こんにちは料理人の白鳥翔大です。今回は僕の自己紹介と意気込み、なぜチームに加わったのかをお話ししたいと思います。静岡の田舎で育った僕は小さい頃から、イモリ、カメを捕まえては飼ってみたり、お風呂みたいなバカでかい水槽で熱帯魚を家で育てたりするような theわんぱく少年でした。特にお気に入りだったのは家の横にある小さな川でする鮎の銛突き。捕まえた鮎たち。これが本当に難しい。水の中を新幹線の様に泳ぎながらも、まるで踊っているかの様な不規則なリズムのターン。ずっと熱中になり、夏になると朝から晩まで毎日通って遊んでいました。(今でも帰郷してするたびに欠かさず行きます。)今思うと、自ら魚を捕る→自ら調理する が日常の遊びの延長線にあり、大自然の中で美味しい!!を幼いながらに体感していました。そんな子ですから、自然と食にも目覚め、朝ごはんを食べながら「今日夜ご飯どうする?」と何度も聞く無邪気な少年が出来上がり、聞くたびに母は「とりあえず朝ごはん食べて笑」と笑い呆れていました。「なんで料理の道に、、、?」と聞かれることが多いですが「知らぬ間にいつの間にか好きになってた、、、」とだけいつも答えます。決心を固めたのは高校の進路選択。好きなことしか頑張れない性格は自分が一番よくわかっていた事と、料理って職にしなくても必要になるし、最悪料理できるかっこいいパパのはなれるなと楽観的な考えも持ち合わせながら専門学校へ行き『L'Effervescence 』へ就職します。調理場でいろんなことを学びました。フレンチが好きでというよりかは(実際は焼肉が大好き)、素材の丁寧な扱い方と活かし方、調理工程におけるなぜ?を一番噛み砕いて学べると思ったからの決意でした。実りのある6年間でした。休みの日に生産者さんの所にみんなで行くのが何よりも楽しく、食材の愛し方を学びました。そしてそれらが美味しさに直結することを学びました。次に選んだ場所はデンマークにあるレストラン『relae』『koks』でした。『relae』は世界で一番サスティナブルなレストランの賞を2年連続で取っている様な、食材を大切にしている店です。relaeの外観。北欧の地をシェフ自ら耕し、タネを撒いて育て、料理をして世界中から来るお客さんに自ら説明をして食べてもらう。植物の一生に寄り添いながら料理する。何物にも代え難い体験をする事が出来ました。『koks』はアイスランドの近くのフェロー諸島にあるレストランです。嶮しい自然が広がってる山間にポツンある、世界一行くのが大変とまで言われているレストランです。koksの外観。岩石の地面と強風で野菜や木は育つのが不可能、鯨と羊を余す所無く使い、数少ない食材のレパートリーをアイデアとテクニックで昇華させる店は、恵まれた自然を持つ日本の食文化とは逆の体験でした。天候や自然環境にどれだけ支えてもらっているかを痛感させられた経験でもありました。異国の地で共に働いた仲間たち。ある休日。フェロー諸島の海岸で、スーパーの安いシナモンロールを持って今後について考えている時に祐太から電話がなりました。「命を大切にするレストランを作りたい。」彼の熱い気持ちを聞いる内に、自然と「やろう!」と言っていました。1万キロ離れた電話での約束は忘れられないものになりました。各々が今までしてきた冒険が段々と束になって、いつの間にかみんなの冒険になっていきました。ANTCICADAは、地球を愛し、探究するレストランです。肉も、魚も、野菜も、虫も、分けへだてなく愛し五感で味わいます。僕は料理人として肉も、魚も、野菜も、虫も、分けへだてなく愛して、おいしいだけでなく、何か今までとは違った視点や価値観を拡げるきっかけを見出せたらなと思います。命を大切にしていきます。そしてこれから始まる冒険は、皆さんと一緒に日々味わっていけたらと思います。「食は作業ではない、冒険だ。」ANTCICADA 白鳥翔大
