比叡山麓の水車が回り田植え唄が響く築120年の屋根に、穴が空いてしまいました。

日本の原風景を守りたい。「くらし」が「しごと」になる古民家コミュニティの屋根修理を最優先に、つながりの拠点を次世代へ。

現在の支援総額

330,277円

33%

目標金額は1,000,000円

支援者数

46人

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2026/08/07に募集を開始し、 46人の支援により 330,277円の資金を集め、 2026/09/30に募集を終了しました

比叡山麓の水車が回り田植え唄が響く築120年の屋根に、穴が空いてしまいました。

現在の支援総額

330,277円

33%達成

終了

目標金額1,000,000円

支援者数46人

このプロジェクトは、2026/08/07に募集を開始し、 46人の支援により 330,277円の資金を集め、 2026/09/30に募集を終了しました

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インタビューアー(以下、問):五右衛門メンバーインタビュー第5弾、これが最後になると思いますが、有終の美を飾ってくださるのは映画「ロマ金」こと「ロマンチック金銭感覚」を制作した龍ちゃんまゆちゃんです! 拍手~パチパチ(❛◡❛ノノ"✧)今回はもう僕がインタビューするまでも無いかなと。下手に僕が聴くより、龍ちゃんまゆちゃんにお任せして自由に話してもらう方が良いんじゃないかななんて思ったりしてます。 まゆ(以下、繭)&龍(以下、龍):笑問:五右衛門との出会いとか、なんで五右衛門で映画を撮ることになったんかとか。映画の舞台にもなった五右衛門には、最初から狙って来たのか、それとも五右衛門に来て「ロマ金」の着想を得たのか。五右衛門と『ロマ金』の関係など、僕自身色々知りたいことがあるので、そのあたりお聞きしたいです。 繭:そもそものスタートはタカなんですよ。タカとは大学の同級で、まだ東京に住んでる時に、 タカと大学時代の仲間と京都で飲んでて、その飲み会が終わってタカに「明日何してんの?」って聞いたら、「近所の竹林とか切りに行ったりする」って言うから、「え、何それ、そんなことやってんの?行ってみていい?」って言ったら「いいよー、じゃあ朝10時集合ね」ってことで初めて上高野に降り立ったんですよ。それまでは私も京都出身なのに知らなかった場所で。それでたけちゃんベラさんとかゆきちゃんとか、みんなで竹林を切りに行って、その後ご飯が出てくるなんて思わなくてびっくりしちゃって。ほんと、たけちゃんの持ってる空気感とか、ゆきちゃんとか、初めましてっていう感じがなかったんですよね、なんか。 問:昔どっかで会ってたみたいな。繭:なんでこの人たちこんなに親切っていうか、余所余所しい感じじゃなくて自然体というか、それがすごい居心地が良くて。急に来た私をすぐに受け入れてくれたんですけど。ちょうど東京ですごい疲れてた時で、なんか嬉しかったんですよね、こうやって自然と関われるっていうのが。ご飯したのもすごく楽しくて。近くに水路があって、たけちゃんが「東京でたぶんたくさん電磁波とか溜め込んでると思うから、足こうやって浸けて帰りなー」って言ってくれて。素足になって水路に足つけたら、なんかめっちゃ気持ち良くて。東京には13年ぐらいたんですけど、身近にそういう環境がなかったから、ちょっと感動してしまって。問:東京に住んでたら、まずお外で裸足になるっていうことなんか無いからね。たけちゃんもゆきちゃんも、めっちゃなんか野性味あるというか。僕もゆきちゃんからよく裸足で土の上歩いてアーシングしなって言われる。繭:そういうふうなこと言われたことはあんまりなかったなーと思って。問:僕らも東京で20年住んでたから分かる。東京で裸足で歩いた記憶なんかないけど、こっちは鴨川の河川敷やったらサンダル脱いで裸足で歩いたりとか。東京では考えられないかも。繭:本当にそう。また東京戻ってもそれが自分の記憶からなかなか離れなくて、 たまに思い出してたんだけど、いよいよ京都に戻ろうかって話になって、そっからちょっとまた半年ぐらいあいて、上高野とは別のところに住もうかって話もあったですけど、やっぱりここに来たいってなって思って、龍くんにもちょっとかかわってもらうようになったって感じです。こういうところがあるよーって話になって、 問:じゃ最初はまゆちゃんだけで五右衛門に出会ったわけね。繭:そう。コロナの後すぐぐらいかな。2021年ぐらいだと思うんですけど。最初タカも東京にいたから、結構よく遊んでたんですよ。でタカは早々と私より3年前くらいに帰ってて、面白そうな五右衛門って場所と先に繋がってたタカがきっかけですね。それでその木曜日の里山活動に私も龍蔵も時々参加してたんだけど、五右衛門との関係が1年くらいあった2022年に龍くんが映画作りたいっていう話になって。 ちょうどたけちゃんが作った「ゆいまーる」っていう通貨のようなクーポンのようなものもあるってことで、そういったものの真相(深層?)を自分たちで探ってみようっていう感じで決めていきました。 問:『ロマ金』でいろんな地域通貨の話出てきたけど、たけちゃんの「ゆいまーる」がきっかけだったりするのかな? 