンで独立開業したいお勤めの美容師さんです。あえて間口を絞ってきたのは、私自身が一人サロンであることが大前提だったからです。ノウハウの流出を避けたいという思いもありましたが、それ以上に、一人の美容室にお客様が来ると、周りに相談できる人がいない分、深いご相談をいただけるという、一人サロンならではの良さを大切にしたいという思いがありました。



一人で始めた活動が、今では理事を含む組織として、そして全国に広がるコミュニティとして育ってきました。

1人サロンで独立して約20年に近い積み重ねの先に、私には一つのおぼろげな願いがあります。「髪育専門士®︎」を、いつしか国家資格にしたい。美容学校が全国にあるように、髪育専門士®︎の専門学校のようなものが、各都市に実体として存在する。そんな状況をイメージしながら、今、活動を続けています。厚生労働省に電話をして「国家資格を作りたいのですが」と尋ねたとき、返ってきた答えは「多くの人に知られて、必要とされて初めて議題に乗ります」というものでした。それを聞いたとき、もっと多くの人に知られなければ、という当たり前の現実を、改めて噛みしめました。美容師が一人ひとりお客様にお伝えしていくだけでは、やはり遅い。書籍のような形で社会性を持たなければ、説得力に欠けてしまう。そんな思いで、私は出版という次の一歩に取り組んできました。

一日で髪は変わりません。けれど、あなたの日々の小さな選択は、あなたの未来を少しずつ変えていきます。それは、私自身の美容師人生にも当てはまることなのだと、今は思っています。101歳まで現役で働き続けた祖父の背中を見て育った私は、「積み重ねることの力」を、これからも信じ続けていきたいと思っています。

祖父100歳のお祝い



書籍1冊の価格は1650円(税込)です。ですがこの1冊には私の半生が詰まっています。

今お話してきたように、とんでもなくどうしょうもなかった落伍者のようなスタートから、時代の寵児ともてはやされた超人気サロンの第一号新卒になったにも関わらず、そこから逃亡。流れに流れて、全てに手を出した「ジプシー」のような時代も経て、ようやく行き着いたのが「髪育」です。そしてこの概念を、誰も知らないところから全国に普及させるべく協会を立ち上げ、仲間が集まるところまでやってきました。

私の美容師人生の全てをかけてこの考え方を日本に広めていきたいと思っています。

そして、この1冊の本としてこの度結実することとなりました。

私が書籍出版のことを教わった先生がこのようなことを言っていました。

「出版というのは、個人のIPO(株式公開)みたいなものだ。」

今、この言葉を噛み締めています。

ついに、私が狭い世界で培ってきたことを世の中に向けて大きく打って出るタイミングなのだと。だからこそ、やれることはすべてやりたい。そう考えています。

ですから、今回のクラウドファンディングでご支援いただいた資金は、この書籍を届けるための販促費として活用させていただきたいと考えています。具体的には、書籍のプロモーションとして、美容系の媒体、新聞やオンライン媒体などに広告を打たせていただいたり、書店における店頭プロモーション費用などに充てさせていただけたらというところです。

正直に申し上げて、これは私の完全なるわがままです。ただ、私にとっては一生に一度の気持ちでこのクラウドファンディングに挑みます。今までの人生の総決算だと思うからこそ、そしてこの本がさきほども申し上げたとおり私の半生の総括であり、そして「日本から髪の悩みをなくす」という未来を作っていく上で、最も大事な局面ではないかと思うからです。私としましては、一重にお願いすることしかできません。「いつか叶えばいい夢」ではなく、期限と数字のある、具体的な挑戦です。集まった分だけ、確実に、一歩ずつ届けていきます。そしてこの挑戦の過程そのものを発信し続けることで、髪育美容®︎を業界の外の方々にも知っていただくきっかけにしていきます。

一人で始めた活動が、2人の理事と140名を超える仲間に育ってきたように、今度はこの本とこのクラウドファンディングをきっかけに、業界の外にいる方々とも手をつないでいきたい。美容師という仕事に、特に日本でいちばん時間価値の高いママ美容師さんたちに、新しい働き方の選択肢を示す。そして、未来の美容師である4万人の美容学生に、「髪は育てられる」という事実を手渡す。

─そして、日本から髪の悩みをなくす。

101歳まで現役だった祖父がそうだったように、大きなことは、日々の積み重ねの先にしか生まれません。この挑戦も、その積み重ねの一歩です。どうか、一緒に踏み出していただけませんか。日本から髪の悩みをなくすため、お力お貸しいただけますと幸甚です

どうぞよろしくお願いいたします!!!!!!


