
丹波国際映画祭もいよいよ2週目に突入!そこに盟友、山賀博之監督が駆けつけてくれました。実は僕近兼拓史にとって、山賀監督は若き日に強烈な挫折感を与えられた巨大すぎる天才。天敵のような存在でした(笑)。今から40数年前、僕は大学生時代に「将来は映画監督になりたい」と思っていました。恥ずかしながら、多少の自信は持っていたかも知れません。そんな時に同い年の山賀博之なる大学生が「王立宇宙軍オネアミスの翼」という超弩級のアニメ作品を監督し全国劇場上映し世界から絶賛されてしまいます。
「こりゃダメだ!映画監督になる人って、こんなにずば抜けた才能と力を持ってるんだ」と、当時は底なし沼に突き落とされたほど凹みました(笑)。音楽:坂本龍一、企画:岡田斗司夫、キャラクターデザイン・作画監督:貞本義行、作画監督:庵野秀明etc。制作費8億円。同じ道を目指す大学生にこんなことをされてしまうともうお手上げです。一分の言い訳する隙もない完全敗北の無条件降伏でした。
潔く映画の道は諦めてと思っても、ラジオやテレビ、プロモーションビデオetc。気がついたら、ジリジリと自分の仕事がその方向に近づいている。
「あんな天才じゃなくても、やりたいなら映画を作ってもいいじゃん!」と、自分を納得させるのに20年以上かかりました。本当に人の人生を狂わせた罪な人です。以来溜まりに溜まったエネルギーを爆発させるかのように、10年の間に5本の劇場公開映画を作り、2軒の映画館をオープンさせることになります。
やっと山賀コンプレックスから解放され、普通に話せる友達になれたのは、圧倒的な敗北感を味わった日から25年も経ってからということになります。考えてみれば、この強烈な経験がなければ、自分が映画監督になることも映画館を作ることもなかったかも知れません。となると、「ヱビスシネマ。」ができたのも、今回の「ピッコロヱビス。」ができるのも山賀さんのおかげと言えないこともないかも知れません。
天才肌の人間や芸術家は、とかく凡人には理解されずトラブルとなることも多々あるでしょう。ご多分に漏れず、山賀監督もなかなか難しい一筋縄では行かない人物ですが、僕にとっては、今に至るルートの原点を作ってくれた人。として感謝の気持ちを持っておつきあいさせていただいています。
そして、アッと言う間にクラウドの残り時間が2週間を切りました!ぜひぜひ皆さん拡散応援のほどよろしくお願いします。こんなトークライブも劇場があるからこそできること!西宮のピッコロヱビスで、上映やアフターのトークライブができる日を楽しみにしています!



