10月7日〜10月9日に参加した福島ラーニングジャーニー。そのための福島ラーニングジャーニー応援団(あずみちゃんとリンとともに)が始めたクラウドファンディングがいよいよ本日で終了です。現在29名41万2000円もの支援をいただき、当初予定額を大幅に超えて受け取りました。 このクラウドファンディングそのものの始まりが、とても流れに乗ったもので、こちらから向かっていったというよりも向こうから道がやってきたという感覚があります。その道が現れるに当たって、自ら決めることがとても大事で必要なことだということを体験させてもらいました。そして自ら声にすることがとても大事で必要なことも体験させてもらいました。 福島ラーニングジャーニー最後の説明会にマキ( Maki Tajima)に誘われ、その説明会で典子さん( 仙田 典子 (Noriko Senda))に「サウルが参加するのを止めていることは何ですか?」と問われました。とても明快に「お金です」と答えました。「お金だけですか?」と更に問われ、「はい」と再び明快に答えました。その瞬間に申込みフォームに記入し始めました。止めているものは何もなかったからです。 確かに、夏に「五大陸交流祭in伊東」「平和の海国際ピースキャンプ2017in石垣島」に参加したことで資力を使い果たしていました。しかしこのふたつに参加するのは僕にとって当然のことで、国際交流と交流による国際平和のために必要なことで、僕の道を進めてくれました。そして今回福島ラーニングジャーニーに参加する後ろ盾になってくれました。平和のために具体的に何ができるのかを指し示してくれているからです。なのでとても満足しています。 そうはいっても、福島ラーニングジャーニーに参加するためのお金がないことも確かでした。決めた瞬間は何も保障はされていませんでした。ただそのとき参加するために必要なことは、欲しいものとないものを明確にし、言葉にする。そして決めることでした。 そして翌日から道(みち)がやってきました。確かに文字通り倫(みち)でした。翌日、あずみちゃんとリン(倫のニックネーム)からメッセージを貰ったのです。リンと僕が参加できる方法を考えようと。そして僕は、自分とリンのためだけではなくて、せっかくなので他の参加者、運営チーム、そして来年にも繋がるものにしようと提案しました。それがクラウドファンディングの始まりです。 その次の瞬間から、必要なことのために行動し、そして多くの方の支援を受け、この結果を受けることができました。 クラウドファンディングを支援してくれたみなさん、クラウドファンディングの情報を広めていただいたみなさん、クラウドファンディングの準備のために協力してくれてもう一人のりんちゃん( Miryun Rim)、この機会を与えてくれた福島ラーニングジャーニーの運営チームのみなさん、ファシリテーターしてくれたボブさんとスーザンさん、コーディネイトしてくれた本田さん、福島でお話を聞かせていただいたみなさん、さまざまな形で協力してくれたみなさん、一緒に参加してくれたメンバー、ギフトエコノミーの提供者のみなさん、そしてあずみちゃんとリンに感謝します。 参加しての感想はなかなか形にならず、部分部分を紡いでいるところです。よかったら福島ラーニングジャーニー運営チームが企画した報告会に参加してみてください。また応援団も報告会を引き続きやっていきます。 福島ラーニング・ジャーニー2017報告会11月4日(土) 21:00 - 22:30https://www.facebook.com/events/1615024975228089/11月6日(月) 21:00 - 22:30https://www.facebook.com/events/295596420938830/
矢尾さん JICAの職員として、これまでに世界40カ国以上にわたり環境活動をしてきた方。 今は長野県で百姓見習いをしています。自分で生きていく力が必要だと感じ、その力を長野で身につけています。最近のテーマは「つながり」。人とつながること、自分とつながること、人と人をつなげることをテーマに活動されています。 *報告* ======== 6年半ずっと避けてきた福島へついに足を踏み入れる機会を得た。今年避難解除になった浪江町、飯館村、そして原発の所在地である大熊町を周る。訪れる場所は除染が終わっていて線量は低いが、通り道などにはまだ値が高い所も見受けられ、同じ福島の中でも斑模様のようになっている。フェンスで入れなくなっている家や道路がそこかしこにあり、各所に線量計が設置されていて、ビニールシートに覆われた汚染土と、メガソーラーが目立つ。浪江町は元20000人のうち戻ったのは400人で何とか人が歩いているのを見かける程度、大熊町は50年後を見据えて定年した元職員の「じじい部隊」の人達が街とダム(原発の冷却水供給用)の手入れをしていた。飯館村では、道の駅を造ったり、花卉農家や牛飼いの人が戻ってきていたりして人がいるのが見受けられた。今回は行政関係者にお会いすることが多かったのだが、ここで生きていく覚悟というものと、日々を精一杯生きている中での気負いのない笑顔、芽が出て少しずつ物事が動き始めたことによる希望といったものが感じられた。物理的にも心理的にも障壁が多い環境は昨年までいたパレスチナを思わせるものがあったが、そこに確かに生きている人達がいることを、しっかりと心に留めておきたいと感じた3日間だった。 