100万円達成のお礼とNEXT GOAL

皆様の応援のおかげで目標金額を達成することができました!ありがとうございます!

初日は期待と不安のせいかドキドキして、何も手に付かずナーバスになっていましたが、目標金額に達することができ、ひとまずホッとしています。

このクラウドファンディングというものは、有言実行をしていく仕組みになっているんだなぁとつくづく思います。何せ、自分で立てた高い目標を皆さんに公表して、そこに向かって進んでいくわけですから。失敗して傷つきたくないという気持ちもあります。私もキッカケは思いつきみたいな始まりでしたが、相当勇気を振り絞って第一歩を踏み出しました。

その一歩を応援してくださり、本当に感謝しております!

期間も残っていますので、NEXT GOALを設定させていただきました。追加で集まったお金は全て、美味しい熟成生ハムを作るために使わせていただきます。

併せて今回、ご要望の多かった「クラフトビールとソーセージのセットプラン」「デビンコへんじんもっこのお食事プラン」を新たに追加いたしました。
佐渡島で醸造する「t0ki brewery(トキブルワリー)」のクラフトビールを特別に提供していただきましたので、佐渡産のソーセージとクラフトビールのペアリングをお楽しみください。

ーへんじんもっこオーナー 渡辺省吾



皆様初めまして。私は新潟県の佐渡島でソーセージ・ハム・サラミを作っている有限会社“へんじんもっこ”の渡邊省吾と言います。そして、日頃から私たちのソーセージやサラミを食べてくださっている皆様、いつもありがとうございます。

へんじんもっこは1990年に創業、33年間佐渡島でソーセージを作り続けており、私の代で2代目です。日々、美味しいと喜んで頂けるようなソーセージ造りを佐渡島の新穂地区で行なっております。現在では製品のラインナップは30種類にも渡ります。その中でも、火を通さない特殊な加工でそのまま食べることのできる「たまとろサラミ」は絶品で、佐渡島を訪れる皆様にご好評頂いております。

私たちは佐渡島で本格的なドイツ式ソーセージを造り続けています。これまでもワイルドハーブソーセージをはじめとした、佐渡島ならではのソーセージ造りに挑戦してきました。

「私たちのソーセージを通じてもっと佐渡島を感じてもらいたい。」

そんな気持ちから佐渡島の気候風土を生かした「さど熟成生ハム」の製造に挑戦し、世界中の人々にへんじんもっこのソーセージを通じて、佐渡島を感じていただき、より多くの人々に私たちの島に訪れていただきたいと思っています。

このプロジェクトでは「さど熟成生ハム」を作り上げます。そのために必要な熟成庫の整備、そして長期熟成技術の確立、そこから本当に美味しい「さど熟成生ハム」にたどり着きます。

● 生ハムを熟成するための湿度と温度管理できる衛生的な熟成庫の整備
● 佐渡産の材料と佐渡の気候風土で熟成乾燥させた佐渡産生ハムの製造

本プロジェクトで集めた資金は全て、熟成室の整備に使わせていただきます。

2023年07月 クラウドファンディングの終了
2023年08月 熟成室の完成
2023年09月 生ハムの熟成の開始
2023年11月 熟成生ハムの完成
2023年12月 返礼品の送付

“へんじんもっこ”とは社名で、“変人”と“もっこ”の二つの言葉が合わさっています。“変人”は変わった人、“もっこ”は佐渡弁で頑固者という意味。語源は九州の「肥後もっこす」だそうで、北前船の文化が佐渡島に渡ってきて、佐渡では“す”がとれて“もっこ”になったそうです。

へんじんもっこの前身である精肉店は薄利多売で価格競争が厳しい世界です。父は家族や生活を守るために頑張ってこの事業を長く続けていました。

本当に応援してくれるお客様を常に考えながら、本当に美味しいものを届けたい。

そんな想いから食品加工業に転身、その時に名付けた名前が「へんじんもっこ」でした。この「へんじんもっこ」の名前には「変わった人」と「頑固者」という言葉が含まれています。お客様のために新たなことを始めるという「決意」、そして美味しい食品を提供し続けるという「覚悟」が込められた名前です。

● 食鳥処理業を始めた祖父

私の祖父は佐渡の新穂地区で6人兄弟の4男として生まれました。

当時は家族が多く分前が少なかったため、幼少期は大変ひもじい思いをして暮らしていたそうです。

祖父が25歳の時、兵役期間を終えて佐渡に帰ってくると、お腹一杯ご飯が食べたいと農家の家に養子になり農業を始めました。

農家の養子になった祖父でしたが、実際には3反歩ほどしか田んぼを持っていなかったそうで、家族でお米を食べてしまうと販売する分がなくなってしまうというような小さな農家だったそうです。

