
40周年記念誌の制作に向けたクラウドファンディングは、目標金額を達成しました。
たくさんのご支援、本当にありがとうございます。
現在は、より充実した一冊を目指して、引き続きご支援をお願いしております。
クラウドファンディング終了まで、あと3日。
第15回は、
「森づくりのそばに、いつもいてくれた人。」
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2010年、飛生芸術祭を訪れたキヨさんこと、川上清泰さん。
翌2011年、森づくりを始める前に、国松希根太がキヨさんのもとを訪ねました。
「森づくりをやりたい。学校林が荒れ果てている。どうしたらいいですか?」
キヨさんは、
「一度、見に行こう」
と飛生へやってきました。
そこから、長い関わりが始まります。
白老で森や川など、自然環境に関わる活動を続けてきたキヨさん。
初めて飛生の森を見たときは、校舎のまわりは整備されているけれど、森には枯れた木や倒れた木が多いと感じたそうです。
そして始まった森づくり。
当時のことを、キヨさんは笑いながら話していました。
「みんな若かった。この若者たちは何ができるんだろうって不安はあったよ。事故だけは起こしたくないなって。」
それでも、みんな文句も言わず、音を上げずに作業する。
「これなら、なんとかなるかな」
と思ったといいます。
それからキヨさんは、森づくりのそばにいつもいてくれました。
森のことを僕らよりずっとよく知っていて、僕らを導いてくれる賢者のようでもあり、誰より無邪気な少年のようでもあった。
いつも同じ森にいて、同じように面白がっていた。
キヨさんは、仲間そのものでした。
キヨさんにとって、飛生でやっていたことは「森をつくる」ことではなく、自然との関わりを考えることでした。
飛生の森は、小さな場所にたくさんの木が生えています。
木々は競い合うように上へ伸び、やがて次の世代へと更新されていく。
2018年に《Tupiu NEST》のある木が倒れたことも、木や森との関係を改めて考える出来事になりました。
自然相手に、ひとつの正解はありません。
人間は歩いて場所を変えられるけれど、木々は歩くことができない。
だからこそ、人間が木々の関係を見ながら、どう関わるのかを考える。
キヨさんは、そんなふうに森を見ていました。
そして、こんなことも話していました。
「飛生に参加して、自分の人生も変わったと思う。でも飛生も変わった。みんな一緒に変わった気がする。」
ここまで深く関わるとは思っていなかった。
「別に芸術家でもなんでもないから」と笑いながら、それでも時間もお金も費やしてしまうくらい、飛生は楽しい場所だったといいます。
木も世代交代していく。
人間もまた世代交代してほしい。
それが自然なんじゃないか。
そして最後に、キヨさんはこんなことを話していました。
「自然相手って、正解はない。いろんなやり方があっていい。
ひとつでもふたつでも、木々の想いみたいなものをつかみとれるか。
そういう人たちの集まりであってほしいな。」
森づくりのそばに、いつもいてくれたキヨさん。
今回の40周年記念誌では、こうした出来事や写真、関わってきた人たちの声を一冊にまとめます。
より充実した一冊にしていくために、クラウドファンディングでは引き続きご支援をお願いしております。