龍:五右衛門を映画の舞台にしようって思ったのは「ゆいまーる」がきっかけだけど、地域通貨は僕が高校時代にさかのぼります。問:おおー!そんなに。ってことは五右衛門と出会ったらそこでも「ゆいまーる」っていう地域通貨みたいなもんがあったってことね?龍:そうそう。あれ、こんな近所で地域通貨やってる人いるやん!みたいな。それが面白くて。問:なるほどねー。五右衛門って大自然とかがーつの重要キーワードやと思うんやけど、そういうキーワードが最初からあったわけではない感じ? 龍:いや、でもそこは素晴らしいと思ったし、地域通貨をテーマにした生活を映画の中の描く上で、 五右衛門の活動は必要だったと思います。僕ら東京に10年以上住んでて、五右衛門みたいに毎週木曜日ああいう風みんなでご飯を食べるなんて、なかなか作れないですよね。東京だとたまに友達らとでバーベキューとかするくらいで。五右衛門みたいに毎週毎週集まる暮らしって、すごい豊かだなと思いました。 問:しかも木曜日だけちゃうと火曜日とかもみんな集まってるからね(笑)。平日の昼間から軒下の半野外でご飯食べてビール飲んでとかって、ある意味すごいリッチ。繭:そうですよね、野草とか山菜が採れたとか、柿がもぎ時だとか、お米作ってるよーも、私にとってはすごい珍しいことだったから、近くの田んぼでみんなで田植えして草刈りしたり、共同で色んなことやってんだなーと思って。そんな暮らしが五右衛門のみんなには自然に根付いてて、子供も大人も一緒に自然に触れる機会がたくさんあるっていうのは、すごい良いじゃないですか。お金の関係性とかじゃない、お隣さんとの関係性が。しかもそこに食べ物も自分たちでやってる人多いから、知識の共有とかも結構できるし。単純に自分はすごい癒されたし、映画撮りながらも「やっぱ大事だよね」って言ってました。 問:上高野という、京都の市街地からそんなに離れてないところで、こんなに土に近い生活をしてる大集団があるなんて、ほんまに驚きの現象やと思う。 龍:僕も大学時代に上高野の隣に住んだりしてたんですけど、奥の方に行ったことがなかったですね。花園橋で雰囲気がガラッと変わるんですよね。問:ほんまそう。花園橋から上は雪も多いし雨も多い。だからか虹がめっちゃ出るね。比叡山麓だからかにわか雨が多くて、夕方に霧雨が降って上がったら「あ、これ絶対出るわ」と思ってパッと見上げたら大体虹が架かってる。上高野から岩倉にかけてって虹の街って言えるよ。 龍:でもね、こっちに来る前東京で立ち退きにも遭ってたんですよ。 問:え?立ち退き? 龍:そう(笑)。東京で最後に住んでたところが、もう取り壊すので2021年の8月末までかな、出てってくださいってことで、それで京都に移住しようかって話になって京都に来たって感じ。問:それって絶対に呼ばれて来たんやで!龍:そうかもですね。こっちに引っ越してきて半年ぐらい五右衛門に関わってから映画を撮り始めました。問:なるほど。映画見させてもらったけど、ドキュメンタリーなのかファンタジーなのかジャンル分けできない、クロスオーバー的な作りで、とっても面白かったです。龍:ありがとうございます。でも面白いって意味では五右衛門も。さっきまゆから五右衛門は「江戸時代」ってキーワードが出ました。繭:そう(笑)、江戸時代の暮らしってこんな感じだったのかな、みたいな。名前からして「五右衛門」だし、おくどさんもあるし、火とか木とか井戸まであるし。全てが整ってるじゃないですか。問:五右衛門だけに、五右衛門風呂作ったらええかも知らんね。 龍:そう、インフラが切断されたとしても、五右衛門の近くにいたら安心感がある。井戸から水汲めるし、薪で田んぼからお米持ってきておくどさんで炊けばみんなでご飯いただけるし。問:現代社会で最強の存在やね。どんな災害が起きても五右衛門に関係していれば生き延びられる。繭:ほんとそれ。だから映画の中でも、やっぱり一番価値を感じるのってコミュニティって存在ですよねってことを描きたかった。電子地域通貨やってる人がそれを言った後に自分たちのところに帰るシーンがあるんですけど、いつ帰っても誰かがいるっていう、何気ない日常が実は一番安心っていうことを伝えたかった。みんながそれぞれの地域で、お金だけの関係を超えた暮らしを安心してできる場所を作るのが大事。そういう人々の繋がりを描けたら良いなって思ってました。問:ほんまにね、もし京都で大災害とか起きたら、みんな急に五右衛門に殺到するで、絶対。電気止まったらオール電化の家では料理でけへんし、ガスまで止まったらカセットコンロなんかすぐ売り切れるやろうしね。でも「五右衛門に行ったら全部ある!」って分かったら殺到するよ。間違いない。繭:そう、ここの3升のおくどさんってすごいですよね、一気に何十人分もご飯炊ける。そういう意味でもなくなったらだめな場所ですよね、五右衛門は。問:そんな五右衛門で行われる上映会、今回のクラファンで10人もの方からご支援いただけてます。龍:ほんと有難いです。この場を借りて感謝申し上げます!問:ということで、クラファンで上映会を選択されなかった方も、上映会にはご参加いただけますので、楽しみにしてください。繭&龍:オンラインも同時にやるハイブリッド形式ですので、多くの方々のお越しをお待ちしております♬問:今日はお忙しい中ありがとうございました。繭&龍:ありがとうございました。


