昔、私はウイヤーが嫌いでした。
こんにちは、ヨコロンコーヒーの大山ようこです。今日は、ヨコロン村の根っこにある、私の子どもの頃の気持ちのお話をさせてください。
■ 自分の部屋より広い、誰かのための部屋
与論島の古い家には、「ウイヤー」と呼ばれる部屋があります。
神棚がまつられていて、お盆やお正月に親戚一同が集まるときや、お客さまが来たときに使う部屋です。
私が育った家でも、いちばん広い部屋はウイヤーでした。自分の部屋は狭いのに、いつ来るかもわからない人のための部屋が、家の中でいちばん広い。
子どもの頃の私には、それがどうしても納得できませんでした。
「なんで、まだ来てもいない人のほうが、私より大事にされるんだろう」そんなふうに思っていたのを、今でも覚えています。
子どもの頃、自分の部屋より広いことが納得できなかったウイヤー
■ いま、同じ部屋を見て思うこと
大人になって、この家を宿として再生しようと決めてから、私は何度もウイヤーの前に立ちました。
そして、ある日ふと気づいたんです。
ウイヤーは、「あなたが来るための場所を、来る前から用意してありますよ」という部屋なのだと。
まだ会ったことのない誰かのために、いちばんいい場所を空けておく。
いつ来てもいいように、整えて待っている。それは、子どもの頃の私が思っていたような「自分の場所を奪う部屋」ではなく、まだ出会っていない誰かの「帰る場所」だったのかなって。
あの頃の気持ちも、間違いではなかったと思っています。嫌だった記憶があるからこそ、いまの私には、この部屋の意味が深く見えるのかもしれません。
■ 文化を、次へ渡せる形に
文化を受け継ぐというのは、昔のものを最初から「素晴らしい」とたたえることではなく、嫌だった記憶や違和感も持ったまま、いまの自分なりの意味を見つけ直して、次へ渡せる形に整えていくことなのだと思います。
だから私は、昔のウイヤーをそのまま再現したいわけではありません。
誰かひとりの我慢や負担の上に成り立つのではなく、迎える人も、帰ってくる人も、気持ちよくいられる形へ。それが、いまの私だからできる「ウイヤーの更新」なのだと思っています。
■ 「ただいま」と言いたくなる場所を作りたい
ヨコロン宿の入り口、石畳の階段、縁側の椅子。
ひとつひとつを決めるとき、私はこの問いに立ち帰ろうと決めています。
入口は、帰ってきた人が『ただいま』とほっとできるようにデザインしたい。
石畳の階段も、セメントで均一に固めるのではなく、帰ってきた子どもたちが、自分の歩幅で足を置き、遊びながら道を見つけられる余白を残したいと思っています。
私も小さい頃、裏庭で秘密基地を作ったように、帰ってきたお家の庭が自分たちの遊び場になる。
完成された場所ではなくて、帰った場所に、自分が何かできる余白がある。
あなたにとって、そんな場所を作りたいと思っています。
「お家や家の庭はね、そこに来た人が使いやすいように変えていって、
道がなかったところにも、こうやって道ができるものだよ。」
と私の父と同い年で、与論島の観光協会を設立したり、今もエコツアーガイドをされておられる麓才良おじちゃんが教えてくれました。
家の裏側には、今も人だけが通れる昔の道があります。
子どもの頃に嫌いだったウイヤーが、いまは、まだ出会っていないあなたを待つ場所になりました。いつか与論島で、「ただいま」と言ってもらえる日を楽しみに、今日も準備を進めています。
この活動報告をシェアしていただいたり、与論島や古民家に興味がありそうな方に伝えていただけたりすることも、私にとって大きな励みになります。
どうぞよろしくお願いいたします。
ヨコロンコーヒー焙煎所大山ようこ



