比叡山麓の水車が回り田植え唄が響く築120年の屋根に、穴が空いてしまいました。

日本の原風景を守りたい。「くらし」が「しごと」になる古民家コミュニティの屋根修理を最優先に、つながりの拠点を次世代へ。

もうすぐ
終了

現在の支援総額

221,000円

22%

目標金額は1,000,000円

支援者数

36人

24時間以内に3人からの支援がありました

募集終了まで残り

1日

比叡山麓の水車が回り田植え唄が響く築120年の屋根に、穴が空いてしまいました。

もうすぐ
終了

現在の支援総額

221,000円

22%達成

あと 1日

目標金額1,000,000円

支援者数36人

日本の原風景を守りたい。「くらし」が「しごと」になる古民家コミュニティの屋根修理を最優先に、つながりの拠点を次世代へ。

こんにちは、くらしごとメンバーのらぁです。

私はくらしごとが立ち上がった2年目にメンバーになり11年くらいになります。

大きなきっかけは、2011.3.11 東日本大震災かもしれません。

ノホホンと暮らしていた生活から、危機的状況を自分たちで動く生活に変わっていきました。

3.11のあと社会が混乱している中、京都のAUXというファンクバンドがオキュパイ西部講堂というイベントを開催し、私は初めて出店をして、畑に引っ掛かった鹿肉を料理しました。

そのイベントのメッセージは「とりあえず寄り合いみんなで生きていこう」というものだったと思います。

同時期、京都でも放射能から子どもを守るママパパの会が発足し、私も「ママパパフード」という、食品会社に電話をして放射能検査の実施を調べるグループを立ち上げていきました。

その中で、福島からの避難者や、東京から自主避難で京都に来た人達と友達になったり、その友達やパートナーやミュージシャンが保養キャンプを立ち上げたりで、私も子どもを抱えながら何かと活動をしていました。

そして、自主避難のお母さんたちなどが子育てグループをしている会につながったことがきっかけで、大原から上高野に引っ越し、「くらしごと」につながりました。

くらしごとの立ち上げメンバーも自主避難者がいました。

「なんか、この社会オカシイぞ」と気付いた人がいるところに居心地の良さがあったのかもしれません。

他にも、大原で既に始めていた農的生活や、DIYで場を作る事、技術や伝統を共有していく暮らしにどんどんのめり込んで行きました。

そして何より、くらしごとの拠点である五右衛門という名の古民家には大きなおくどさんがありました。

そのおくどさんで3升のご飯を炊き、座敷で30人くらいでご飯を「いただきます!」をする姿に震えてしまい、気づいたら、かまどが可愛くて仕方ない、沢山の胃袋が満ちていく姿に毎回キュンキュンしてしまい、メンバーとして奮闘するようになっていました。

五右衛門での私の活動は、マルシェ、子ども食堂、講演会、落語会、哲学カフェ、色々な勉強会、料理教室などイベント持ち込みのサポート、サステナブルな活動、失敗してるが養蜂、連絡、広報、畑、ご飯炊き役などをしてきています。

近年は、田植え唄作りや、五右衛門の唄に振り付けをつけて、近くの神社で盆踊り開催しました。

以前から、盆踊りがしたいなぁと思っていましたが、やりたい!やろう!という運営メンバーのチカラで実際立ち上がったことは、ほんとに夢のようです。

日頃は何しているのかというと、仕事がない日はほぼ畑作業、五右衛門まわりの草刈りに没頭しています。

大家さんから話しが振られた家が建たない宅地をゲリラ畑にしたり、カッコいい名前ですが、土作りに3年かけてもまだ砂利やガラスなどで手こずっています。

しかし、畑も、草刈りも、仕事である料理も、そこにある空間を、自然の生き物たちとコラボして創作する事に芸術活動的な喜びがあり、続けるなかで沢山の虫や植物との関係が進んでいると思います。

こんな基本的に一人遊びが楽しいタイプが、コミュニティの運営に長く居るわけですから、ホントは向いてないのかもしれません(笑)。

沢山失敗もさせてもらったおかげだと認識しています。

で、五右衛門で何がしたいのですか?と言われたら、みんなで時々「いただきます!」をすること、自然の生き物と人との共有がいい感じに続くこと、その営みの為にやれることをしていけたら嬉しいです。

私のような性格でも、この関わった11年を越えて、「みんな」という存在は、勿論入れ替わり立ち替わりしてるのに、「仲間」だと思えるようになりました。

仲間だからと、特別何かが出来るとかじゃないかもですが、、メンバーで子どもが生まれたら「産後ごはん」と言って、一カ月くらい持ち回りでおかずを届けたり、体調壊したとなると、なんやかんや持ってきてくれる人が近くにいたり、、そんな事の積み重ねか、メンバーの子たちもこの11年で2〜3倍になっていきました。

今では座敷に座る姿は子たちの方が場所を取ることも多々あり、その背中も見るたび大きくなっていき、うれしい気持ちが溢れています。

五右衛門で育った子たちも、マルシェや夏祭りに積極的に参加したり、第二の家的に居場所として過ごしています。

経済成長の真っ只中で核家族がビチッと嵌った時代はもう終わり?

いや元々、人は簡単に区切りられるものではないのだと思いますが、、1人じゃあツライんだわ、悶々して困ってるんだわ、と漏らしたらちょっと楽になってるって、、、実は大きな事だったりします。

コロ助、ハットリくん、ドラえもん、家族+が風穴になり弱さが救われているのはご存知の通り。

困ったとき、悩んだとき、漏れだせる場がある事の良さを尊敬する藤原辰史さんもおっしゃっています。

締めくくりがおかしくなりましたが、そんなドラえもん的コミュニティとして、くらしごと五右衛門がこれからも存続する為に、御心寄せもお待ちしています。

いつもありがとうございます。


くらしごとメンバー(らぁ)

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