「わたしのやってみなければ分からないはダメなんだ」
「単純にやってみると云うのは無謀だ。結集した兵の士気と敵の総
合力の分析。そして兵法が問われる。兵法とは作戦。兵法の基本は
書物に書かれておる。戦国の武将たちは幼い頃から暗記するほど読
み込んでおる。よって書物の兵法だけでは勝てない。書物にはひと
つの戦法に対する構えと反撃も認められているからだ。勝つには奇
襲も常道も斬新が必要なんだ。斬新とは誰も試みていない戦法。初
めての戦法に遭遇したならば敵は慌てる。対処に手間取る。この対
抗手段で良いのか、勝てるのかの不安を抱える。これが勝ちを導く。
ひとつの斬新は一度しか使えない。敵もしたたか。真似したり対策
を建て挑んでくる。やってみる時には、やり方が斬新か、どうかの
研究を欠かしてはならぬ。やってみなければ何が飛び出してくるか
分からない。拙者はそれだけでは不満である」
「若君がわたしに言いたいのは用意周到なんだ」
「そうだ」
「あい分かった。かたじけない。若君に尋ねたい」
「何でござろうか」
「若君の空っぽと欠損。あっ。そうか。空っぽと欠損は同じ意味。
欠損したから空っぽ。そこに行き着いた背景を説明して下さい。で
きるだけ分かり易くお願いします」
「反原発運動を言いたい。チェルノブイリ以降日本の反原発運動は
高揚する。しかし原発推進政策を止められなかった。その結果が福
島。サークルの思い出作り。唄って踊る反原発運動だったと皮肉る
者もおる。『建ってしまったものはしょうがない』。これも日本人
の特質。諦めが早いのも日本人。反原発運動は敗れたのだ。それへ
の総括がまったく為されていない。総括とは反原発運動が政府と電
力会社の方針を何故変えられなかったのか。ただその一点。総括し
ないのは敗れたとの認識が無いからだ。福島の仇を討つには何をす
るのか。反原発運動は兎に角やってみる行動の無残な結末。絶望的
な気持ちに陥ったのは反原発運動の欠損と空っぽを知ってからだ。
ゆめ殿にもうひとつ申したい。これを公言した時には確実に村八分
になる。聞きたいか…」
「少し恐いけれど聞きとうござる」
「ならば申す。福島原発爆発で海も土地も大気も汚染された。住ん
で居る者たちは逃散を余儀なくされた。農業者も漁業者も商工業者
も生業が立たなくなった。この意味ではすべて被害者。しかし拙者
は被害者で在っても意味合いが異なると解している。逃散した者た
ちは原発誘致、建設、稼働に賛成したのだ。爆発して住めなくなり、
生業が立たなくなっても、自業自得と考えている。今は落ちるしか
なくなったが爆発前は原発で潤った。潤った時を無きものにして一
応に被害者面は納得できぬ。落人に追い打ちをかけたくないが被害
者にも自業自得を意識してもらわなければならぬ。落人が言えるの
は…信じていた国と東電に騙された…くらいだ。これは愚の骨頂。
騙されるのは愚か。これも意識してもらわなければならぬ」
「これは本当に村八分なる。わたしも村八分になるのかなぁ…」
「それは覚悟せねばならぬ。欠損した脳と空っぽな日本人の意識を
変えようとするのだから世間からの迫害や逆襲もある。そのひとつ
がゆめ殿へのつけ回し」
「わたし。厄介者なんだ」
「そうだ。ゆめ殿だけでなく親父たちもそうじゃ」
「あれっ。若君は違うの」
「拙者は『戦国時代』。厄介者に昇格する一歩手前におる」
「なぜ。わたしや七人の侍人が厄介者で若君は一歩手前なの…」
「ゆめ殿はジジイたちと戦わなければと宣言した。親父たちは、み
な、若い頃から世間と闘って来た。それが今も続く結束の絆だ。拙
者はいまだ相手を特定していない」
「わたしからは充分に厄介者に写る。日本人のすべてを相手どって
欠損と空っぽと規定した。それはそれとして。わたし。福島の事故
の後でも原発再稼働を試みる政府と電力会社の方針に疑問を持って
いる。疑問と言うよりこれではダメと捉えている」
「日本では社会運動が国家方針を覆したり運動の理念を社会に定着
させた経験がない。その未経験は運動の初めから頓挫を前提にして
いるようだ。頓挫するとあっさりと諦める。残るのは当事者同士の
祭りの高揚感だけ。これでは運動は引き継がれない。かつての反原
発運動がやらなければならぬのは送電線の解放」
「そうそう。やろうとすれば出来る。わたしは電気料金が高くなっ
ても構わないと思っている。高くなった対策は幾らでも取れる」
「自然エネルギーに転換したら確実に電気料金は値上がりする。四
二基の原発の廃炉と高レベル低レベルの処理と処分費用をここぞと
ばかり電力会社は電気料金に上乗せしてくる。現在は電気料金に含
まれていない。もちろん意図的に…だ。原発電気は安いと言い続け