インタビューアー(以下、Q):五右衛門メンバーインタビュー第4弾、今日のゲストはいずみさんです! 拍手~パチパチ(❛◡❛ノノ"✧)今日はとても楽しみにしてました。僕にとって実はいずみさんが五右衛門を象徴するキャラで、京大出身でバンドのドラマーで、かつお仕事しながら田畑をめっちゃやってらっしゃったり、すごい多彩な才能が詰まってて、かつ土に近いくらしを実践してらっしゃる。でも五右衛門ってなんとなく人が集まってきて出たり入ったりするから、こうやってサシでじっくりお話を聞いたことがないんですよね。いずみさん(以下、I):そうですね、五右衛門って気づくと新しい人が居て、途中で引っ越したりしてもまた戻ってきたりが多いですね。Q:僕の中ではいずみさんが五右衛門の農業のリーダーってイメージですし、五右衛門だけじゃなくてかなり手広くやってらっしゃいますよね。I:農業って言ってもいろんなやり方があるじゃないですか。自然農、肥料を入れる、入れないとか。そこはなんか音楽にハマる面白さとそんなに変わらなくて。何箇所かでそうやって田んぼとか畑とかやっていて、五右衛門はその一つの場所です。五右衛門の田んぼは住宅街の中にあるんで、地元の人たちとの交流がすごくあって、他の場所は孤独ですけど、その街と自然の境目みたいなところでやらせてもらう良さを、やっていてすごい感じます。今も僕らの周りで田んぼがどんどん住宅地に変わっていくのをよく目にするんですけど、五右衛門の田んぼは、まさにそんな住宅街の中にある残された田んぼでもある。こっちの農作業も見てもらえるし、声をかけていただける。子供たちもふぁーっと気軽に遊びに来るし、田んぼをしながら地域交流できるのが僕の中ではものすごく楽しいところです。Q:田んぼが地域の方との交流にもつながっているんですね。田んぼと出会う前は、大原で畑をされてたと聞きましたが。I:ドラムを叩くために借りてた場所で大家さんが畑を持ってたんで、ちょっと興味を持ってやってみたっていう感じですね。Q:ドラム?! 音楽が農業を始めるきっかけになったんですね、面白い!I:そうですね。そっからは結構絶え間なく、その場所も今もまだ借りてやらせてもらってます。もう、そこに親しんでかれこれ15年くらいたちますね。その過程で亀岡ので田んぼを始めることが出来たりとか。絶え間なくちゃんとやってたわけじゃないんですけどね。くらしごとの田んぼは初期メンバーのだいちゃんとやよいちゃんが始めてはったのを、僕が受け継いだ形ですね。Q:いずみさんは初期メンバーですよね?ずっと聞きたかったんですが、五右衛門の誕生秘話を知ってたら教えてください。I :僕たちは五右衛門でくらしごとが誕生した時にたまたま近所に引っ越してきて、しばらくしてから合流したんです。五右衛門の近所にいた人たちとちょっと知り合いだったから「この場所いいな」と思ってました。でも立ち上げには関わってないんですよ。本当に偶然というかラッキーなところもあって。近所で「なんか面白い人たちがいるな」と眺めながら、どこに境目があったのか分かんないような感じで仲良くさせてもらっていきましたね。あと、僕ら夫婦の中では、子供が小さい時に五右衛門のような場所があって助かったっていうのがすごく大きかったんです。Q:五右衛門は子育て中の仲間もたくさんいますよね。I:はい。近くで同じように小っちゃい子供がいる仲間達になんか困った事があった時に相談に乗ってもらえたとか、核家族で子育てをするっていうところから、助けてもらったっていう感じがすごくありますね。自主保育とか子供達の集まりなんかもやってはったと思います。すごいありがたいコミュニティです。最初は自分のなんかやれる事をやりたくてそこに入った感じではなくて、近所に面白い人たちがいて何気なく集まってご飯食べたりだとか、誰かの何かがあるからみんなでお祝いしようとかね、何か作ったよとか、まあ、ほんまにそういう些細な事が全部くらしごとなんだなと感じます。だから「こういう活動をしてました」みたいに言えるような感じでもないのかもしれないです(笑)。Q:僕の中でいずみさんって、大原と上高野だけじゃなくて岩倉のわくせいの奥でも田んぼやって、亀岡まで行ってって、農業にめちゃめちゃどっぷりハマってる、というイメージなんですけど、元々じゃなかったなんて意外です。しかもドラム叩く場所からつながっていったっていう(笑)。I:そうですね、それまでは全然農業に関係する何かがあったわけでは全くなかったんです。Q:僕は自分のインタビューにも書いたんですけど、小さい時堺でめちゃめちゃ身の回りに公害があって、小っちゃい時から環境問題への意識がすごい自分の中にあったんですけど、環境問題やオーガニックに興味あるのは女性がほとんどで、環境問題に興味のある男性は本当に身近にいないので、いずみさんがこの環境とかオーガニックを始めるようになったきっかけにとても興味があります。