その頃、祖父は田んぼ以外に鶏の卵を販売したり豚や山羊を飼って生計を立てていたそうです。

しばらくすると、祖父は水田を売却し平飼いだった鶏を養鶏場を建てゲージ飼いするようになり、ほぼ養鶏に絞って働くようになりました。

祖父は小さい頃から手先が器用だったらしく、兵役中は料理当番で鶏肉を捌くと皆が感心するほど上手だったそうで、そのような経験から食鳥処理業の免許を取って食鳥処理業を始めます。

卵を産まなくなった廃鶏を食用肉として処理し販売していました。

また、とても頑固な性格で、生計を立てるためにいろいろな商売を試していたそうですが、食鳥処理を始めてからはその道一筋で、引退時期も決めていたそうです。

20年ほど食鳥処理業を営んでいた祖父でしたが、自分の仕事に人一倍誇りを持っていたようで、食鳥処理業の免許(当時は永久ライセンス)を一生の宝にすると言って引退しました。

● 食肉加工を始めた父

祖父が食鳥処理業を始めた頃、私の父は中学生くらいだったそうです。

父が高校を卒業すると、祖父は食鳥処理業の手伝いをさせたかったそうですが、父は「鶏を潰して腸を抜くような仕事はしたくない」と上京し、アルバイトをしながら生活していました。

父は海外を旅することに関心があったようで、バイトをしては渡航と帰国を繰り返していました。

ある日、私の祖母が病気で入院する事になり、その際、祖父に「佐渡に帰って、家業を手伝え」と渋々帰省する事になります。

佐渡に帰ってきてから祖父の仕事を手伝っていた父でしたが、やらされている仕事はとても退屈だったと感じていたそうです。

1979年、父は「フレッシュミートわたなべ」をオープンします。豚肉や牛肉を扱う精肉店でした。

オープンして間もなくは順調な滑り出しで経営状況もかなり良かったそうですが、オープンしてから3年ほど経った頃、佐渡にも大型スーパーが建ち並ぶようになり価格競争の時代に変化していきました。

そんな中、父は差別化を図るため、肉の加工品ソーセージを作ろうと考えました。

● 父と母の二人三脚

当然ながら、すぐに納得のいくソーセージは作れませんでした。食肉加工の本を買い漁り、試行錯誤でソーセージを、作っては捨て作っては捨て、を繰り返したそうです。

私の祖父はそんな父を見ていましたが、頑固な性格であったためか「面白いことを始めたな。まぁ、やってみろ」と関与することはなかったそうですし、父の仲間たちも「佐渡は海産物が豊富な島、肉の加工でなくて魚の加工をやったらどうだ」と真剣に心配してくれたそうです。

しかし、どんなに共感を得られなくとも、父は肉の加工を諦めませんでした。また皮肉なことに、精肉店での仕事が少しずつ減っていった影響で、空いた時間でソーセージの試作がたくさん作れたそうです。

そんな父を見て私の母は大変不憫に想ったそうで、父の作ったソーセージを少しでも売ろうと、クーラーボックスに入れて売り歩くようになります。

ただ母も父と同じようにすぐに成果は得られず、初めは一つも売れずに家に帰ったことが何度もあったそうです。

私の父と母の二人にとっては大変苦しい時期でした。

● へんじんもっこ創業

父がソーセージを作り初めて数年が経った頃です。それまで家族や生活のため薄利多売の仕事を切ることのできなかった父でしたが、精肉店フレッシュミートわたなべを閉店しソーセージの加工をメインに営業したいと考えていました。ただ、そのためにクリアしなければならない様々な問題がありました。

その中の一つが営業許可の問題で、ソーセージの加工場にしたい場所が以前祖父が食鳥処理業の許可をとったいた建物でした。ひとつの建物に2つの許可は持てず、祖父が宝にすると大事にしていた食鳥処理業の免許を残したまま、食品営業許可を取得することができなかったのです。

父は新たに食品営業の許可を申請するため、祖父に食鳥処理業免許の抹消を頭を下げてお願いしに行ったそうです。そして、祖父は自ら宝を放棄したのです。

1989年、食品営業許可を取得。翌年1990年「スモークハウスへんじんもっこ」を創業します。

● 渡独

私が小学生の頃、父はソーセージの勉強やスパイスの購入のため年に一度ドイツへ渡っていました。

初めは門前払いされていた父でしたが何度か渡独していると、様々なご縁でルッツ食肉店という食肉加工店の見学をさせてもらえる事になりました。父は見学の最後に「小学生の息子が高校を卒業したら、こちらのルッツ食肉店で使ってもらえないか」とお願いしたそうです。

