もろみの熟成が終わると、次は搾りの作業がはじまります。最初は、サラサラだったもろみは時間の経過とともに熟成し、ドロドロとした深い茶色に変化します。明治屋醤油では、蔵出しは3年。その他の醤油は1年半寝かせます。その間、微生物の力でジワリジワリと旨味を増して育っていきます。もろみが一時保存される大樽そして、このタイミングでまたホースが登場します。熟成を終えたもろみは、2階のもろみ部屋の入り口前に設置された大樽に移され、そこから、さらに1階のもろみを搾るための船と呼ばれる箱に移動します。2階から1階へホースを伝ってもろみが移動しますそして、麻袋の中にもろみを少しずつ入れて、重ねていきます。この作業を繰り返し、まずはもろみの重さだけで出てくる醤油をとり、それが落ち着いたら、その後機械で圧搾するそうです。もろみは、トロトロで水分が多いのでいきなり圧力を掛けても隙間から染み出してしまうのだそう。だから、この作業も何日か時間を掛けて、行うのです。麻袋の間から醤油が染み出してきますこうして搾った醤油は、そのまま生醤油として瓶詰めされるものと火入れして別れて商品として旅立ちます。この古い工場からどれだけの醤油が出荷されてきたのでしょう。明治屋醤油の美味しさは、この工場があってのものなのかもしれません。
#明治屋醤油 の付いた活動報告
小麦を炒って、砕き、大豆を蒸して麹菌を混ぜ込んだものが醤油麹となるためには、3日間時間が必要です。明治屋醤油の麹室は、大豆を蒸す釜の向こう側。醤油造りの要となる大切な部屋は、工場の奥に鎮座されています。ちょうど中二階の位置にあり、室の下には、様々な仕掛けが隠れています。麹室の入り口まずは、温度・湿度を管理するヒーター。温度を設定すると自動で温度を調整してくれるそうです。スチームで温める仕組みなので、麹菌が好きな湿度も保ってくれます。麹室に空いた穴。この中に醤油麹を落としていきます。そして、出来上がった麹をもろみ部屋へ送る瞬間移動装置。床に空いた穴から醤油麹を入れると、空気の力でもろみ部屋に送られる仕組みです。コンプレッサーを動かすとブオーっという爆音とともに、醤油麹があれよあれよと運ばれて行きます。コンプレッサーが動き出したら、ひたすらこの作業古い工場なので、運ぶのにどんだけ人手が掛かるのかと思っていましたが、600kgほどある醤油麹は、一時間ほどで桶の中へと移動して行きました。醤油麹がホースで送られてきますあとは、塩水を加えて混ぜれば、もろみの仕込みが完了です。塩水を加えることで、麹菌の働きを抑制します塩水はこの古い樽に保存され、必要な分量を混ぜ合わせます。長年使用されてきた樽には、塩の結晶が付き、ここに流れてきた時間の長さを感じます。ところどころに塩の結晶が雪のように積もっています仕込みを終えたもろみは、1年半から3年の眠りにつきます。凍てつく冷気とむせぶような暑さを繰りかえし感じながら、発酵が進みます。さて、今年のもろみはどんな味になるのでしょう?仕込んだばかりのもろみは、明るい土色こちらは、仕込んでから2年目のもろみ 発酵が進んでこっくりとした色合い
明治屋醤油の店舗に入ると左手奥に「小松商店連盟」とタイトルがつけられた一枚の手ぬぐいが飾られています。この一枚の地図から、「森のねんどワークショップ」の企画は始まりました。そこには、「明治40年代の小松地域の様子・作野末徳司」と記してあります。しかし、手掛かりは、たったこれだけ。明治屋醤油さんにこの地図の作者のことを聞くと、野末徳司さんは近所に住んでおられたのだけど既に亡くなられたとのことで、それ以上の情報はありませんでした。私自身はこの小松本町に育った訳ではないので、詳しいことがわかりません。何かこの小松本町の歴史の情報がないかと、地図を持って今の町を歩いたりしていました。