< はじめに・ご挨拶
はじめまして「Art Space 柳之森」を運営していますjun_mamsこと松田淳と申します。
「Art Space 柳之森」は、2016年夏に東京・東神田で、若手および新進気鋭のアーティスト(写真家・イラストレーターなど)の作品を展示する場として始めたギャラリーです。初めて個展をおやりになりたい方、東京以外に活動の場があって東京で展示したい方を主に、作品発表の場を提供してきました。
< 都会の喧噪の中にいるとは思えない雰囲気のギャラリー
「Art Space 柳之森」は、おしゃれな飲食店やショップやギャラリーが数多くある「CET=セントラルイースト東京」(東神田・馬喰町・小伝馬町界隈)の一角にあります。
ギャラリーは普通、白壁でとても無機質なのですが、民家にいるような落ち着いた雰囲気で作品を見てもらいたいと、古民家移築などを多く手掛ける建築会社に依頼し、一風変わったギャラリーが誕生したわけです。茨城県つくば市周辺の旧家に実際に使われていた板戸18枚を、建材用の無垢の杉材で固定して壁にしています。
板戸を固定している構造体の梁の一部には、西ノ内和紙(茨城県常陸大宮市)を貼り、天井やスポットライトを見なければ、都会の喧噪の中にいるとは思えない、展示環境があります。床は、ビルのオーナーさん(日東タオル)がこだわって残してきた無垢寄木張りで、板戸の壁とうまく調和しています。
< ギャラリー開設前からイベント活動
「Art Space 柳之森」が開設したのは2016年夏ですが、その前の2013年から、写真に関するイベントを行ってきました。その一つが「写真ブックのワークショップ」です。自分の好きな写真(データ)を持ち寄ってもらい、1冊のブックにまで仕上げるワークショップをほぼ毎月行ってきました。このワークショップは、ギャラリー開設後、休廊中のギャラリースペースで、パソコンを使ったレイアウト作業を教えるところまで進化しました。しかしながら、コロナ禍でやらなくなってしまいました。
撮影ツアーもワークショップとほぼ同時期に開始し、午前中撮影で午後はなりましたが、コロンでストップしてしまいましたが、ワークショップとともに、復活させたいイベントです。
< 運用固定費の負担がいよいよ限界に
「Art Space 柳之森」は開設当初、展示を初めて開くようなアーティストに使ってもらおうと、周辺のギャラリーと比べて安価な設定で運営してまいりました。それでも、利用料を全額支払えない写真家もおり、フレームのレンタル料だけで展示してもらっていた時期もありました。ワークショップや撮影ツアーはギャラリーの知名度アップには貢献しましたが、参加費の方はあまり売り上げに貢献するほどにはなりませんでした。
ギャラリーの知名度を上げるため、テーマを決めて作品を一般公募して展示することもありましたが、運営は、母体であるMamasクリエイターズありきのところがあり、コロナ禍による低調が続き、家賃低減に手を付けざるを得ない状況を迎えています。家賃低減と言うことは、面積を減らすということであり、すなわち、ギャラリー閉鎖ということになります。
< アーティストの育成につながります
集めた支援金は、ギャラリースペース維持のための家賃等の固定費に充てられますが、ギャラリーが存続できれば、引き続き、多くのアーティストの作品発表の場を提供することができ、最終的にアーティストの育成と芸術文化の普及につながると考えております。
< リターンについて
・柳之森ロゴ入りのトートバッグ(A4サイズ) ・ギャラリー内/HP内/Facebookページに「支援者」としてお名前を載せる ・謎の柄入りの手ぬぐい(弊社イラストレーターが柄を考え中) ・ギャラリーの1日延長・優先予約利用
< 最後のお願い
現在、ギャラリースペース確保のため、デザイン事務所として必要な分の2倍の面積を借りております。昨年、コロナ禍で売上増が見込めず、2月に契約している税理士さんから家賃のコストダウンを勧められました。一時は引っ越しを考えたのですが、移転するということは、唯一無二の造形(古民具の板戸の壁)を壊して廃棄するしか方法がありません。ギャラリーの壁は、施工そのものに約80万円かかりましたが、古民家の移築なども手掛ける建築会社に、大工さんまで総動員して無理にお願いして作ってもらったものでもあり、それを壊すのは忍びなく、ぎりぎりまで維持をすべきだと考えました。もちろん、資金が目標金額に達しなければ、致し方ありません。その時は、潔く板戸の壁は地上から消し去ろうと思います。