そんなことも知らずに、私は毎年渡独する父を見て、自分も将来ドイツに行くんだと漠然と思っていました。

1997年、私は高校を卒業すると単身ドイツへ渡ります。修行先はルッツ食肉店、部屋を借りて住み込みで働かせてもらう事になりました。

● ドイツの家族

留学というと華やかなイメージがありますが、私にとってドイツでの生活は辛く過酷なものでした。

特に苦労したのは言葉の問題です。

ドイツには見習い制度というものがあり、見習い期間は職業学校に通いながら仕事をするのですが、授業を受けるにも仕事をするのにも語学能力の有無で差がついてしまいます。

特に職場では言葉がわからないせいで、上司の仕事を増やしてしまったり、同期の見習いに仕事を取られたりと大変悔しい想いをしてきました。

また生活環境に変化にも苦労しました。

日本では毎日ゲームをしてダラダラ過ごしていた生活から一変、ドイツでは朝5時から仕事が始まり18時頃まで働いて毎日足がパンパンになっていましたし、食生活やプライベートも大きく変化し、ストレス解消の選択肢をほとんど持っていませんでした。

さらに、社会人のスタートがドイツであったため社会人としての知識が全く無く、礼儀知らずなことをしてしまったり、無知な対話で恥ずかしい思いもたくさんしました。

そんな中、厳しくもとても優しく接してくださったのがルッツさんファミリーでした。休日の食事はいつも一緒でしたし家族の外出に一緒に連れて行ってもらったりと、私はルッツファミリーのおかげで少しずつドイツでの生活に慣れていくことができたのです。

● 卒業試験

ドイツに来て3年が経った頃、私は職業学校の卒業試験に臨んでいました。試験は座学と実技があり、相変わらず語学には不安があったものの実技に関してはかなり自信がついてきていましたが、ドイツ人の一般的な評価は「日本人にソーセージが作れるわけがない」というものでした。丸暗記して臨んだ小テストの結果が良かった時はカンニングを疑われたし、実習の授業ではバカにされ水をかけられたり、偏見のある教師に理不尽に叱られたり、屠場を見学に行った時には豚の内臓を投げつけられたこともありました。

2000年、私は、筆記はギリギリ実技はクラスのトップで試験をパスし食肉加工の職業学校を卒業しました。合格通知を聞いて、ひとり嬉し涙を流したことを今でも覚えています。

● 独コンテストで受賞

2001年、私は日本に帰国しました。当時の私はニーズというものを全く考えず、自分の作りたかった商品をどんどん作っていきます。

しかし、ある時に新しく作った商品のほとんどが定番商品化してない事に気づきます。また、定番商品でしっかり利益をあげないと、本当に作りたい商品も作り続けていけないということも、この後少しずつわかってきます。

2005年、ドイツで行われたSUFFAという見本市で食肉加工のコンテストに、私達へんじんもっこも商品を出品しました。

全部で20品を出品し、そのうち11品が金賞という評価を受け、私はSUFFAで総合優勝のトロフィーを受賞しました。

この表彰は会社にとっても私個人にとってもすごく大きな出来事で、商品の販売促進やメディアに紹介されるきっかけなったり、私自身も職人として大きく自信を持つことができました。

● 新しい挑戦

2012年、父が議員になったことで、私は代表取締役に就任します。しかし、私はこれまで経営の勉強を全くしてこなっかったことや成り行きで就任したことから、職人としてのポジションにすがり、過去の実績だけで無難に日々を過ごしてしまいます。

2020年コロナショック。私達へんじんもっこも例外なくコロナの影響を受け、あと2ヶ月売り上げがないと倒産というところまで追い込まれてしました。

私は経営者としての覚悟や責任感が足りなかったと猛省し、まず会社を立て直すことを決意します。

そして幸運なことに、様々なことに挑戦している方に出会ったり、私の意識を変えてくれるようなビジネスパートナーに出会ったりと、たくさんの刺激を受けることで自分も過去の実績を忘れて新しいことに挑戦していきたいと思うようになり、今回のクラウドファンディングに繋がります。

