2019/06/23 02:48

→(個人的)民泊史① 2008-2014
 (個人的)民泊史② 2014-2016
 (個人的)民泊史③ 2016
 (個人的)民泊史④ 2017
 (個人的)民泊史⑤ 2018

今日は、だいぶ主観が入っていますが、僕が見て来た民泊の歴史を、簡単に紹介していきたいと思います。資料では読むことが出来ても、それを実際に体験してきた日本人ユーザの話を聞くことはなかなかないと思うので、逆に主観を楽みながらさらっと読んでやってください。記憶が曖昧な部分もあるので、気になる人は「airbnb 歴史」などで検索してみてください。様々なwebサイトや本で創業話がまとめられています。


1.airbnb創生期

■2008年
airbnbの前身airbedandbreakfast.comが、空き室にゲストを有料で泊めるためのサイトとしてスタート。airbnbのairbって、エアベッドのことなんですね。何人の投資家に会っても、「他人の家に金を払って泊まるなんて、バカげたアイディアだ」とまともに取り合ってもらえなかったそうです。ちなみに、その当時のプレゼン資料が、こちら。airbnbの解決すべき課題3つのうちの1つとして「ホテルは、その地域と文化から人を分断する」とあります。この当時から、見知らぬ他人と生活を共にする体験の喜びを、彼らのプロダクトの中核に据えていたのが分かります。

■2010年
一般的には、この年初めてairbnbが大型投資ラウンドで約7億2000万円を調達した年として知られていますが、僕にとって大きいのは、初めてシェアリングエコノミーを世に紹介した「What's mine is yours(シェア)」という本が出版され、そこでairbnbのことが紹介されていたことです。僕は、この本でairbnbのことを初めて知りました。シェアリングエコノミーという持続可能な考え方に感動したのと、もともと旅好きだったのもあり、世界中のユニークな物件が載っているサイトを、ひたすら眺めていました。

■2011年
この年の夏、初めて自分でもairbnbを使ってハワイを旅してきました。4箇所くらいかな?のホストに泊めて貰いながら、全旅程を民泊で旅しました。ただし、航空券だけで買うより、ホテル付きの格安個人ツアーで行った方が安かったので、初日にホテルにチェックインするなり、そのまま部屋に若干の荷物を残してすぐに出て行くという、謎の贅沢をしました。フロントに鍵をあずけて、airbnbというサイトで知り合った普通の人の家を泊まり歩くから1週間ほど戻らない、と告げた時の受付の「????」という反応を覚えています。当時はまだ、ホテル業界の人もairbnbを知りませんでした。会うホスト、会うホスト、みんな素敵な人たちだらけで、中でも、僕の1発目のホスト、Andyとは家族ぐるみで仲良くなり、その後Andyのプロジェクトの手伝いをさせてもらったりもしました(Andyと僕は同業者)。その時に書いたブログがこちら。よかったら読んでみてください。たぶん、日本で最初にairbnbの宿泊体験について書かれたブログだと思います。(当時検索しても1件も出てこなかったので。)

2.ゲストからホストへ

■2012年〜2013年
自分でもホストをしたいなと思いながらも、何事にもうるさい日本では絶対にできないだろうな、と半ば諦めつつ、ゲストとして旅を続けていました。そうしているうちに、日本でも、最初は在東京外国人と日本人パートナーを中心にちらほらとホストをしている人たちが現れ始め、あれ?意外と行けちゃうんだ?と驚いていました。ちょうど神戸の北野に引っ越すことになったので、エアビーをさせてくれる物件を探すことにしました。北野には外国人オーナーのマンションが数多くあり、テキトーな外国人ならOKしてくれるかもしれないと思ったのです。結果は大成功。「いいことなら何をしてもいい」という超アバウトなインド人オーナーの所有する外国人向けマンションに引っ越し、そこでエアビーを始めることにしました。

■2014年
初めてエアビーにホストとして登録しました。引っ越してから大分時間がかかってしまったのは、実はこのマンション、日本人オーナーのマンションと違って、入居前にクリーニングとかいう概念がなく、内覧の日に床にゴキブリの死体がころがったまま、みたいなところだったのです。ビックリですよね。入居日そのまま転がっていた時には、二度ビックリしました。別の階の住人に挨拶に行ったら「よくあの廃墟に引っ越してくる勇気があったね」と言われましたからね。まぁ、そんな状態の物件をセルフリノベして、すげーオシャレな感じにしたんですよ。頑張って。それに、1年半かかりました。その間に、ホストやっている人がかなり増えていました。日本で「初期からエアビーをやっている」なんて言っている人たちは、だいたいこのあたりで始めた人たちですね。まだ、日本支社がなかったころです。

ちょっと長くなってきたので、分割しますね。