「犬キューピット 夢丸と呪犬」
三層からなる物語の「日常」パートの主人公は正義感の強い女子高生「杉原りんね」
それでは、りんねと愛犬ネロとのステキな出会いを少しご覧下さい。
四 運命の犬
近頃、りんねの頭の中は「一匹の犬」の事でいっぱいになっている。
ではその犬とはいったいどんな犬でしょうか。でも可笑しな事に、その犬はどんな犬なのか、りんねにもわからない。
さかのぼればりんねは、幼い時から誕生日に「何がほしい?」と聞かれれば、迷わず「犬が欲しい‼」とお願いする根っからの犬好きだけれども、その頃、住んでいたのはペット禁止のマンションでそれは叶わぬ夢だった。
けれども、りんねの高校入学を待ち、お父さんの実家近くに建てた一軒家のおかげで、ついに念願の「犬解禁」となった。
ところが、いざ犬を決めるとなるとそうはいかない。
待ちに待ちすぎて願望が現実を超えてしまったのかのしれない。何度もペットショップに通うが、二か月経ってもまだ犬は決まらない。
「運命の犬」
これがりんねの頭の中をいっぱいにしている犬の正体。
「りんね、それって犬バージョンの『白馬の王子さま症候群』じゃん。ヤバイって、いつまでもそんな事言ってたら、ずっと犬飼えないし、きっと絶好の婚期も逃すって‼」
「げっ、マジ、それっ‼」
そんな脅しでりんねを青ざめさせたのは親友の「藍子」だ。
藍子とりんねは保育園の最初の組で席が隣に同士になって以来の長い長い付き合いで、家までは歩いて五分。小学校は一学年二クラスだった事もあり、運よくずっと同じクラス。中学校でも同じ剣道部に入ったので、ほぼ毎日一緒の生活。ある年、几帳面な藍子のメモ帳で日々の生活を調べると、年間三二四日も行動を共にしており、「これはもはや姉妹」と驚き合ったこともあった。
けれども最近、この関係が距離をあける危機があった。
最近建てたりんねの家が関係している。お父さんの実家付近に建てられた新居は電車の乗り継ぎがいるほど離れた所になる。もちろんスマホでいつでも連絡は取れるけれど、きっと今までのような密着感は薄れる。と思いきや、めでたく高校も同じ志望校へ合格。同じ剣道部へ入部。また姉妹のような生活が出来ると抱き合って喜んだものだ。
「私はりんねが保育園の頃からずっと『犬が飼いたい』って聞かされ続けてますからね。だから、りんねの犬は私の犬ってくらいすごく楽しみなの。早くりんねの犬が見たいの」
「でも『運命の犬』はきっといる。だって藍子は『運命の友』だから」
「りんね、愛してるわ‼」
こんなりんねは藍子にとってもかけがいのない存在だ。
さて、このりんねの犬バージョン「白馬の王子さま症候群」には訳がある。
むろん、夢丸が(⦅⦅ 運命の犬を待て ⦆⦆)と誘導していたのだ。
だが、ついにその時は来た。
りんね達が通う高校は街はずれにあり、単線のローカル線に乗って通っている。部活を終えたりんねと藍子は、いつものように連れ立って五百メートルほど先の駅まで歩いていた。
(⦅⦅ 運命の犬が待っている ⦆⦆)
りんねに突然の閃きが降臨した。
「あっ来る」
突然、立ち止まるりんね。そして藍子に向かって言った。
「きっと今日『運命の犬』に会える‼ そんな気がする。私、ペット屋に寄ってくから、先に帰ってて」
「ちょっとりんね。それ、マジで言ってんの……」
藍子の返答には怒気がこもっている。
「また『不思議ちゃん』って思われるかもしれないけど、そんな気がする」
「違う‼ 私が怒ってるのはそこじゃない‼ そんな大事な『運命の犬』の出会いの時に、なぜ『運命の友』を置き去りにする‼」
ハッとしたりんねは、にこりと微笑むと藍子の手を握って駆け出した。
「行くぞ‼ 待ってろ‼ 運命の犬‼」
「おう‼」
走って駅に着くと、ちょうど電車が来たところ。息を弾ませて二人は電車に飛び乗った。わくわくが止まらない。
「で、どこのペットショップに行くの?」
二人が学校からの帰り道に寄れることが出来るペットショップは三件ある。
「う~ん」
(⦅⦅ サンクチュアリ ⦆⦆)
少し悩んだりんねに、またしても閃きが降臨した。
「サンクチュアリに行く」
「へぇ、意外……」
藍子はちょっと驚いた。そこは店舗は新しく綺麗でお洒落な店だけど、りんねは常々「営利優先な気がして好きじゃない」と言ってた店だからだ。
けれど、それがかえって何かを感じさせ、藍子もその気になって来た。
二駅目で降り、歩いて十五分の所にその店はある。
店に近づくとりんねの足取りは緊張で慎重になる。一歩づつ噛みしめるように前に進む。まるで美容室のような「サンクチュアリ」の店舗が見えると緊張はさらに高まる。駐車場には高級車。ガラス越しに見える綺麗に着飾った店員。完璧だ。その完璧さが苦手だったはず。
(なんでここに来たのかな……)
不思議な心持ちで店に入り、そこにいる三段四列の計十二匹の仔犬たちと一匹づつ丁寧に向き合った。
チワワ、ミニチュアダックスフンド、パピヨン、柴犬。どれもみんな可愛い仔犬たち。けれどもさっき感じたような閃きは降臨してこない。
「……」
りんねは小首をかしげて悩んだ。
「珍しいわ。りんねの不思議ちゃんモードが不発なんて」
りんねは一般常識よりも、感性で動くタイプ。楽しそうな事を直感で探し出して来て、それがまたよく当たる。けれど今日はどうやら不発のようだ。
「まぁそんな事もあるって。きっとこっちはダミー。次の店行ってみようよ」
藍子の提案にりんねも納得して店を出る事にした。
その時である。
バンと激しく扉が開き、犬を抱いた御夫人が店に入って来た。
「ちょっと、これ、どういう事‼ 説明しなさい」
ご婦人は怒り心頭で、動揺する店員に詰め寄った。
「この犬ときたら、どうも様子がおかしいから病院に連れて行ったら、なんでも先天性の心臓病を抱えてるというじゃない。こんな『欠陥品』売りつけて酷いじゃない‼」
(欠陥品……)
およそ命あるものにかけられる言葉ではない。それを目の前で聞いたりんねの胸のうちに、ふつふつと熱い感情が込みあがって来ている。
ご婦人は怒りそのままに抱いていた仔犬をレジ台の上に投げ捨てた。驚いた仔犬の身体に異変が起こる。ぐぐっと「くの字」に曲がり、激しい痙攣がおこる。息を飲み見守るりんね。
だが、飼い主の御夫人は苦しむ仔犬を目に前にしても、動揺もせず、むしろ
ほくそ笑んで言い放った。
「ほら、ごらんなさい」
りんねの胸にカッと熱い怒りがこみ上げるが、まだ自分は「関係ない人」
という気持ちに勝てず、身体は固まり、一歩が踏み出せない。
その時、また不思議な閃きがりんねの背中を押した。
(つづきは本編で会いましょう♪)