飛生の森と校舎の40年。変わり続けた場所の、これまでとこれからを一冊に

1986年、廃校となった旧飛生小学校をアーティストたちが共同アトリエとして使い始めて40年。森づくり、芸術祭や祝祭、人との出会い、地域との交流を重ねながら姿を変えてきた飛生。その歩みをたどり、現在のメンバーや新たに加わった若い世代の声とともに、これからを考える一冊をつくります。

現在の支援総額

568,300

113%

目標金額は500,000円

支援者数

53

24時間以内に9人からの支援がありました

募集終了まで残り

8

飛生の森と校舎の40年。変わり続けた場所の、これまでとこれからを一冊に

現在の支援総額

568,300

113%達成

あと 8

目標金額500,000

支援者数53

1986年、廃校となった旧飛生小学校をアーティストたちが共同アトリエとして使い始めて40年。森づくり、芸術祭や祝祭、人との出会い、地域との交流を重ねながら姿を変えてきた飛生。その歩みをたどり、現在のメンバーや新たに加わった若い世代の声とともに、これからを考える一冊をつくります。

40周年記念誌の制作に向けたクラウドファンディングも残り9日。現在、達成率は86%。45人の方からご支援をいただいています。第9回は、宇佐美祥子さんのお話。「飛生を見つめ、外へひらいた人」です。______飛生アートコミュニティーの40年を振り返っていると、その時々で、この場所に新しい視点を持ち込んでくれた人たちがいました。宇佐美祥子さんも、そんな一人です。祥子さんは飛生の主要メンバーとして、芸術祭やさまざまなプロジェクトに関わる一方、北海道大学では研究や展示に携わっていました。飛生の中にいる人でありながら、この場所を少し離れたところから見つめ、考え、言葉にすることのできる人でもありました。2013年、祥子さんが企画したのが「The Time Tunnel」。テーマは「飛生の過去から現在」。飛生という地域そのものの歴史に光を当て、子どもたちも走り回ることのできる体験型の展示としてつくられました。それまで飛生と地域との関係は、決して最初から順調だったわけではありません。旧飛生小学校を共同アトリエとして使い始めた頃から長い時間をかけて、少しずつ関係を築いてきました。そんな中で、祥子さんは「アートを見せる」だけではなく、そこに暮らしてきた人たちの歴史そのものに目を向けました。The Time Tunnelは、飛生の地域の人たちからも大きな支持を受ける作品となりました。そして同じ2013年。飛生アートコミュニティーは、日本都市計画家協会の「優秀まちづくり賞」を受賞します。その受賞を報告する飛生の公式記事を書いていたのも、祥子さんでした。全国で飛生の活動を紹介する機会が増えてきたことに触れながら、彼女はそこで、活動をきちんと伝えるための「紙媒体の必要性」を感じた、と記しています。飛生で起きていることを見つめ、言葉にし、外へ届ける。作品をつくることとは少し違う場所から、祥子さんは飛生の活動を支えていました。2015年10月4日、祥子さんは病により亡くなりました。そして翌年。2013年に祥子さんとともに「The Time Tunnel」を制作した下平雅也さんが、もう一度この作品に向き合います。最初のThe Time Tunnelが扱ったのは、「過去から現在」。新しくつくられたThe Time Tunnelの題材は、「未来」でした。そこには、祥子さんが生前に残した詩と、彼女が思い描いていたものが残されています。過去を見つめるために始まった作品が、大切な人を失ったあと、未来へ向かう作品になった。そしてあれから十年以上が経った今、私たちは40周年記念誌をつくろうとしています。かつて祥子さんが書き残した、飛生の活動を伝えるための「紙媒体の必要性」。今回つくろうとしている一冊も、もしかすると、その言葉のずっと先にあるものなのかもしれません。今回の40周年記念誌では、こうした出来事や写真、関わってきた人たちの声を一冊にまとめます。クラウドファンディングは残り9日。


40周年記念誌の制作に向けたクラウドファンディングも残り10日。現在の達成率は69%です。最初は遥か遠くに感じていた目標が、少しずつ見えるところまで来ました。ご支援いただいた皆さま、本当にありがとうございます。とはいえ、今回は目標額に達しなければ成立しない「All-or-Nothing方式」での挑戦です。最後の日まで、飛生の40年を振り返りながら、この場所に残ってきたものをひとつずつ紹介していきたいと思います。第8回は、2016年。「黒い鳥を迎えるための巣ができた。」______2012年から、飛生の森では「Tupiu=黒い鳥」が存在するという物語を手掛かりに、森そのものをひとつの世界としてつくり始めました。森の住人の家ができ、塔が立ち、窯や畑が生まれる。けれど、最初から「黒い鳥の作品をつくろう」と決めていたわけではありません。森づくりを続け、道ができ、森が再び活力を取り戻してくるうちに、僕たちはこの森に作品を「置く」のではなく、この森だからこそ生まれるものは何なのかを考えるようになっていきます。やがて、「ここには、黒い鳥を迎える場所が必要なのではないか。」そんな感覚が、少しずつ立ち上がってきました。人の手でつくっているはずなのに、どこか、自分たちがつくらされているような。森に導かれるように、必要なものがひとつずつ形になっていく。そんな感覚があったように思います。そして2016年、森の中に大きな巣が現れました。Tupiu NEST。見えないものの存在を、少しだけ感じてもらうための場所。黒い鳥の気配が、確かに森に息づき始めました。今回の40周年記念誌では、こうした出来事や写真、関わってきた人たちの声を一冊にまとめます。クラウドファンディングは残り10日。