てきたからだ。今の倍の料金になってもおかしくない」
「それってインチキだよね」
「インチキは他にもある。日本の自然エネルギーによる発電は事業
として成立する見込みが立っていない。発電しても電気を必要とす
る処に送らなければ売り上げに繋がらない。送るには送電線を使用
しなければならぬ。その送電線の所有者は電力会社。現在二〇%も
使っていない送電線を使わせない。原発が再稼働した時の為の余力
と主張する。これでは幾ら発電しても無駄になる。原発を止めない
思惑がまかり通っている」
「それは知っている。初めのうち電力会社は送電線の容量が一杯だ
から使用は無理と言っていた。原発は稼働していない。変だなと思
った人が調べると二〇%を割り込んでいた。それから主張を変えた。
これはインチキではない。嘘つき」
「政府が送電線を電力会社から切り離し、新たに送電会社を設立し
た時には、送電線使用は直ぐにでも可能になる。会社とは二〇%も
使われていない状態を放置しない。政府は電力会社の大株主。大株
主は送電線を電力会社から切り離さないと決めている。野党も眼を
つぶっている。これでは日本の自然エネルギー開発の出口が塞がれ
ている今が変わらない。政府の自然エネルギー開発奨励は原発依存
への批判をかわすだけのアリバイに過ぎない」
「これだけでも脳の欠損と空っぽ。嘘つきの証明になりそう」
「そうだ。ゆめ殿は日本人の深層に挑むのだろう。簡単にはゆかな
い。嘘つきと欠損と空っぽを埋めるにはこれからの国家像を示さね
ばならぬ。いま日本の政を司る者たちには日本をどのような国に創
り上げたいのかのヴィジョンが無い。今の継続で良いと想っている。
それは無意識の領域まで支配している。日本は良い国だと。アメリ
カに護られ経済を発展させる国家で良いのだ。中にはアメリカに護
られていると認識していない者も居る。憲法が日本を護っていると
思っている戯けた大人も多い。ゆめの殿の挑戦の出発点は此処に在
るはず。これからを描かなければ支持されなければ広がらない。一
八歳女子高生の主張と六九歳の雄叫びは斬新でインパクトが在る。
雄叫びを定着させるには兵法も斬新でなければならぬ」
「兵法の斬新は了解できる。戦国時代は命が懸かっているから人間
の行動原理も明確。領主と領民の行は民主主義のよう。でも若君の
無意味無理無駄は寂しい。それでは何か寂しい。やっぱ。空っぽと
欠損をどうにかしなければ日本人は生まれ変われない。再び福島を
起こしてしまう。嘘とインチキがまかり通る世の中は、わたし、嫌
だ。若君は社会運動は無駄と言った。でも若君からは何とかしたい
との波動が伝わって来る。若君はどうしようと…」
「それが分からないから『戦国時代』をやっておる」
「そうなんだ。ちょっと辛いね」
「ゆめ殿にもうひとつ問いたい」
「なに」
「姫を助けてもらったのに甚だ無礼かも知れぬが許せ」
「何なのなかぁ…。分からないけれど許します」
「ゆめ殿は予知夢に頼り過ぎているのでは…。予知夢が在るから真
直ぐに物事を考えられるのではないか。やってみないと分からない
と言えるのではないか…」
「予知する夢を大切にしているのはダメなの…」
「ダメとは申しておらぬ。予知夢との縁がなければゆめ殿の真直ぐ
が変わるのではと考えたまでだ。気に障ったら許せ」
「そう言われても何と返事して良いのか分からない。頼っていると
言われたならそうかも知れないとしか言えない。頼っているから真
直ぐに物事を考えられると言われたらそれは違うと言える。やって
みないと分からないは小っちゃい頃から。わたし。真直ぐに生きろ
と予知夢に励まされて来たように思っている。幼い頃に宿ってくれ
た予知夢はわたしの守り神。守ってくれている神さまからの応援。
よこしまに生きていたなら神さまに叱られる」
「なるほど。ゆめ殿を守ってくれている神さまに叱られるんだ。予
知夢は念じるなら必ず現れるのか…。現れないことはないのか…」
「失敗も沢山あるんだ。念じても現れない。現れたとしても記憶に
残らない。これらが失敗。たぶん何処かよこしまな願いなんだと想
っている。念じると現れてくれた。念じずとも現れてくれた思いが
けない夢は神さまの応援。頑張れと言ってくれる」
「よこしまとは何であろうか」
「身勝手。打算。好都合」
若君が初めて笑った。老成したかのような表情から少年に変わっ
ていた。『戦国時代』の舞台で叫び、唄い、走り回っている時の表
情だった。氷空ゆめは少年に戻った若君の笑顔が眩しかった。そし
て嬉しかった。けれど笑顔のままの若君から追い打ちが在った。
「拙者は予知夢が好かんのだ。戦国に生きておる者たちは全員がリ
アリスト。他者に分かってもらえない予知夢に頼っては生きられな