今回のクラウドファンディング限定のリターンを多数用意しました。

クラファンでもなければ絶対にやらないようなリターンだらけです。

特に、近年では直接的に私がサロン訪問したりですとか、会員さんでもない方に対面でコンサルティングや相談に乗るなどの機会はまずありません。そういった直接的に、わたくし宇留間を活用いただけるようなリターンもございます。

他にも私の活動の本拠地である鎌倉を舞台にみなさんと鎌倉ツアーやお茶会をご一緒する機会なども設けてみました。例えば、「101歳まで現役理容師だった祖父」の床屋への表敬訪問(場所見学程度)をするのですが、そういったことここだけでしか経験できないような体験を宇留間なりに渾身でデザインしていますので是非この機会にはじめましての方も、いつもは違う形で関わっている方ともショートトリップをご一緒できれば幸いです。きっと忘れられない鎌倉体験になることと存じます。

また、髪育に関する講座というのはこれまで教材的な形での販売は一切しないできました。私のこだわりで直接やはり関わり合いの中で伝授していきたいという気持ちが強かったからです。ですが本を出し、本格的に髪育を広めていくということに今回なりましたのでこれを機に新規開発してホームスタディ講座的な形で私の「髪育」メソッドであるとか、「1人サロン経営」に関するノウハウを凝縮したオンライン講座をリリースすることにいたしました。そのプロトタイプ版ということで一般販売に先駆けかなりお得な価格で受講いただけるステータスも設けております。

最後に、今回の出版のハイライトイベントとして来年1月17日に出版記念講演会を実施することにいたしました。普段、一般開放した講演会とは縁がない私が初めて挑む、そして初めての出版だからこその「出版記念講演会」でございます。このイベントに是非足を運んでいただけたら嬉しいです。直接お会いしてお話もできますし、私としても今回ご支援いただく方に直接お礼をお伝えできる機会にもなると思っております。もちろん講演会ということで、ここでしかあかせない秘話も含め、「来てよかった」と感じていただけるようなイベントにいたします。

その他にも、色々リターンをご用意いたしましたのでご覧になっていただき、ピンとくるものがありましたら、ご支援いただけると幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。


9月後半:クラウドファンディングの実施

11月30日:クラウドファンディング終了

12月中旬以降:リターンのご提供(先行して提供するものはクラファン期間中に実施)

2027年1月以降:今回で調達させていただく資金を活用して書籍の本格プロモーション展開を実施。

ここまでの長文を、貴重なお時間を使ってお読みいただき、誠にありがとうございました。

2026年9月17日(木)、私、宇留間は初めての書籍を出版し、著者になりました。人生の節目となったその初日、妻と書店を数店舗まわってきました。そこで、強烈な体験をしました。棚に並ぶ、無数の書籍です。私の本は美容本や実用書の棚に置いていただいていましたが、同じジャンルだけでも数えきれないほどの本が並んでいます。それを目の当たりにして思ったのは、知っていただくことの重要さでした。知られなければ、存在していないことと同じです。なおのこと、このクラファンをやることの意味や重要性を感じた瞬間でした。

実は……今回のクラウドファンディングへの挑戦を、私は一度諦めています。やめますと、プロデューサーに連絡を取りました。自分の悪い癖が出たのです。24歳、スタイリストデビューの前日に逃げた話は先ほど書いたとおりですが、あのときと同じものが、準備の最中にやってきました。

ただ、24歳の自分と47歳の自分には、決定的に違うことがあります。23年ぶりの人生最大の挑戦を前にして、何が違ったのか。24歳の私は、自分のためだけに生きていました。だから逃げられたし、逃げたからこそ今があるとも思っています。けれど47歳の私は、髪育JAPAN®︎の代表として、髪を育て日本を元氣にするため、日本から髪の悩みをなくすため、美容師の社会的地位を上げるため、趣味美容師®︎として生きています。自分のためだけに生きてはいないと、言い切れるのです。

だから一旦は立ち止まりましたが、12時間後、挑戦を再開させてくださいとご連絡をし、戻ってくることができました。目的と情熱を持って活動することの大切さをあらためて知りました。

あらためまして今回のクラウドファンディングは、人間47年目、美容師26年目、一人サロン経営19年目、趣味美容師®︎9年目、髪育JAPAN®︎代表5年目、著者1年目。その宇留間が挑む2ヶ月間となります。

