今日は弁当の日だと言う事を村出身の子が教えてくれました。だったらこの話をしましょう。孫娘のお弁当を作ることはほとんどありません。孫が行っている三瀬保育園は栄養師さんが子供達の成長に合わせて美味しいお昼ご飯を作ってくれるからです。でも、この日は保育園のイベントで初めて孫の弁当を作ることになったみたいでした。息子と嫁さんが出発の直前になって弁当の作戦会議をやっていました。「弁当が必要だってよ」「何かキャラ弁作ろうか?」「はなちゃんの好きなシマ次郎にしたら!」「作れるかな?」「卵焼きと焼きのりで簡単に作れるよ!」お手並み拝見と思っていたら、あっという間に作ってしまいました。息子も嫁さんも手先が器用でふたりとも仕事が者作りの職人です。遊びの中で日頃から絵を描いたり消しゴムハンコ作り、彫刻、切り絵、粘土細工、創作折り紙などやっています。このセンスは多方面に活かせるはずです。加工品のラベルや看板、景観事業のデザインなどに活かして欲しいです!
日本のあちらこちらが雪に埋もれていますが、雪で難儀してしている人もいれば、雪を楽しむ人もいます。こんな時に三瀬村の雪情報を待っている方も多いので取りあえずは画像を送ります。たくさんの写真は農家民宿 具座 のFB(https://www.facebook.com/mitsuseguza)の記事を確認下さい。郵便局前の写真は今日(1/11)の午後3時の状況です。
大寒波で大雪になっていますが気温も下がって日中でも氷点下です。屋外の蛇口は出していた水が凍り付いてしまいました。そして3日間ほどお風呂のお湯が出なくなってとても不自由な思いをしました。何とか別の蛇口からお湯を運んでお風呂にいることが出来ましたが。私が小学校の時は外に風呂があって 大きなバケツで池からバケツで運んで薪で沸かしていた事を思い出しました。ところが昭和38年の大雪の時は1ヶ月ほども雪に埋もれて家に蓄えていた薪が全てなくなりました。山は雪に埋もれて木を取りに行く事も出来ずに、しかたないので親父が風呂や納屋の外壁の板をはがして薪の代わりに燃やしました。その頃は台所も囲炉裏も薪を使っていたので遂に燃やすものが無くなりました。親父も観念して農協にガスを頼みました。雪の中を農協の職員さんがガスボンベを担いできたのを覚えています。でもそれは我家だけじゃなくて隣近所でも一気にガスが普及しました。蛇口からお湯が出ることがこんなに嬉しいなんて、便利になり過ぎて忘れていることがたくさんあるように思いました。
標高450mの三瀬村の我が家は積雪30㎝です。明日の朝には50㎝は間違いないでしょう。もちろん田畑や山の作業は何もできません。こんな時のために出来る仕事が私にもいくつかあります。その一つが蜂蜜仕事です。3年かけてやっと蜂蜜がとれて、秋に採蜜した分をろ過する作業が残っていました。直ぐにでもやりたかったけど何かと慌ただしくて今日になりました。巣箱からバターナイフで切り出すと密があふれ出して甘い匂いに包まれます。こんな幸せな作業は数少ないです。ワクワク作業の中でも飛び切りです。今年90歳になるおふくろ様が毎日ヨーグルトに数滴入れて楽しんでいるようです。自分が好きな事をやって家族を喜ばせることが出来るのです。民宿に来られるお客さまにもお裾分けが出来るようになったら良いな!
民宿に泊まりに来られたお客様と寒い中を裏山のマウンテンバイクコースの散策をしました。椎茸のほだ場やツリーハウスの場所を通り全長2㎞をゆっくり歩きました。皆さんは急こう配や立木の間に手作業で造られたコースに感心しておられました。私自身も全コースを回るのは久しぶりで随分と整備が進んでショートカットのコースも出来ていました。スタッフの頑張りでかなり進化しています。マウンテンバイク と散策やトレッキングとしての兼用ができないかスタッフに相談してみます。マウンテンバイクで使っている時は分かりやすい所に旗を上げれば使い分けができそうです。花木を植えたり椎茸以外のキノコの栽培地をコースの近くに作って、更に楽しめる場所にしたいですね。