I:僕は、一番まずシンプルに最初に野菜作ってた時にあっという間にもうめちゃくちゃ虫に食われたんですよね。なんか、もう骨だけみたいになって。そこから好奇心というか疑問が、「あれ?じゃあなんでスーパーで売ってる野菜はあんなに虫喰いがないんだ?」とか、いろんな育て方によって変わってくるんだ、みたいな事が純粋に面白かったですね。あとやっぱり東日本大震災がすごく大きかったですね、自分の中では。野菜の作り方一つ取ってももっと色んなやり方があるのに、世の中の自然に対するかかわり方も、そういうふうに見ていくと「なんで?」って疑問がうまれて。畑とか自然が相手だと、人間には関係ないところで自然の答えがパーンと出てくるっていうのがまた良くて。純粋に好奇心からってのも大きいです。Q:3.11の前は、関東の方に住んでたんですか?I: 地元は関東なんですけど、 学生の時からずっと京都に住んでます。3.11があって食の話と環境の話だけじゃなくて、いろんな世の中に対しての見方とかアプローチとかすごくターニングポイントだったんですよね。原発も絡んだ色んなことが。五右衛門周りにも同じような考えの人たちが多いですし、3.11で、移住した人とかも。Q:ウチもまさに同じで、移住組です。3.11の時にちょうど東京に居て子供がまだ1歳だったんで、放射能汚染がちょっと心配で。関東に居るとどうしても関東の野菜が多くて、食べ物に気を遣わざる得なかった。I:移住組はいっぱいいますよね。Q:いずみさんは五右衛門で田んぼとか色々一生懸命やってくれてはりますけど、もっとこんな事これからやってみたいとかありますか。I:僕は今のこの田畑をやらせてもらう喜びがあって、この田畑をちゃんと生き生きとさせて、そこで作物も取る。僕もいつまでも耕せるわけじゃないので次の人に渡せたらという思いがすごくあります。自分が今こうやって田畑に関わっていて、最近やっぱり「この先の日本の田畑がどうなっていくんだろう」ってことを良く考えます。確実なこととして、もう耕す人がいなくなるだろうと。その中で別にそのプロとしてでもなく、農業にハマって楽しんでやっていく人が一人でも多く増えればいいなと、すごく思ってます。そういう人がもしいたら全力でサポートしたいなと思っていて、今年も2人ほど田んぼ始めた友人がいるんですけど、そういう活動の拠点として五右衛門があったらいいなと思っています。あと、田んぼっていざやり始めてみると、籾すりって収穫した後の困る段階の処理があるんですよ。その機械が今五右衛門に置いてあるんで、米作りしてる人が籾すりしに来れるライスセンター作業場みたいな拠点づくりを強化していきたいって考えもあります。Q:いいですね。I:みんなが気軽に、お米とかをちょっとやってみたい人が始められて、で、始めたからにはしっかり収穫して、お米に変えるための作業、機械作業とかを、五右衛門の場所で提供できたらいいな、と思ってます。Q:なるほど、そういった考えの転換のきっかけみたいなのがあったんでしょうか?I:そうですね、例えば原子力で言うと、人間がより豊かな生活を手に入れようと夢見たけど、夢破れた、みたいになってるんじゃないか、エネルギーを大量に生み出すけどその分もっとお金を使うハメになってる、そういう方向に向かっていってるように思うんですよね。本当に持続可能ってことを考えたら石油とかの地下資源だって無限には無いから、結局僕たちが使っていいエネルギーって太陽からのエネルギーだけだと僕は思うんですけど、太陽から得れる一番のものが農業なので、農業をやる人がもっと増えると良いな、というのが3.11後の自分の中での大きな転換ですね。このやり方が今までやってきたことだし、この先も一番確実なやり方なのに、エネルギーとかお金とかを言いながら農業は疎かにしてきてるっていうのが、今の世の中の何かを象徴してる。農業をやる人が増えることが、世の中が良くなる一番の基礎になると思ってます。Q:そうですよね、いずみさんもお仕事されながらこんなに手広く農業できてるんですもんね。いずみさんご自身が、仕事しながらも農業しっかりできるよっていう、何よりの証左ですよね。I:やってみるとすごい楽しいから僕はやっていて、きっと他にもやってみると僕みたいに楽しいって感じる人がたくさんいるはずなんですよね。逆にこのまま耕す人が減って行ってしまうと、マネーの力ではどうしようもできなくなるので、こっちの道もあるし楽しんだよっていう一つの証明になればという思いもあります。Q:ほんとそうですよね、今日はお時間も長くなりすぎたんで、これくらいにしようと思いますが、お仕事しながらでもここまで手広く農業ができてるいずみさんの姿を見て、ちょっと自分もやってみようかなって刺激になりました。今度田畑に遊びに行きますんで、またゆっくりお話しお聞かせください。今日は長いお時間ありがとうございました。I:ありがとうございました。