今、あなたの人生で、熱くなれる時間をどこかに置き忘れてしまっておられたのであれば……どうか、宇留間にお力をお貸しいただけませんでしょうか?ご支援いただきましたあなた様には、宇留間の活動報告を通じ、目的を持ち、情熱を持って生きることで、自分の人生を勝手にあきらめずに、まずやってみることが大事であるという感覚を思い出していただける転機になると確信しております。

長くなりましたが、以上をもちまして最後のご挨拶とさせていただきます。
ありがとうございました。

宇留間祐介 2026年9月18日 2:33 自宅にて

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  • 【課題を持たずに、人は生まれてくる】いつも応援いただき、ありがとうございます。髪育JAPAN®︎代表、趣味美容師®︎の宇留間祐介です。10月6日、クラウドファンディングは11日目、残り54日となりました。現在、41名の方から応援をいただいております。本当にありがとうございます。そして今日は、Yahoo!ニュースで髪育JAPANを取り上げていただきました。私にとってクラウドファンディングは、48年の人生で最初で最後の挑戦です。とはいえ、この期間だけ別の人になるわけではありません。髪育を届けることが私の人生だと見つけた、その人生の中に、9月26日から11月30日までの65日間という幅を自分で設けた。それだけのことです。自分で区切った期間を、余裕をもって過ごすのではなく、必死でやってみてどうなるかを見る。やらない後悔よりも、やってみてダメならそれでいいと思っています。目標はあります。けれど目標は、あくまで目印です。期限までに届かなくても、翌日に超えるかもしれない。だから目標に縛られてはいけない。私が向き合うべきは、何のためにやるのかという目的です。そして目的に対しても、まだ起きていないことを心配する必要はありません。結果は自分ではどうにもできない。私がコミットできるのは、プロセスだけです。新しいことに挑戦しようとすると、どう見られるかを気にして一歩が出ない。そういうお悩みを、これまでたくさん伺ってきました。やりたいことがあるのに、誰かの目を気にしてやらない。それは自分の人生を生きていないのと同じではないかと、私は思ってしまうのです。だからこそ、なぜそう考えるようになったのか、その原因のほうを見ていく必要があります。これは髪も同じでした。以前の私は、髪をデザインすることが美容師の仕事だと思っていました。けれど、本当に髪を育てるのは美容師ではなく、お客さまご自身です。美容室に行くのが年に8回だとしたら、大切なのはその8回ではなく、残りの357日です。それに気づいていながら、私は長いあいだ認められませんでした。認めれば、美容師の役割そのものを疑わなければならなくなるからです。それでも、自分が提供しているものでお客さまの髪が健康になっていかないなら、原因は自分にある。問題を作り、その解決策も持っているのが同じ人間。いわゆるマッチポンプを、自分がしているかもしれないと気づいたのです。そこから試行錯誤を重ねて辿り着いたのが、髪は生まれた時点で完成しているという考え方です。一本の髪が生まれて育っていく道のりと、一人の人が生まれて生きていく道のりは同じではないか。私はこれを、髪人同一論と定義しました。習慣とは、生き方そのものです。良くない習慣で状態がマイナスにあるなら、まずそれをやめてゼロに戻す。良い習慣を積み上げるのは、その後です。今抱えている課題を、生まれた日にも持っていましたか。私はよく、そうお聞きします。誰も課題を持って生まれてはきません。新しいことに挑もうとしたとき、「お前には無理だ」という声が聞こえることがあります。子どもの頃に親や周りから言われた言葉かもしれません。けれど、それを了承したのは自分です。やりたい人は、どうにかしてやるのですから。今の状態を作っているのは、どこまでいっても自分。そう気づけたとき、課題の根本に戻ることができます。私自身、かつては人のせいにばかりしていました。だから今は、生まれた日に戻る感覚で今を生きています。今日は本の130ページを読みました。私のサロンの1年間のコースでは、新しい髪が生え揃うまでパーマやカラーを続けてもいいかと、よくご相談をいただきます。私は基本的にお勧めしていません。そしてお客さまに、そもそもなぜそうしたいのかをお聞きします。丁寧に伺っていくと、その奥にあるのは、失った自信を取り戻したいという一つの気持ちです。年齢を重ねると、周りからさまざまな言葉をかけられます。その一つひとつが、今のままではいけないというメッセージとして届いてしまう。この一節には、そうしたことを書いています。最初に志したことでさえ、それが本心からの選択だったのか、周りにとって都合のいい選択だったのかを見ていく必要があります。