とにかく美味しいものを作ること、そしてそれをお客様にお届けして喜んでもらうこと。これが私たちにとって一番大事なことです。

ドイツ修行時代のストーリーにもある通り、私は本格的なドイツ式のソーセージを学んできました。

日本人にソーセージなんか作れるわけがない。

そう言われながらも研鑽を重ねた技術は今のへんじんもっこを支えています。この技術を使って、素晴らしく美味しいソーセージを作る、そんな想いを込めながら作るのがへんじんもっこのソーセージです。

私がドイツで食肉加工を学んで帰国した頃、当時の私はとにかくヨーロッパと同じ味に仕上げたいと強く思っていました。しかし、乾燥・熟成の工程のある商品は決して同じ味にはなりませんでした。年月を重ねるにつれて私はそれでも良いのだと思うようになりました。むしろ、その土地の気候風土で乾燥熟成されたものは、その土地でしか作れない価値の高いものであると考えるようになりました。

佐渡島は新潟県の西部に位置する島。暖流と寒流の接点にあるため、島内で北海道と沖縄両地方特有の植物が同居する珍しい気候。海に囲まれ自然が多く残るこの島で作られる食肉加工品は唯一無二になります。

この佐渡のテロワールを生かした食肉加工品は、世界に評価されるものになると私は信じています。

腸詰のソーセージやサラミ・ハムなど、様々な食肉加工品を作っていますが、へんじんもっこの代表的な商品は“たまとろサラミ”という生サラミです。加熱工程のない非加熱加工食品で、ハード系のサラミと比べるとフォークで崩れるほど柔らかく、日本では珍しいサラミで、ヨーロッパの食肉加工コンテストで3度、金賞の受賞歴があります。

今回は私たちが作るソーセージの中から返礼品をご用意致しました。今回のプロジェクトで新たに作る熟成生ハムはもちろんのこと、ご紹介させて頂いた「たまとろサラミ」もお楽しみいただけます。プロジェクトを応援いただくと共に、へんじんもっこのソーセージをお楽しみいただければと思います。


クラウドファンディングをして何をしたいかと申しますと、世界を代表する生ハムに負けないような、佐渡の気候風土を生かした生ハムを作りたいと思っています。

佐渡島は新潟県の日本海にある島で、気候風土はりんごとみかんの両方が育つ環境、海に囲まれている自然豊かなところです。そんな類稀な佐渡島でテロワールを生かしたものを作り出すことができたら、世界で見てもすごく特別なものになると思いませんか?

私は食肉加工をしていまして、その技術を活かして、佐渡産の食肉加工品が作り出せたら特別なものになるではないかと考えました。

その加工品が生ハムです。

生ハムは製造過程に熟成・乾燥という工程がありまして、土地の気候風土が生ハムの味や風味に大きな影響を与えます。

だから、佐渡で生ハムだと思ったのです。


世界の生ハムと言いますとイタリアのプロシュート・ディ・パルマやスペインのハモン・セラーノや中国の金華ハムなど、他にも様々な生ハムがありますが、佐渡の生ハムをその中の一つにしたい。さらには超えたいと思っています。

私は世界中の人が「日本の生ハムと言ったら佐渡産の生ハム」と言われる生ハムを作ります。

ただ、スケールの大きい話ですので、多くの人には無理でしょと思われてると思います。

世界で評価されるにはある程度の実績が必要だと思いますので、当面の目標はDLGという食肉加工のコンテストで金賞受賞を目指すことに決めました。

もし、受賞することができたら、少しは世界の生ハムたちに近づいたと思えるのではないでしょうか?


課題は熟成・乾燥するためのスペースや空間が少ないことと、まだどのような生ハムにするかはっきり決定していないことです。

つまり、現在位置は限りなく0に近いところにあります。

スペースや空間に関しては少ない量で生産していくとして、生ハムの方向性に関しては試行錯誤をしていかなければなりません。

ポジティブに捉えれば、試行錯誤で良い選択肢を選べるとも言えます。


私がこの「世界へ羽ばたく佐渡産生ハム計画」に挑戦する一番の理由は、佐渡島という小さな島から世界中の人に喜ばれる商品を作ることができたらすごく面白いなと思ったのと、”佐渡”と”生ハム”のカードを同時に使える私が挑戦すれば、世界へ羽ばたく可能性があると思ったからです。


もし認知が上がって特産品となれば、佐渡を島外にアピールできると思いますし、雇用も増やすことができると思います。また、それによって佐渡島に来てくれる旅行者が増えたり、佐渡に住みたいと思う人が増えて、地域創生のきっかけになったら、私たち佐渡島民も面白くなるのではないでしょうか?


皆さんも一緒に面白がりませんか?