くらしごと五右衛門の敷地の中に、小さな「上高野こども文庫」があります。この文庫ができたのは、今から40年ほど前のことだそうです。当時は、子どもたちだけで市営図書館まで行くには少し遠く、道中も心配でした。そこで、地域のお母さんたちが「子どもたちの身近なところに本を置いてあげたい」と、市営図書館から数か月ごとにたくさんの本を借り、地域の子どもたちが本に親しめる場所をつくりました。そんなお母さんたちの思いから始まった文庫です。私たちが関わるようになってからも、文庫では、本を読むことを入り口に、いろいろなことをしてきました。春には野原へよもぎを摘みに行き、絵本『よもぎだんご』を見ながらお団子をこねました。鯉のぼりを出す日には、大きな鯉の口から子どもたちが「行ってきまーす」と入り、尾びれからモソモソと出てきて、大笑いしました。七夕には笹を飾って絵本を読み、庭にゴザを敷いて紙芝居をしたこともあります。お正月には、五右衛門の田んぼで育てたもち米を、おくどさんで炊いて餅つき。本のそばに、畑があり、火があり、食べることがあり、遊ぶことがある。気がつけば、文庫の活動は、五右衛門の暮らしの中へ広がっていました。子どもたちの「やってみたい」から始まった「人と自然の友の輪大作戦プロジェクト」では、「野草使いクラブ」も開きました。よもぎを摘み、よもぎ酵母を育ててパンを焼いたり、セイタカアワダチソウやマリーゴールドで布や毛糸を染めたり。お昼には、子どもたちだけでおくどさんに薪をくべ、ご飯を炊いたこともあります。大人は心配しながら後ろで見ていましたが、炊き上がったご飯はふっくら。子どもたちは「最高においしい!」と満足そうでした。そういう時、大人が教えているつもりで、実は大人の方が子どもたちに教えてもらっているのだな、と思います。野草使いの活動をもとに、みんなで紙芝居もつくりました。プロジェクトリーダーの中学生を中心に、何人もの子どもが絵を描き、色を塗りました。それぞれが思い思いの色を使うので、出来上がりは少しばらばら。でも、「みんなのストーリーだから、これでいいんだよね」という言葉がありました。夏から秋の野草を描いた紙芝居は完成しました。次は、冬から春の上高野を歩きながら、どんな草や花に出会えるのか探して、また続きをつくれたらと思っています。文庫のそばには、子どもたちが「食べてみたい」「使ってみたい」ものを育ててきた「マジックガーデン」もあります。じゃがいもを掘ったり、ブラックベリーを食べたり、育てたマリーゴールドを草木染めに使ったり。今はハチ箱も置かれています。季節が巡ると花が咲き、虫がやってきて、野菜が実る。そんな小さな変化を、子どもたちと一緒に眺められる場所になっています。文庫の活動も、ずっと同じように続いてきたわけではありません。人手が少なくなったり、メンバーが遠くへ引っ越したり、海外へ移住したり。みんなの暮らしが変わる中で、活動がゆっくりになる時期もありました。形を変えながらも、この場所ならではの時間やつながりは続いています。40年前のお母さんたちが「子どもたちの近くに、本のある場所を」と始めた文庫。その思いを私たちが受け取り、また次のお母さんたちへ、そして子どもたちへ、ゆっくり手渡していけたらと思っています。本を読んでもいいし、畑に行ってもいい。縁側でおしゃべりしてもいいし、「こんなことやってみたい」と誰かに言ってみてもいい。五右衛門に、これからもそんな余白が残っていたらいいなと思います。今回のクラウドファンディングは、くらしごと五右衛門という場所を、これから先にもつないでいくために行われています。この小さな文庫も、五右衛門で育ってきたたくさんの「くらしごと」のひとつです。またここで、子どもたちやお母さんたちと、どんなことが始まるでしょう。そんな続きを一緒に見守っていただけたらうれしいです。そして、よろしければ、クラウドファンディングへのご支援、応援をどうぞよろしくお願いいたします。