まずは、Art Space 柳之森の存続にお力をお貸しいただけませんでしょうか。
──────────────────
■ 特定商取引法に関する記載
◯ 販売事業者名:Mamasクリエイターズ株式会社
◯ 事業者の所在地:〒101-0031 東京都千代田区東神田1-2-10
◯ 事業者の連絡先:Tel: 03-5825-4338 メール: info@mamas-creators.com
※こちらでは当該製品に対するお申し込み、質問等は受け付けておりません。
◯ 商品の販売価格・役務の対価:各リターン記載のとおり
◯ 対価以外に必要な費用:プロジェクトページ、リターンに記載のとおり
◯ 申込期限:当ページ記載のプロジェクト終了期限どおり
◯ 代金の支払時期:
各プロジェクトが募集期間内に成立した時点で、支援金の決済が行われます。コンビニ払いは、コンビニエンスストアで所定の方法により支払いが完了した時点で、決済が行われます。銀行振込(ペイジー払い)は、ATMまたはネットバンキングにて所定の方法により支払いが完了した時点で、決済が行われます。auかんたん決済、ソフトバンクまとめて支払い・ワイモバイルまとめて支払い、ドコモ払い、PayPal、FamiPay、PayPayは、各決済画面により支払いが完了した時点で決済が行われます。
◯ 支払方法:
クレジットカード払い(Visa/Mastercard/JCB/Diners Club/American Express)/コンビニ払い(全国の主要コンビニエンスストア)/銀行振込(銀行ATM・ネットバンキング)/auかんたん決済/ソフトバンクまとめて支払い・ワイモバイルまとめて支払い/ドコモ払い/PayPal/FamiPay/PayPay。お支払いの手数料に関して、コンビニ払いの場合 350円(税込)が、お客様のご負担となります。また、銀行振込ご利用の場合は、所定の振込手数料がお客様のご負担となります。
◯ 商品引渡しまたは役務提供の時期:各プロジェクトが募集期間内に成立した場合のみ、支援金の決済が行われ、約定されたリターンを得る権利が発生します。なお、リターン毎の発送(履行)時期は各プロジェクトの記載・連絡に準じます。諸般の事情により遅延・遅配が生じる場合は、プロジェクトオーナーより記載・連絡されるものとします。
◯ キャンセル・返品: 利用規約記載のとおり、お客様都合による返品・キャンセルはできませんのでご注意ください。尚、製品到着後に破損や初期不良がある場合には交換させていただきますので「メッセージで意見や問い合わせを送る」から、または納品書記載の連絡先までお問い合わせください。
※上記以外の事項に関しては、お取引の際に請求があれば遅延なく提示いたします。
最新の活動報告
もっと見る「下請けにならない」を守れなかった
2021/04/16 14:04ちょっといい機会ですので、本体(デザイン事務所+編プロ)の話をさせていただきます。「下請けにならない」。この言葉は、山形のデザイナー、奥山清行氏がいろいろなところで言っている言葉なのですが、ギャラリーを失うことになったのは、ある会社の下請けになってしまったのが、原因だと思っています。2009年、25年間勤めてきた出版社を早期退職し、女性クリエイターがずっと自分のやりたい仕事を続けられる環境を維持することを目指して、2010年3月に会社を興しました。デザインスタッフは全員女性ですし、外部スタッフ(カメラマンやライター)もできるだけ女性にお願いする方針で仕事を続けてきましたし、これからも変わらないと思います。実は当初、個人事業主の形でスタートすることにしていました。ただ、私はデザイナーのための特別な訓練は受けていないので、まずは、デザイナーをスタッフに組み入れる必要があり、少しで優秀な人材をと、すぐに株式会社にしました。卒業直前(2月)にもかかわらず、新卒も含め多くの人が応募してきました。2年前のリーマンショックの余波によるものだと後で知りました。まず、新卒の美大卒生を雇いました。11年たった今でも、メインスタッフとして、会社を支えています。2年目に、知り合いから定期雑誌の仕事の依頼が来ました。