誰かの期待を自分の決断だと思い込んだまま、20年、30年と続けてしまうこともあるからです。固定観念は、アクセルとブレーキを同時に踏んでいるようなものです。それを外せば、髪は育ち、自信を取り戻し、美容師は自由に働き、お客さまのお悩みも解決していく。それが循環していけば、地域が元氣になり、日本が元氣になる。それが、髪育JAPANの使命です。髪育専門士養成講座は、一人サロンのオーナー、もしくは1年以内に一人サロンで独立すると決めている美容師さんしか受講できません。自分から立ち上がる勇気がなければ、依存が生まれるからです。髪育JAPANは、依存の集団ではなく、自立した個の集団でありたいと思っています。2028年には、日本武道館で髪育JAPANの勉強会を開きたい。そしていずれ髪育専門士が国家資格になったとき、高校生たちが進路を考えながら、美容学校に行くか、髪育専門士を目指すかと話している。私は、そんな未来を想像しながら活動しています。自分がこうなると決めた瞬間に、スタートのピストルは鳴っているのだと思います。あなたの人生に、髪育を。 もっと見る
  • クラファン10日目活動報告【一人サロンの価値は、凄まじい】いつも応援いただき、ありがとうございます。髪育JAPAN®︎代表、趣味美容師®︎の宇留間祐介です。クラウドファンディングは10日目、残り55日となりました。現在、38名の方からご支援をいただいております。本当にありがとうございます。今日は髪育JAPAN認定講師育成塾が品川で丸一日あり、戻ってきてからのライブ配信となりました。ライブには、一人サロン3年目の美容師さんからコメントが届きました。カラー剤をお客さまの頭皮にべったり塗る自分に違和感があり、何かヒントがあるのではと本を読んでくださったそうです。お客さまから髪が薄くなってきたと相談される機会が増えたのに、知識がなく話を聞くことしかできなかった、という声もいただきました。私自身も同じ違和感を抱え、昨年、カラーとパーマをやめました。どう捉えるかはそれぞれの美容師さんの決断です。ただ、みんながやっているからというのは、自分が何かをする理由にはならない。それは19年、一人サロンを続けてきて、本当に感じてきたことです。良かれと思ってしていることが、もしかしたら髪を弱らせているのではないか。そう旗を立てて検証していくうちに、足していく美容ではなく、必要に応じて抜いていく美容のほうが合っていると確信しました。カットは付け足すことができず、切り落として残ったものがデザインになります。私が信じた美容の真実は、プラスを重ねる美容ではありませんでした。一人サロンを選ぶ人の多くは、長く現場に立ちたい、生涯現役でいたいという思いを持っています。けれど一人サロンは、お客さまと自分の時間を一対一で完全に同期させる働き方です。数の原理が働きません。それなのに、従来の美容師の概念のまま一人サロンを続けると、そこにズレが生まれます。私は29歳でこの店を始めたとき、10時から22時の12時間営業にしました。途中で24時まで延ばし、半年で倒れました。営業時間を延ばし、担当する人数を増やして一人サロンを長く続けようという考え方は、私にとっては間違っていたのです。だから、美容師の価値をスライドさせる必要がありました。一人サロンは、全部自分です。カットを終えてシャンプー台へご案内しようとして、床の髪を掃き忘れていたことに気づく。そんなことが何度もありました。洗濯機以外は、すべて自分でやる。それでも私は、一人サロンの価値はとても高いと思っています。予約の3時にご来店されたのに、通されるのは3時10分。以前の私は、そういう美容室のあるあるをなくしたかった。だから完全予約制にしました。一人のお客さまのご来店からご退店までをデザインし、そこに美容師人生のすべてを注ぐ。1人サロンの価値に気づいていない1人サロンオーナーさんと対面でお会いしていたとしたら、その一人サロン美容師さんの両肩を掴んで揺さぶりたいくらいです。美容師の価値は凄まじいぞ、目を覚ませ!!と。2019年頃から、一人サロンなら自分をもっと表現していく必要があると感じるようになりました。売りがヘアデザインだけだと、一人サロンなのに複数スタッフのサロンと戦うことになってしまう。そして2020年、価値観の分断が起きました。業界もばらばらになった。それをもう一度集結させるためには、中心に何かを置く必要がありました。自分にとってはそれが髪育です。美容師の地位を上げたいと、私の美容師の師匠が行っているのを1990年代に聞きました。今こそ、それを実装するときだと思っています。というわけで、今日は本の129ページ、髪育習慣がもたらす心の変化について書いた一節を読みました。髪育シャンプーを続けると、見た目の変化よりも先に、内面に変化が訪れます。お客さまが自信を取り戻していくのです。自信という字は、自分を信じると書きます。そして信という字は、人に言うと書きます。自分の生き方を表現する人が増えていけば、日本は元氣になる。私はそう確信しています。私の目標は、一人サロン美容師1万人でつながること。髪育専門士が1万人いる世界です。そして2028年には、日本武道館で髪育JAPANの勉強会を開きたいと考えています。まずはクラファンの残り55日、伝え続けてまいります。あなたの人生に、髪育を。 もっと見る