インタビュアー(以下、Q):五右衛門メンバーインタビュー、第3弾のゲストは、ともこさんです!まずは簡単な自己紹介の方からお願いいたします。  ともこさん(以下、T):普段は普通に小学生の子供の母親なんですけど、仕事としては絵を描く活動をしていて、その一環でこけしやマトリョーシカの絵付けもやっていたりします。  Q:趣味ではなく、お仕事としてされているということですね。  T:そうですね、一応。  Q:こけしとかマトリョーシカ?  T:販売をしています。  Q:人形に絵をつけるのが得意分野ということですか。  T:白木を取り寄せて絵だけ付けている感じです。  Q:面白いですね。人形ではなくキャンバスに描くのもやっていらっしゃるんですか?  T:絵画がメインでやっています。その絵画を地続きな感じでキャンバスが人形に、画材が変わるイメージです。  Q:そんな方が五右衛門にいるなんて、知りませんでした!五右衛門は本当に多彩な才能の宝庫ですね。そんな五右衛門とはどうやって出会われたんでしょうか?  T:エコちゃんという方が五右衛門で「ひなたぼっこ」という自主保育を企画・実践されてて、そこに声をかけていただいて。自分の子供もそのときちょうど1歳くらいで、大体その1歳くらいの子どもを持つお母さんたち10人くらいで集まって、五右衛門の近くの畑を子供と一緒に耕したり、集まってお話ししたりみたいなことをきっかけに五右衛門を知りました。  Q:五右衛門のメンバーだったエコちゃんを通じて五右衛門と出会われたんですね。T:そのときまだ私は五右衛門のメンバーにはなってなくて。  Q:いつ頃から五右衛門の活動を?  T:五右衛門の制度が変わったタイミング、畑を始めた頃なので7年前ですかね。畑を借りたくてメンバーになったんです。コロナ禍で子供をもっと外で遊ばせたり発散させたりしてあげたいなと思ったのがきっかけでした。社会が不安定だったので自分で食べるものを作ったりしたら安心・安定するかなというのもあって、畑を借りたのがきっかけですね。  Q:僕と似ていますね。僕は3.11のとき東京の高層マンションに住んでいて、コンビニとかから食べ物が全部消え去っていたのを目撃した直後に、八王子の妻の実家に行ってみると周りに田畑がたくさんあるから「ここだったら食べ物あるわ」と思ったことがあります。T:同じですね。割とそういう人多いですね。  Q:五右衛門でやっていらっしゃる活動というと田畑関係ですか?  T:畑ですね。「比叡山畑」と呼ばれている、五右衛門の向かいではなくもう少し道を登ったところにある、みんなが稲刈りする田んぼの隣の畑です。大体6人くらいでやっている畑なんですけど。  Q:田んぼではなく畑の方をやっていらっしゃるんですね。  T:1人1畝借りてみたいな感じで。Q:通年でやっていらっしゃるんですね。  T:みんな各自自由で、共同でやることはなく、草刈りのときくらいは共同でやることもありますけど、基本的には個人でやるというスタンスですね、田んぼとは違って。Q:今は畑を中心に活動してらっしゃるということですが、五右衛門で他にもこんなことやってみたいとか、やってあげられるみたいなものがあったら教えていただけますか? T:ちょっと出遅れたんですけど、クラウドファンディングのリターンとかで、五右衛門でこけしの似顔絵を描くとかはやりたいなと今日思いつきました。  Q:他の場所でこけしの似顔絵とかマトリョーシカ似顔絵みたいなのはやっていらっしゃるんですか?  T:似顔絵はやってないんです。  Q:似顔絵はやってない?! T:いいかなと思って。