分野も得意な医療系で2誌でした。スタッフを増やすにしても、2誌受注すると、ほかの仕事が受けにくくなるので、1誌だけをOKするつもりでしたが、押し切られていました。「下請けにならない」経営をしようとしたからです。でも、起業して2年目だったので、とりあえず、経営が落ち着くと考え、2誌受注しました。でも、そんな状態が長く続くわけはありません。2016年3月から片方の月刊誌が季刊誌になったのです。結構、いつもいきなり言って来る会社で、年間24冊が一気に16冊に減りました。このときに、ギャラリの開設を中止すればよかったのでしょうが、計画は続行しました。そして、きわめつきが、社長の交代による、残契約の解除です。2019年3月に切れました。いまだにはっきりした解除理由を聞かされていません。ただ言えることは、「下請けにならない」戦略を徹底しなかったせいなんです。売り上げがゼロの月もありましたが、2年間はギャラリーを残すために頑張りました。東神田に、写真作品を中心としたアートギャラリーが一つ消えますが、周辺にはさまざまなギャラリーが点在しています。東神田・馬喰町界隈を訪れたときは、板戸が壁になったヘンテコなギャラリーがあったことを思い出していただければと思います。「もう森へなんか行かない」 もっと見る
尾道に関わりのある方、地方のアーティストの方、ご支援お願いします。必ず恩返しいたします。
2021/04/07 13:48昨年夏、「おのみち展」という企画展を2週間かけてやりました。最初は元気がなくなっていた尾道を勝手に盛り上げて、GWに行きたいと思う人を増やそうと、4月に計画していました。もともと尾道は、個人的にとても思い入れのある場所。尾道という場所を知ったのは、大学生の頃。大林宣彦監督の映画作品と、そこに出てきたあの情景に、一目惚れしてしまいました。初めて足を踏み入れたのは、社会人になってからで、1986年の夏でした。その頃は当然、デジカメなどなく、銀塩で撮りました(https://www.instagram.com/p/CBMJ3x-g6iM/)。倉敷出張のついでに足を伸ばしての撮影です。2回目の訪問はちょっと間があいてしまいましたが、2013年夏でした。言い訳にしかなりませんが、仕事が内勤になって、遠方に行くついでがなくなってしまったからで、職場が変わりまた出張のついでに旅行に行けるようになりました。でも、27年たってもほとんど変わらぬ街に、驚きを感じたとともに、さらにノスタルジーを感じるようになりました。確かに坂の街で、家の建て替えが難しいということはあるのでしょうが、行くと落ち着きます。3回目の訪問は2018年夏。この年は6月に大水害があって、あらかじめ計画していた倉敷・尾道旅行をいったんは中止しようと考えたのですが、地元にお金が落ちた方が復興つながると敢行しました。行ってみて、街の様子がちょっと違いました。商店街がなんとなく暗く活気があまりないんです。閉店がとても目立ちました。こりゃ、なんとかしなくちゃと、思い立ったのが、「おのみち展」でした。「おのみち展」はもともと、Instagramにあるように、今から8年前に撮った活気のある尾道の写真を展示する予定で、正月の段階には計画に入れていました。さらに、写真だけでなく、尾道に行ってもらおうと、歓呼医協会にお願いして、パンフレットやマップを送ってもらおうと思っていました。ところが計画を立てた途端に、コロナが始まりました。観光協会への連絡するどころではなくなってしまいました。いったん中止した「おのみち展」でしたが、コロナが少し収まってきたころを見計らって、再度検討し、今度は自分の写真だけでなく、自分と同じ尾道好きに声をかけて、一般公募で作品(データ)を送ってもらい、こちらでプリントして、それを展示しました。実は準備期間も短かったので、集まるかなと思っていましたが、7人の方が送ってこられ、A4サイズのプリントを展示しました。初めて事前予約システムもつかいました。また、実際には使われませんでしたが、出展者と来場者をつなぐためのパソコンも、展示スペースに設置しました。終わった後は、出展者全員に展示で使ったプリントと全員の写真作品が入った図録を作成し、1部ずつお送りしました。またやりたい。コロナ禍でますます観光客が減ってしまった尾道を盛り上げたい。第2弾を計画していました。