Got a chance to visit Fukushima after 6 and half years from the earthquake. Visited Namie, Iidate and Okuma where some areas already decontaminated but some places are still high radiation. Some houses and shops were closed with fences, found radiation detector, many mega-solor power stations and contaminated soil covered with plastic. I can see a few people walking on the street of Namie where 400 people came back out of 20000, retired town officers cleaning the town and dam (cooling water for F1 nuclear power plant) in Okuma and met with mayor, visited parking area, returned flower farmer and cattleman in Iidate. Met with some administration people and felt their determination to live there, smiles without tension who lives day by day and hope for the reconstruction since some activities are already started. Severe circumstances both physically and mentally made me think of the situation in Palestine but I really want to recognize the existence of the people decided to come back and live there in Fukushima. ========= *写真* https://www.facebook.com/kazuya.yao/media_set?set=a.10156001478622018.1073741849.738607017&type=3&pnref=story
★特別寄稿として、サウル&倫ちゃん以外の参加者の方のご報告を掲載許可いただきました! ぜひご覧ください。 前川珠子さん 即興ピアニスト、セラピスト、らくがきすと、 東北希望の会(過労死・過労自死遺族・本人・家族とサポーターの会)代表 全国過労死防止センター常任幹事 過労死等防止対策協議会委員(厚労省) 2012年東日本大震災復興途上の過労自死で、当時大学准教授だった夫を失う。同年労災認定獲得。翌2013年遺族の会である、東北希望の会設立。過労死等防止対策推進法の制定に関わり、現在に至る。 遺族支援、過労死防止活動の傍ら、即興ピアニストとして、障がいのある子どもたちを対象としたイベントや、朗読会、らくがきすととして個展開催。また、自分のハードな体験をベースに、セラピストとして、希望を育てるためのセッションする等、様々な活動を行っている。 福島原発の周りの町を訪ねる。福島ラーニングジャーニー① http://artandlove.exblog.jp/27899758/ 福島で出逢った、素敵な人々。~福島ラーニングジャーニー② http://artandlove.exblog.jp/27912885/ きらめくちっぽけなわたしが、輝かしくちっぽけなあなたと歩いていく。蓮笑庵の魅力。~福島ラーニングジャーニー③ http://artandlove.exblog.jp/27946129/
*福島ラーニングジャーニーDay②* ~大熊町、飯舘村~ 自称「じじい部隊」定年終えた年齢のみなさんが、ここで暮らしながら復興に向けて休日返上で作業に取り組む。 「若い人らは帰ってこれないから。定年後のわたしたちがやる」「この土地をきれいにして次世代に渡したい」「50年先を考えて、いまやっている」 世代ごとの役割を感じた。60代だからできること、20代だからできること。 「役割に優劣はない。ただ、あなたらしい役割があるだけなのよ」というリン・ツイストのmessageを思い出す。 私たち若い世代は、何ができる?この人たちからのバトンを受けとる次が大事だ。 放射能 答えのない問題 健康とは何か?安全とは何か?福島だけが特別なのか?危険なのか? 正解なんてない。ひとりひとり受け取り方や答えは違う。 「バランスが大事なんだ」「震災が私を深めてくれた。生き方も考え方も、価値観も変わった」 そう語ってくれた飯舘村村長。 いろんな対立、批判もうけながらも、自分を信じて、前に進む、物事を進めるその姿勢。自ら背負っている責任と役割。それをもって生きると決めている人。 生きるとは? 強く問われた。 **************福島ラーニングジャーニーイベントページhttp://kokucheese.com/event/index/477654/ 福島ラーニングジャーニー寄附ページhttp://kokucheese.com/event/index/478000/ 福島ラーニングジャーニー応援団クラウドファンディングhttps://camp-fire.jp/projects/view/45620
*福島ラーニングジャーニーDay①* ~浪江町~ 人口21000人いた町一度全町民がふるさとを離れ、帰村OKがでた今、「帰りたい」 ただその気持ちで帰村し、復興に向けて暮らす町民が400人。 震災後6年たった今、人の姿が町に戻ってきた。少しずつ動き出した。はじまった。 そんな声やエネルギーも感じた。一方、やることは山積み。 役場職員の方との出会い。「やる」と決めた人から溢れる覚悟と決意。生きることへの真剣さ。たんたんと目の前のことをやる姿勢。 津波から逃れみんなが逃げていた丘の上に立ったときに全身で感じたもの。丘の上からみた流されていく町の光景をみた人たちを想像すると・・・。 学ばされます。気づかされます。自分が問われます。 *******来年もこの学びが必要な人に届きますように。福島ラーニングジャーニーを応援しよう!クラウドファンディング応援募集しております。 https://camp-fire.jp/projects/view/45620