やるんだとしたら、五右衛門のクラファンでしかやらないって決めてます。  Q:五右衛門クラファン限定ですか!  T:すぐに色々感化されちゃって自分の描きたいものを見失っちゃうので、普段はオーダーも受けていなくて。絵画でも前と同じやつを描いてほしいという依頼も全部断っていて、自分でイメージしたものだけを個展や自分のオンラインショップで販売する形だけをとっているんです。Q:個展もやってらっしゃるんですか?T:はい、年に1回くらいのペースで。Q:では今度是非見に行かせていただきます!オンラインショップも拝見したいです。T:クラウドファンディングのリターンとなった場合に、一方的に私が絵を渡すものよりは、寄付してくださる方とちょっと交流があったり、その方に感謝の気持ちを寄せたいのもあって、似顔絵が良いかなと思って。得意ではないし上手くできない可能性もあるんですけど、それをチャレンジしたいかなという風には思いました。意味があるかなって。いつものこけしだったらオンラインショップでも買えるけど、似顔絵ってやってないから、それだったら普段私のこけしを買ってくださる人も試してくれるかなと思って。  Q:それはめちゃめちゃスペシャル感のあるレアなリターン、今回はできなくてもったいないですね。プレミアム付きのリターンになったはずです。  T:本当は五右衛門と絡めたいんで、竹林が整備されているからそこで取れた木とかを彫ってそのこけしでとかが良いんですけど、それはちょっと難しいんで、せめて五右衛門で描きますとか。遠方の人だったらZoomとかになるかも知れないですけど。Q:もし良ければ今度「五右衛門マルシェ」やクラファン第2弾をやることがあれば、ぜひお願いしたいです。  T:機会があれば。 Q:そこまで五右衛門のことを想ってくださる理由というか、五右衛門の素晴らしいところってどんなところと言えますでしょうか?  T:最低限「火の元」みたいな決まりごとはありますけど、誰かに役割が無理やり押し当てられていることはない中で、みんな結構自主的に自分ができることをやってるところかなって思いますね。部活動とかとは全然違う、サークルとかとも違う、本当に善意だけで動いているし。たまたまこんな良い人ばかりが集まっていてすごいなっていつも思いますね。Q:僕も言い出しっぺでクラファンやってるんですけど、ふわっとした感じで始まって、ふわっとした感じでみんな活動報告書いてくれたりして、みんながそれぞれできることを持ち寄って善意だけで回ってるというのは本当にそうだと思います。では最後になりますが、ともこさんにとって五右衛門とはなんでしょうか? T:全然活動参加できてないけど、でも故郷(ふるさと)みたいな感じがあるんで、あそこがなくなるってなったら帰るところがなくなるといった寂しさがありますよね。守りたいというか、自分の帰るところでもあり、みんなの帰るところでもある。単にたまり場という意味ではなくて、五右衛門自体が1つの思想みたいなもので、本当に心の寄りどころだと言えます。単なる建物という意味の場所ではない感じがありますね。  Q:「五右衛門自体が1つの思想」というのは言い得て妙ですね。「ただいま」って言ったらいつでも「お帰り」って言ってくれる場所だ、ってことは、第1弾のゆきちゃんも言ってましたけど、そんな場所ですね。  T:そうなんですよ。 Q:もっとお話し伺いたいところですが、次のご予定がおありとのことで、今日はお忙しい中、ありがとうございました。今度五右衛門限定のこけし似顔絵、楽しみにしてます! T:ありがとうございます。