4月3〜24日の約3週間というロングランを予定していました。初回よりさらに撮影場所を広げ(いわゆる尾道市内ということで、向島、因島、生口島もOKにしました)、商店をやっている方も出展しやすくするため、景色より「物」を重視した写真を募りことにしました。ところが、3月の頭に、柳之森を閉じざるを得ない状況に陥り、「おのみち展ⅱ」を急きょ中止することになったのです。すでにお二方からの写真の応募があり、お詫び致しました。実は今回、写真の集まりがあまりよくなく、例の宣言明けに尾道に写真を撮りに行くことにしていました。なるべく人に会わない手段で行こうと、寝台を使うことに決めました。もし、切符が取れなかったらそれも諦める予定でしたが、現地に一泊もしないで往復できる切符が取れました。その後に「おのみち展ⅱ」中止。尾道を写真を撮る必要がなくなってしまいましたでも、尾道行きにはもう一つの目的がありました。前回出展者の中に、ある人形を作る地元アーティストの方がいたのです。その方に会って、柳之森で、人形を撮った写真か人形そのものを柳之森で展示しないか、交渉に行く予定で連絡もしていました。直前になって柳之森を閉めることになり、展示ができなくなったことをさすがにメール一本で伝えるのはまずいと思い、尾道行きは敢行しました。そして、尾道でお会いすることができました。天気も良かったので、お寺の縁側で、人形を作られたいきさつや、その思想いを直に伺うことができました。ギャラリー閉鎖を考え直すきっかけにもなりました。柳之森を続けていなければ、尾道を盛り上げることはできない。その方のように、地方で頑張っておられるアーティストを応援することができない。コロナで日本中、世界中が大変なことは分かっています。でも、いま柳之森がなくなってしまうと、尾道も地方のアーティストを応援することができなくなってしまいます。今しかありません。尾道に関わりのある方、地方のアーティストの方、ぜひ、柳之森存続のためのご支援をお願いします。必ず恩返しいたします。 もっと見る
リターン以外にお約束できること
2021/04/05 14:23(写真は昨年行った「おのみち展」の看板。看板にインターホンを設置して、鳴ったら開けに行く。ギャラリーが2階なので、時間差はほとんどなし)さきほど、クラウドファンディングの拡散をお願いした方から、手厳しいメッセージをいただきました。まず、現状では、ギャラリーはどこも厳しいということ、写真家も相当厳しいこと、柳之森は近くに写真関係のギャラリーが多く地の利を活かしたことが今までもできる可能性があったのではないか、そしてギャラリー運営がもちろん、それを支えていた本業の経営に問題があるのではないかと、ご指摘を受けました。図星ですね。何の反論もできませんでした。ただ、地の利がどうしていかせなかったのかについては、釈明できます。ギャラリーというのは、基本的には、展示者の知り合いに見てもらうことが基本で、後は、どれくらいフラッと入って来やすいかと構造的な問題が大きいと思います。周りのギャラリーは基本的に展示が開催さえしていれば、入場できます。ところが、「柳之森」はそうなっていません。平日は18時で、土日祝は終日、ビルのセキュリティの関係から、1階の自動ドアが外から開きません。もちろん、入居する段階で分かっていました。家主さんに変更をお願いしましたが、難しいと言われました。1階の清洲橋通り沿いの店舗と交渉して、OKであれば、その店舗から制限付きで出入りしてもよいことにはなりそうだったのですが、途中でそのお店は閉じてしまいました。フラッとは難しいかもしれないけど、1階から呼び出してもらって、内側から開ける方法と取ることになりました。最初は無線チャイム、そして無線インターホンに進化しました。あと、去年からコロナに合わせて、来場をネットで1時間単位で事前予約できるようにしました。ただ、この体制にするのに遅すぎたかもしれませんが、逆にコロナがあったからこそできたかもしれません。いまは、ほかのギャラリーのついでに来てもご覧になれるようにしています。とりあえず、支援金で半年維持させて、その間に本業を立て直す。本業は順調とはいえませんが、もう1件でも月刊誌的なメディアの受注があれば、回復すると考えています。あと、アーティスト支援のための組織化も次の一手で進めようと思っています。 もっと見る
コメント
もっと見る