い。拙者は予知夢の力をまざまざと知った。それでも好かん」
氷空ゆめは背骨が砕けそうになった。椅子にもたれかかるのがや
っと。「好かん」のダメージに打ち砕かれていた。それと「頼って
いるから真直ぐに生きられる」も込み上げてきた。「好かん」は好
みの問題。致し方なし。無理やり気分を変えようとした。それでも
…わたし。頼っているのかなぁ…
だったら頼らずに生きてみる。若君に「頼らずとも真直ぐ生きら
れた」と言わせなくてはならぬ。でもそれは無理。小っちゃい頃か
ら予知夢と一緒に生きてきた。頼ろうが、頼らまいが、わたしの血
肉と心根のひとつ。それを否定して削除したなら、わたしはわたし
で無くなる。予知夢を「好かん」と言われたのは初めてだった。で
も予知夢に頼らずに生きてゆけるかも…。今日はコクろうと思って
いたのに出鼻を挫かれてしまった。ここは頑張り処。踏ん張り処。
チャンスはそうないのだから。
「拙者は幼き頃から父上に『政から眼を離すな。反らしてはならぬ
』と。日本と日本人は戦さと向き合わなければならぬ時が必ず来る。
その時に今のような弱虫のままであったら日本を護れない。戦さと
向き合いつつも和平の道を探り実現する。これが政の極み。しかし
弱虫ならば足元を見られ敵が攻め込んで来る…と」
「攻め込まれるって何処から」
「先ずは隣国から。日本は既に攻め込まれた。拉致がそうだ」
「なるほど。話が反れてしまうけれどひとつだけ聞いてもイイ…」
「…」
氷空ゆめはコクるのは今だと思った。若君の話しがひと段落した
今でなければコクれない。今を逃せば何時コクれるか分からない。
「若君は姫とつき合いたいと想っているの。姫はわたしに『妬ける
』と言った。そのとき姫は若君を好きなんだと思った。姫は何時か
若君とつき合いたいと想っている。でもね。何か変なんだ。姫は子
宮頸癌だった。エッチが発生の原因と先生が言った。姫が今つき合
っている男子を若君は知っているの…」
「そのようなことを想っていたのか。知らぬ。姫とは『戦国時代』
以外の接触は無い。何も知らぬ。ひとつ申す。四人が揃って舞台に
立たないと『戦国時代』で無くなる。姫ほどの歌い人は滅多におら
ぬ。姫とつき合い、イチャイチャしていたら、爺や殿はどう思う。
雰囲気が悪くなる。和が保たれなくなる。そうなれば解散だ。拙者
は切腹して爺と殿に詫びなければならぬ」
「分かった。だったら若君。わたしとつき合って…」
「拙者は誰ともつき合わないと決めておる」
「えっ。なぜ」
「拙者は何時撃たれるやも知れぬ。その時につき合っているオナゴ
がおればその者が悲しむ。それにオナゴとつき合うと気が緩む」
「若君。何かヘン。弱虫みたい。気が緩んでもイイじゃない…。ど
うしてつき合っているオナゴと一緒に戦わないの…。考えないの…。
わたし。神さまにお願いして若君を守る。予知夢で若君を守る」
「拙者を守ると申すのか…。予知夢で守られても嬉しくない」
「嬉しくない」は堪えた。「好かん」の次が「嬉しくない」。氷空
めは力を使い果たす寸前。ありったけの力を振り絞った。
「オナゴとつき合わなければ世継ぎはどうするの。オナゴから逃げ
ている若君はなんかヘン。弱虫みたい。若君は空っぽの日本人とは
違う弱虫。ちょっとガッカリ」
「世継ぎは考えておらなんだ。いずれ考える時が来るであろう」
「若君もわたしと同じく未熟なんだ」
「そうだな。未熟だな。未熟でもゆめ殿を守れる。ゆめ殿が何者か
に襲われたら身体を張って守る。それで命を落としたとしても悔い
はない。臆して、命を惜しんで、守れないならば生涯の屈辱じゃ。
国を護るのも、大切な人を守るのも同じ。命を賭して戦わなければ
護れない。守れない。日本が敗戦前のような愚かな、どうしようも
ない国に成り果てたら拙者は皆を引き連れ脱出する」
「逃げるの…。何処に…。わたしはどうなるの…」
「一緒だ。拙者は様々を申した。政と社会運動の空っぽ。無駄と無
意味。それでもこのままで良いとは微塵にも考えておらぬ。しかな
がら正す手立てを見つけておらぬ。問題点や課題を指摘するのは易
い。誰にでも出来申す。拙者はゆめ殿と考え、練り上げ、新しき世
を創ってゆきたいと思っておる」
「ありがとう。でも若君。わたしのつき合って…を忘れないで。わ
たし。時どきでイイから若君と二人だけの時間を持ちたい。今日の
ような討論は望みのひとつ。欲張りかも知れないけれど一緒にマッ
クを食べたりゲームで遊んだりしたいんだ」
「あい分かった」
…「あい分かった」と言われても、何か、速攻で振られたみたい。
若君がわたしをどう想っているのか今いちハッキリしない…
■4/12にリターンを見直しました。4/12をクリックして見て下さい。