ただいま、飛生アートコミュニティー40周年記念誌の制作に向けて、クラウドファンディングを実施しています。残り11日。現在の達成率は62%です。第7回は、2015年。「作品そのものが、関わった人の誇りになる。」_____2015年、飛生芸術祭に新たなアーティストとして淺井裕介さんを迎えました。淺井さんが飛生の森で制作したのは、その土地で採れた土を使って描く大きな壁画《種を食べた獣》。淺井さんの泥絵は、それまで展示が終われば消されるものも多く、その場所、その時間にしか存在しないことも作品の大切な要素でした。そんな淺井さんの作品が、飛生では森の中に残ることになります。しかも、この作品をつくったのは淺井さん一人ではありません。飛生の土を集め、色をつくり、森づくりのメンバーをはじめ、そこに集まった多くの人たちが制作に参加しました。そして作品の中には、制作に関わった人たちの手形や名前も残されています。完成した作品を眺めながら、「自分も、この作品をつくった一人なんだ。」そう言える人が、この場所にはたくさんいる。作品は、アーティストだけのものではなく、関わった人それぞれの記憶となり、ときには誇りにもなっていく。それまで、みんなで森そのものをつくってきた飛生で、今度はひとつの作品を一緒につくる。アートと人との関わり方が、またひとつ広がった出来事だったように思います。《種を食べた獣》は現在も飛生の森に残り、この場所を象徴する風景のひとつになっています。今回の40周年記念誌では、こうした出来事や写真、関わってきた人たちの声を一冊にまとめます。クラウドファンディングは残り11日。


ただいま、飛生アートコミュニティー40周年記念誌の制作に向けて、クラウドファンディングを実施しています。残り12日。現在の達成率は55%です。  連載第6回は、2014年頃。「アーティストだけの場所ではなくなっていく。」  ______  2011年、一本の道を切り拓くところから始まった飛生の森づくり。  笹を刈り、倒木を運び、道をつくる。その作業は、毎年少しずつ続けられていきました。  そして気づけば、森づくりに集まるのはアーティストだけではなくなっていました。  会社員、地域の人、自然が好きな人。年齢も仕事も、飛生との関わり方もバラバラ。  ただ、同じ森に入り、同じ作業をする。  作業が終われば、みんなで温泉へ。そのあとはBBQをして、そのまま泊まる。  何度もそんな時間を重ねるうちに、最初はほとんど知らなかった人同士が、いつの間にか次の森づくりの日を楽しみにするようになっていきました。  森の中に道をつくっていたはずが、気づけば、人と人のあいだにも道ができていたのかもしれません。  飛生は少しずつ、「アーティストが作品をつくる場所」だけではなくなっていきました。  作品をつくらない人も、木を切り、道をつくり、火を囲む。  場所そのものを、みんなでつくる。  そんな飛生らしい形が、この頃には少しずつ見えてきていたのだと思います。  今回の40周年記念誌では、こうした出来事や写真、関わってきた人たちの声を一冊にまとめます。  クラウドファンディングは残り12日。


ただいま、飛生アートコミュニティー40周年記念誌の制作に向けて、クラウドファンディングを実施しています。残り13日。現在の達成率は46%です。目標額に達しなければプロジェクトは成立せず、ご支援金は返金されます。第5回は、2007年に開催した「TOBIU MEETS OKI」についてです。______2002年に飛生へ戻った国松希根太には、記憶に残っていた風景がありました。子どもの頃、飛生の体育館で開かれていたジャズコンサート。普段は静かな山あいの場所に、その日だけたくさんの人が集まってくる。「あんなふうに、自分たちの世代でも何かできないだろうか。」そして2007年、飛生のアトリエを開放して開催されたのが「TOBIU MEETS OKI」でした。招いたのは、トンコリ奏者のOKI。木造校舎の教室には国松希根太や仲間たちの作品を展示し、音楽ライブ、アートフェア、誰でも参加できるポストカード展なども行われました。飛生は、決してアクセスの良い場所ではありません。「果たして、どれくらいの人が来るんだろう。」ところが当日、集まったのは約300人。予想以上にたくさんの人が飛生を訪れ、音楽を聴き、作品を見て、この場所で時間を過ごしました。国松自身も「楽しんでもらえた実感があった」と振り返っています。当時のポスターに記されていた言葉は、「飛生がくれた時間が僕たちの夢の始まりだった―」この言葉は、やがて、現在まで続く「僕らは同じ夢をみる―」という飛生のテーマへとつながっていきます。今回の40周年記念誌では、こうした出来事や写真、関わってきた人たちの声を一冊にまとめます。クラウドファンディングは残り13日。詳細・ご支援はhttps://camp-fire.jp/projects/978469/


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