応援メッセージ

● ご縁の宿伊藤屋六代目番頭 伊藤善行さんへんじんもっこさんの商品は、親父さんと省吾くんのドイツ仕込みの知識とまっすぐな想いが製品に現れていると感じています。世界に認められた実績のある製品であり、ここにしかない製品です。

今回のクラウドファンディングの製品もかなり期待しています。熟成は日本の気候だと本来難しいのでしょうけど、へんじんもっこさんの貴腐サラミなどの熟成技術と設備があれば、美味しく仕上がるのだろうと確信しています。

あのへんじんもっこの職人・省吾くんのチャレンジですから、信頼と確信をもって応援させていただきます。製品の完成も心待ちにしております。

● 医師 寺本傑さん地域の子供達へのサッカー教室を通して知り合った渡邊省吾さんは非常に物腰柔らかく、人間愛、郷土愛に溢れる方です。“たびのもん” (島外出身者) である私にも優しく接して頂きお互いの南ドイツ滞在期の話などですぐに意気投合しました。

渡邊省吾さんは若き日に本場南ドイツで学んだ職人技術を日本に持ち帰り、数多くの独自アレンジした加工製品を生み出しました。その味はまさしく、本物。佐渡から新潟県内、さらには全国にファンを増やしています。

店名の“へんじんもっこ”は佐渡の方言で頑固者を表す言葉です。ときに欧州の頑固者は古き物を忠実に守ることが主眼に置かれますが、渡邊さんは現状に決してあぐらをかくこと無く常に柔軟な発想で数々の試行錯誤を重ねています。本場の味を広め、さらなる新しい発見を追求するドイツ公認マイスターが佐渡ヶ島から発信する新しい挑戦、その先に見える新しい景色を期待し応援させて頂きます。皆様のご協力をお願い致します。

● 新穂中学校教諭 小黒淳一さん中学校教員の私は省吾さんに進路講話をお願いしました。当日、省吾さんの手元の紙には、生徒に伝えたい内容がビッシリとまとめられていました。省吾さんは真摯で実直。生徒の振り返りには、「やりたいことや好きなことに挑戦して、自分の殻を破り、新しい自分になろうと思った」とありました。講話の中で、「好きなことをどんどんやってほしい」と伝えた省吾さん。「言うは易し行うは難し」ですが、現在進行形でその言葉を体現している省吾さん。今回のチャレンジは、佐渡ならではの未知なる美味しさとともに、勇気や挑戦の醍醐味も皆さんに届けてくれるでしょう。さぁ皆さん、一緒に味わいましょう!【小黒淳一】


<募集方式について>

本プロジェクトはAll-in方式で実施します。
目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。

<注釈>

・本文に表記のある個人・団体は本プロジェクトに無関係です。プロジェクトに関するお問い合わせは全てCAMPFIREのメッセージ機能からお願い致します。

・クラフトビールを含むリターンは通信販売酒類小売業免許を有する株式会社ビアパイント(t0ki brewery / 交付番号: 佐渡法1第94号)から直送します。

<酒類販売管理者標識の掲示について> 

■販売場の名称及び所在地: 株式会社ビアパイント (新潟県佐渡市加茂歌代458)
■酒類販売管理者の氏名: 藤原敬弘
■酒類販売管理研修受講年月日: 2020年11月27日
■次回研修の受講期限: 2023年11月26日
■研修実施団体名: 一般社団法人日本フランチャイズチェーン協会



  • 2024/02/23 10:43

    この度は返礼品のお届けが遅れており、大変申し訳ありません。返礼の商品につきましては、内容の一部が想定よりも手配に時間がかかっております。そのため大変恐れ入りますが、皆様への商品の到着が遅れる見込みです。当初、【2023年の12月頃】のお届けと案内しておりましたが、お届けは【3月】を予定しており...

  • 2023/12/21 14:58

    佐渡生ハムの投稿はしばらくアップしておりませんでした。大変申し訳ありません。そのせいかpcから管理画面に入ることができず、携帯でポチポチ文章入力を行っております。ただいまの進捗状況ですが、ズバリ80%くらいです。返礼品を楽しみにお待ちいただいている方には大変申し訳ありませんが、もうしばらくお待...

  • 2023/09/30 08:43

    ついに熟成庫を始動させました。計画より2ヶ月ほど遅れていますが、なんとか熟成庫で生ハムを作り始めることができました。同時に返礼品をお返しする時期の計画も遅れることになりますので、非常に焦ってしまう状況であるのですが、まずは新しい熟成庫の性格を知ることをしなければと思っております。お待たせして申...

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