白鳥 の付いた活動報告
ANTCICADAの篠原です。コオロギ醤油のリリースを終え、Xmas dinner イベントや300人規模のケータリングが無事終了し、ひと段落。とはいかず、お店開業に向けた準備でバタバタの毎日です。笑ここ最近、会う人会う人にANTCICADAの話をしているのですが、「どうやってメンバーが集まったの?」という質問をいただくことが多いので、今日は、メンバーとの出会いや、チームができていった経緯の紹介をしようかなと思います。僕自身、2013年末に昆虫食のことをカミングアウトして以来、「虫食べるとか無理しないでいいよ」「目立とうとしてキャラ作ってるでしょ」そんな言葉には傷つきながらも、興味を持ってくださる方に対して、昆虫食の魅力を届け始めました。SNSでの初のカミングアウト。死ぬほど緊張したなあ途中、多くの友人や仲間のサポートを受けながら、昆虫食の魅力に興味を持って下さる人に最大限お届けしたい。そんな一心で進んできた6年間でした。ふりかえれば、合計300回以上、のべ15000人以上の方々に、昆虫食を届けてきました。しかし、今のままでは広がりに限界がある、自分一人でできることは想像以上に少ない。そんな壁にもぶちあたっていました。どうすればいいのだろう。「美味しく、魅力的な昆虫食を届けたい。」そのためには、もっと料理のクオリティをあげないといけないし、もっと昆虫という素材と向き合わないといけない。そして、その上で、付加価値をつけて、もっと突き抜けたアプローチでそれを世の中に届けていかないといけない。料理ができて、価値観が一致して、同じ熱量で頑張れる人。探しても探しても、そう簡単にいるもんじゃありません。料理はできるけど虫はちょっと。。。価値観は近いけど、別にやりたいことがある。。。そういう人ばかりでした。そんな中、出会ったのが、関根賢人。出会いは、僕の昆虫食ワークショップ。なんと、慶應大学の同級生でした。写真はイナゴを取る数を競う大会イナゴンピックにて。屈辱の準優勝。来年は必ずリベンジします。最初はつかみどころがないし、何考えてるのかわからないなぁと思っていたのですが、身の回りにいる生き物たちや世界中の名前もない料理たちをたくさん食べてきた彼の「おいしいを増やす」ことに喜びを感じるスタンスが、まさに僕が求めていた理想のパートナーだったんです。賢人は、一緒にのびのびと地球を味わえる、貴重な同志です。その後、コオロギラーメンを手伝ってもらったり、花火を観に行ったり、徳之島にいく中で、意気投合、昨年の11月、一緒にお店をやろう、と思いをぶつけたのが、ANTCICADAのはじまり。タイのコオロギ敏腕農家さんと。いつまでも地球を共に冒険し続けたいそれからというもの、2人で、コンセプトを議論したり、具体的なメニューを決めたり、お店の名前を決めたり(カフェで延々議論したの懐かしいね笑)、二人三脚での歩みがはじまりました。そして、その直後、出会ってしまったのが、山口歩夢です。酒を語り出すと止まらない。要注意だ。彼との出会いは、後述する大高の紹介でした。2018年11月29日の夜、今でも忘れません。渋谷の大好きな店で飲んだのですが、互いの自己紹介が終わったのもつかの間、3時間以上、お酒の話の嵐を浴びました。こいつなんなんだ。狂ってる。。。どんだけ酒を愛しているんだろう。衝撃でした。僕は彼の虜になってしまい、その日のうちに一緒にやっていこうと話をしました。初対面の夜に、いつかやりたいねと言ったものがコオロギ醤油や、タガメジン。いつかどころか、出会って一年でいずれも形になったこと、振り返ってみると感慨深いですね。