こんにちは、くらしごとメンバーのらぁです。私はくらしごとが立ち上がった2年目にメンバーになり11年くらいになります。大きなきっかけは、2011.3.11 東日本大震災かもしれません。ノホホンと暮らしていた生活から、危機的状況を自分たちで動く生活に変わっていきました。3.11のあと社会が混乱している中、京都のAUXというファンクバンドがオキュパイ西部講堂というイベントを開催し、私は初めて出店をして、畑に引っ掛かった鹿肉を料理しました。そのイベントのメッセージは「とりあえず寄り合いみんなで生きていこう」というものだったと思います。同時期、京都でも放射能から子どもを守るママパパの会が発足し、私も「ママパパフード」という、食品会社に電話をして放射能検査の実施を調べるグループを立ち上げていきました。その中で、福島からの避難者や、東京から自主避難で京都に来た人達と友達になったり、その友達やパートナーやミュージシャンが保養キャンプを立ち上げたりで、私も子どもを抱えながら何かと活動をしていました。そして、自主避難のお母さんたちなどが子育てグループをしている会につながったことがきっかけで、大原から上高野に引っ越し、「くらしごと」につながりました。くらしごとの立ち上げメンバーも自主避難者がいました。「なんか、この社会オカシイぞ」と気付いた人がいるところに居心地の良さがあったのかもしれません。他にも、大原で既に始めていた農的生活や、DIYで場を作る事、技術や伝統を共有していく暮らしにどんどんのめり込んで行きました。そして何より、くらしごとの拠点である五右衛門という名の古民家には大きなおくどさんがありました。そのおくどさんで3升のご飯を炊き、座敷で30人くらいでご飯を「いただきます!」をする姿に震えてしまい、気づいたら、かまどが可愛くて仕方ない、沢山の胃袋が満ちていく姿に毎回キュンキュンしてしまい、メンバーとして奮闘するようになっていました。五右衛門での私の活動は、マルシェ、子ども食堂、講演会、落語会、哲学カフェ、色々な勉強会、料理教室などイベント持ち込みのサポート、サステナブルな活動、失敗してるが養蜂、連絡、広報、畑、ご飯炊き役などをしてきています。近年は、田植え唄作りや、五右衛門の唄に振り付けをつけて、近くの神社で盆踊り開催しました。以前から、盆踊りがしたいなぁと思っていましたが、やりたい!やろう!という運営メンバーのチカラで実際立ち上がったことは、ほんとに夢のようです。日頃は何しているのかというと、仕事がない日はほぼ畑作業、五右衛門まわりの草刈りに没頭しています。大家さんから話しが振られた家が建たない宅地をゲリラ畑にしたり、カッコいい名前ですが、土作りに3年かけてもまだ砂利やガラスなどで手こずっています。しかし、畑も、草刈りも、仕事である料理も、そこにある空間を、自然の生き物たちとコラボして創作する事に芸術活動的な喜びがあり、続けるなかで沢山の虫や植物との関係が進んでいると思います。こんな基本的に一人遊びが楽しいタイプが、コミュニティの運営に長く居るわけですから、ホントは向いてないのかもしれません(笑)。沢山失敗もさせてもらったおかげだと認識しています。で、五右衛門で何がしたいのですか?と言われたら、みんなで時々「いただきます!」をすること、自然の生き物と人との共有がいい感じに続くこと、その営みの為にやれることをしていけたら嬉しいです。私のような性格でも、この関わった11年を越えて、「みんな」という存在は、勿論入れ替わり立ち替わりしてるのに、「仲間」だと思えるようになりました。仲間だからと、特別何かが出来るとかじゃないかもですが、、メンバーで子どもが生まれたら「産後ごはん」と言って、一カ月くらい持ち回りでおかずを届けたり、体調壊したとなると、なんやかんや持ってきてくれる人が近くにいたり、、そんな事の積み重ねか、メンバーの子たちもこの11年で2〜3倍になっていきました。今では座敷に座る姿は子たちの方が場所を取ることも多々あり、その背中も見るたび大きくなっていき、うれしい気持ちが溢れています。五右衛門で育った子たちも、マルシェや夏祭りに積極的に参加したり、第二の家的に居場所として過ごしています。経済成長の真っ只中で核家族がビチッと嵌った時代はもう終わり?いや元々、人は簡単に区切りられるものではないのだと思いますが、、1人じゃあツライんだわ、悶々して困ってるんだわ、と漏らしたらちょっと楽になってるって、、、実は大きな事だったりします。コロ助、ハットリくん、ドラえもん、家族+が風穴になり弱さが救われているのはご存知の通り。困ったとき、悩んだとき、漏れだせる場がある事の良さを尊敬する藤原辰史さんもおっしゃっています。締めくくりがおかしくなりましたが、そんなドラえもん的コミュニティとして、くらしごと五右衛門がこれからも存続する為に、御心寄せもお待ちしています。いつもありがとうございます。くらしごとメンバー(らぁ)


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