  • クラファン9日目活動報告【違和感の裏側に、その人の真実がある】いつも応援いただき、ありがとうございます。髪育JAPAN®︎代表、趣味美容師®︎の宇留間祐介です。クラウドファンディングは9日目、残り56日となりました。今日は8名の方から応援をいただきました。本当にありがとうございます。Amazonのレビューも26件になりました。一日にお一人ずつでも、髪育が伝わっていく。それが今、私が取り組んでいることそのものです。私が目指しているのは、髪の悩みがなくなる世界です。極論を言えば、最終的には自分の仕事を世の中からなくすことができれば、それが一つの到達点です。もちろん、いきなりそうはなりません。昨日にはもう戻れず、明日はまだ生きられない。生きられるのは今日だけです。だからこそ、今この瞬間の点をどれだけ打ち続けられるか。それが何より大切だと、この活動を通して感じています。今日のライブでお話ししたのは、常識を疑うということでした。常識とは、誰が作っているのか。それは大勢です。多くの人がそうしている。今までそうだった。だから自分もそうする。常識が良いか悪いかの話ではありません。問題は、自分の行動の理由が自分の内側から生まれているかどうかです。理由が外側にあるとき、人は常識にとらわれてしまうのだと思います。私自身、「美容師はこうあるべき」「一人サロンはこうやっていくべき」という常識を疑い始めたことをきっかけに、自分の内側にある直感を信じるようになりました。けれど振り返ると、自分の決断を確信できなかった時期も長くありました。本音を出したときに笑われたり、外側に置かれたりすると、人は本音を出さなくなっていきます。そうして、大多数に属していたほうが楽だという考えが、自分の意思とは関係なく育っていってしまう。だからこそ、自分が感じたことをそのまま信じてみることが、とても大切だったのです。それを続けていくと、常識の外側に出ていきます。常識の側から見れば、非常識と呼ばれるかもしれません。けれど外側にいる自分にとっては、それが自分の常識です。どちらが良い、どちらでなければならない、という話ではありません。違和感の裏側には、その人の真実があります。美容師である私にとってのそれは、コーティングでした。トリートメントで髪の表面を整えれば、その場ではきれいに見えます。けれど、本当に髪が健康になっていくのか。私はそうは思えませんでした。毎回塗って、その場をしのぐ。そういう仕事の仕方を、自分がしていると気づいてしまったのです。気づいてしまった以上、無視はできませんでした。その違和感を追いかけ、コーティングは不要だという考え方にたどり着き、それを実践したところ、お客さまの髪が良くなり、お悩みが減っていきました。最初のきっかけは、当たり前を疑うことの中にありました。髪育専門士養成講座で全国の一人サロン美容師さんに髪育をお伝えしてきましたが、それだけでは広がるスピードが上がらない。仲間からのフィードバックを通して、全国で髪のお悩みが増えていることも感じていました。だからこそ、髪育を一冊の本にして世の中に提示してみる必要がありました。髪育専門士を国家資格にしたいと言っていても、言うだけなら誰にでもできます。言っていることとやっていることが一致したとき、初めて誰かに届いていく。そこに面白さがあると思っています。今日も本の読み上げを続けました。今日は、この本では特別な器具も高価な製品も紹介しない理由を書いた一節です。人生100年とも言われる今、これから先の数十年を美容室に頼り続けるのか、自宅で髪を育てていくのか。その問いを、読んでくださる方に投げかけています。そして第1章の冒頭、本はお客さまがサロンにご来店される場面から始まります。今日はその場面設定までを読みました。私は男ですから、子どもを産むことはできません。けれど、この本を9月17日に産んだと捉えるなら、ここから育てていく責任があります。私にとって本を出すことはゴールではなく、日本から髪の悩みをなくすためのスタートです。100歳でハサミを置くと決めている私が、42年後、90歳になったとき、世界はどうなっているのか。この活動を続けながら、それを見てみたいのです。明日は10日目。どんな一日になるのか、また明日ご報告いたします。あなたの人生に、髪育を。 もっと見る

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