そして、相変わらず彼のお酒や発酵への愛はとどまるところを知りません。末恐ろしい。。。3月の「FOODEX JAPAN」では、三人体制で初の公でのお披露目。1600食のコオロギラーメンは完売、コオロギ醤油やタガメジンも紹介できて充実の時間。豊永裕美は、昨年6月に親友の紹介で知り合いました。そこから、飲みに行っていろんな話をする中で、人としての芯の強さや人間力に惚れ込み、コオロギラーメンの手伝いを経て、ANTCICADAに誘いました。食への想い(というより食い意地?笑)もこれまた凄く、まさに「はらぺこむし」なんです。誰も敵わない。笑コオロギ醤油仕込み中。仕込み中のコオロギですら食べちゃいそう。大学時代は、農大のオホーツクキャンパス。北海道の地で、農業に漁業と生産者さんのもとでバリバリ働いていた彼女、現場での動きや気配り、責任感はピカイチ。尊敬しています。現在は、食材調達やケータリング、バックオフィス業務などを中心に動いています。6月の日比谷音楽祭では、酒蔵の転職期間中の大高や、一番長く支えてくれているナイキも含めて、メンバーが揃ってのコオロギラーメン提供でした。大高や、ナイキは、いまさら何を話そうか悩みますが、彼らは長い付き合いの親友で、なんというか、ソウルメイト?もはや家族的な存在ですね。本当にいつもありがとう。シェアハウス時代は同じ部屋。ずっと一緒だったなあ。現在、大高は秋田県の酒蔵で日本酒づくりの修行中。蔵人という職人を目指しながら、米や水、微生物といった自然と日々向き合い、遠隔からサポートしてくれています(週1帰ってくるんじゃないの?)毛むくじゃらゴリラみたいな見た目ですが、心は優しいナイスガイ。ナイキは、日本酒専門メディア「SAKETIMES」で働きながら、若者向け日本酒コミュニティを組織。食材調達から、車の運転、コオロギラーメンの調理まで、ダンスと歌以外は、何をやっても人並み以上という、ポテンシャルお化けです。まじで凄い。なんでもできる。そこから、数ヶ月が経ち、新たにジョインしてくれたのがシェフの白鳥翔大。翔大と初めて飲みに行ったJOE'SMAN2号。ここまで深い縁になるとは。彼は一年前、L'Effervescenceを辞めた時期に出会ったのですが、そこから自然を愛する部分に意気投合し、仲良くなっていきました。ただ、ちょうど仲良くなった直後に、彼はより持続可能な料理のあり方を求めて、デンマークの地に修行しに旅立ちました。そろそろ帰ってくるタイミングで、LINE電話をするようになり、その中で、翔大の食材へのまなざしや、料理の技術、そして何より人間としての純粋さ、まっすぐさ。まさにANTCICADAには不可欠な人間だと思い、電話越しに口説きました。ほんとは直接話したかったね。笑テレビ電話。10月に正式にジョイン。そこから、新生ANTCICADAが始動し、お店開業に向けた日々の話し合いにはじまり、食材仕入れや生産者周りに注力しつつ、つい先日終わったXmas dinner イベントに向けた準備を進めてきました。そして今は、メンバーで共同生活しながら、日々、開業に向けて頑張っています。メンバー、一人一人が唯一無二で掛け替えのない存在。ほんとうに心から大好きで自慢の仲間たちです。こんなにも魅力的な仲間たちと挑戦できることがまず何より幸せ。本当にありがたいし、このメンバーでしかつくれないものをつくりあげていきます。長くなってしまいましたが、明日以降、それぞれのメンバーの自己紹介や、ANTCICADAへの想いなども、書いてもらおうと思っているので、ぜひ読んでみていただけたら嬉しいです!引き続き、チームANTCICADAを、何卒よろしくお願いします!!皆様の応援が僕たちの励みになっています。いつもありがとうございます。ANTCICADA 篠原祐太