「失語症の日」の記念日登録証が届きました
日本記念日協会から「失語症の日」登録証の盾が届きましたので、本日、NPO日本失語症協議会の八島会長に届けてきました。
とてもとても喜んでくださいました。
まずは、支援者の皆様に、この笑顔をお届けします。
八島さんは日本失語症協議会の会長さんで、失語症の当事者です。
現在83歳。41歳の時に脳内出血により、失語症となりましたので、もう42年になります。
私は現在53歳ですので、私が11歳の時から八島さんは失語症だということになります。
あなたは今、何歳ですか? 42年前に失語症になったとしたら、何歳から失語症だという計算になりますか?
中途半端に生かしやがって
これは、去年、私が編集した『知っといてぇや これが高次脳機能障害者やで』(https://www.amazon.co.jp/dp/4802094280)の仮タイトルだった言葉です。
高次脳機能障害の当事者、下川眞一さんが放った言葉です。
意識不明の状態から生きて戻った時、下川さんには高次脳機能障害が残っていました。
私はこの言葉を聞いた時に、とても悲しくなりました。
脳梗塞などの脳疾患や、交通事故で命が助かった人が、障害者になったことで「どうせだったらあの時死んでいたら良かった」と思うというのです。
こんな悲しいことってありますか???
どうしたらこんな悲しいことがなくなるでしょう。
「命が助かって良かった。こんなに楽しい人生が残っていた。」そう思ってもらうには、私たちには何ができるでしょう。
八島さんは、周りは楽しい人ばかりと笑います。千葉にお住まいなのですが、荻窪のこの失語症協議会に来るのが楽しみで仕方ないとおっしゃっていました。
でも、どうでしょう、42年間です。42年前は、失語症のことを理解している医療機関もあまりありませんでした。そして、現在までの間には、私なんかには分からない苦労もたくさんたくさんあったでしょう。
記念日事業だって、しっかり運営していかないと、あっという間にぬか喜びになってしまう可能性だってあるんです。
「なんだかあの時は盛り上がったけれど、結局、失語症のことを世の中に知ってもらうということにはならなかった」
そんなふうにしたくない!
記念日は、しっかりと認定され、運営していかないといけません。
私は今日の八島さんの笑顔を忘れないようにと心に誓いました。
NPO法人Reジョブ大阪
松嶋有香