
「機械にも、それぞれ性格があるんです。」
三河帯芯を織る工場で、榊原さんが何気なく口にしたこの言葉が、とても印象に残っています。
今回お話を伺ったのは、愛知県西尾市一色町で三河帯芯を織り続ける「株式会社 榊原帯芯」の三代目・榊原さん。このプロジェクトの生地生産元です。
工場へ入ると、そこには60台以上のシャトル織機が並び、軽快な音を響かせながら今日も帯芯を織り続けていました。
100年以上、帯の中に隠れてきた布
華やかな帯を支えるために、
・吸湿速乾性・ハリとコシ・軽さと適度な柔らかさ
など、さまざまな機能が求められます。
古いシャトル織機を使い、糸をしっかりと織り込んで作られてきたこの布。その産地のひとつが、UZUiROの拠点でもある愛知県西尾市です。
日本国内で生産される帯芯の95%以上が、この地域で生産されていますが、地元でも「三河帯芯」という名前を知っている人は、まだ決して多くありません。
「そんな地域資源をもっと広めたい!」
「地域の繊維業をもっと盛り上げたい」
それが、今回のクラファンに挑戦しようと思ったきっかけなんです。
「この機械は、雨の日になると調子が悪い」
榊原帯芯の創業は昭和35年。今年で66年になります。
工場に並んでいる織機も、長い年月を使い続けてきたものばかりです。
榊原さんに話を聞いていると、
「この機械はここが弱い。」
「こっちは雨の日になると調子が悪い。」
そんな言葉が次々に出てきます。
同じように見える機械でも、一台一台違う。
壊れやすい場所も違えば、調子の良い日、悪い日もある。
「機械にもそれぞれ性格があるんです。」
長年向き合い続けてきた人だからこそ出てくる、そんな言葉が印象的でした!
壊れても、直してくれる人がいない
そして今、現場では別の問題も起きています。
昔は近所に機械部品を扱う業者があり、修理をお願いできる職人さんたちがいましたが、
そうした人たちは、もういなくなってしまいました。
同じ部品が欲しくても、もう作られていない。
修理をお願いしたくても、できる人がいない。
だから榊原さんは、自分で直します。
必要な部品の代用品を探したり、
動かない古い機械から部品取りをしたり、
必要に迫られて溶接まで覚えたそうです。
三河帯芯を織る。
その前に、
「この古い機械を、今日も動かせる状態にしておく。」
それ自体が大切な仕事になっています。
「こういう技術は、本やマニュアルだけでは覚えられないんです。」
榊原さんはこう話してくれました。
機械に触る。
音を聞く。
いつもと違う振動を感じる。
失敗も経験する。
それを何度も繰り返して、ようやく分かるようになる。
そして、
「詳しい人がいなくなってから覚えようと思っても遅い。」
とも、おっしゃっていました。
伝統産業というと、私たちはつい「昔ながらのものを残すこと」に目を向けがちです。
でも実際の現場では、
機械を直せる人がいること。
音の違いに気づける人がいること。
次の世代へ技術を伝えられること。
そんな一つひとつの積み重ねが、ものづくりを支えています。
「もともと、ものづくりが好きなんですよ。」
最後に、
「なぜ、今もこの仕事を続けているんですか?」
と聞いてみました。
榊原さんの答えは、とてもシンプルでした。
「もともと、ものづくりが好きなんですよ。」
伝統を守らなければならない。
産地を残さなければならない。
もちろん、そうした使命感もあると思います。
でも、そのもっと手前にあるのは、
壊れた機械を直したい。
もっと良いものを作りたい。
知らないことを試してみたい。
そんな純粋な「ものづくりが好き」という気持ちでした。
その積み重ねが66年続く工場を支え、
そして100年以上続いてきた三河帯芯の技術を、
今日までつないでいます。
見えなかった布を、今度は表舞台へ。
これまで和装業界の裏方として支えてきた三河帯芯。
でも私たちは、この生地を触ったとき、
「帯の中だけで終わらせるのは、もったいない。」
と思いました。
地域にこんな素材があること。
こんな機械が今も動いていること。
そして、その機械と毎日向き合っている人がいること。
それを知ってもらうきっかけとして、今回UZUiROは三河帯芯を「着る服」にしました。
長くその場所にいる人にとっての「当たり前」が、外から見ると新しい価値になる。
今回のクラウドファンディングで、私たちがやりたいことは、まさにそこにあります。

100年、見えなかった布を、今、着る服へ。
ぜひプロジェクトページでご覧ください。
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