ある日、明治屋醤油のお隣に住んでいる従姉妹から連絡が入りました。そこには、伯母の家に手書きの古い地図があるとのことで、手書きの地図の写真(メイン写真参照)が添えられていました。私が、古い地図を探していると聞き、知らせてくれたのです。添えられていた写真を見ると、「明治44年頃の本町の家並」と書いてありました。おお!これは「明治屋醤油のお店に飾ってある手ぬぐいと同じ年代!」と驚きました。さらに野末徳司さんが書いたものだと聞き、二度びっくり。野末徳司さんは、この小松本町に生まれ育ち、浜北市の市議会議員をされていた方。明治生まれの野末徳司さんは、晩年自分の幼少の頃の記憶を辿ってこの地図を作ったそうです。その後、小松本町の公会堂にも違う地図があると聞き、見せてもらったところ、これも明治末期の地図でした。立体的な絵地図になっていて、そこには、当時の賑わいを記した説明もあります。これを見ると当時の様子がとてもイメージしやすくなります。きっと、野末徳司さんが残してくれた地図から作ったものではないかと思います。こんな風に導かれるように、この地図の情報にたどり着きました。しかも、この立体地図の説明文を書いたのは、知らせてくれた従姉妹というおまけ付き。この地図をめぐる素敵なご縁に感謝です。この三枚の地図で、明治屋醤油に飾られていた平面地図から立体的な町のイメージが立ち上がりました。ここから、100年前の町の暮らしをイメージして、ワークショップを楽しく演出できたら良いなと思います!●只今ワークショップの予約受付中です!↓森のねんどワークショップ〜明治のまちづくり編〜
11月28日(日)に、明治屋醤油の店舗奥のスペースをお借りして、「森のねんどワークショップ」を開催します。明治屋醤油のある小松本町は、明治時代、秋葉神社や奥山半僧坊への参詣者が泊まる橋本旅館と中村旅館があり、人の往来が盛んな土地柄でした。この辺りは小松地区でも一番の中心地で、寺院や駐在所、病院、銀行、銭湯に芝居小屋。雑貨屋、うどん屋、米屋や籠屋、油屋、床屋、そして、醤油工場が三軒もありました。その中には、もちろん明治屋醤油もあります。このワークショップでは、今から100年以上前の小松本町の町をみんなで再現するワークショップです。奈良県在住の人形作家 岡本道康さんをお迎えして、賑やかだったこの町を森のねんどで作ります。今では、手書きの地図が数枚残るだけですが、この町に暮らす人々を想像しながら、一緒に町を作りましょう!時代の流れの中で、鉄道が通され、戦争をくぐり抜け、自動車が普及するなどして、人の流れが変化し、人の暮らしも農業からサラリーマンへと変化して、その町に住む人も、世代交代しながら新陳代謝を繰り返しています。そして、森のねんどは、岡本さんが開発したオリジナルねんど。木くずを主原料にした森の恵みを無駄なく寄せ集めて作られました。森と海は、水でつながって巡り巡って、お互いを生かしています。それは、かつての町の先人と現代の私たちにも通じています。巡り巡って生かされている自分たちに気づいて、過去に生きた人々の恩恵に感謝する時間になればと思います。森のねんどを通して、100年前とつながりを確かめてみませんか?●ワークショップのご予約受付中!↓https://komatsu-tsunagari.jimdofree.com/つながり醸造プログラム/森のねんどワークショップ-明治の街づくり編/クラウドファンディング5日目の今日までに、19人の方が支援してくださいました。心から感謝いたします。ありがとうございます!
おかげさまで、無事に、昨日18時にプロジェクトページを公開しました。一日を経過して、何人かのご支援いただき、とてもありがたく、感謝しています。公開前、マニュアルを読むと、「公開から5日で○%の支援獲得で、○%の達成率!」などとセオリーをご教示いただき、真面目な私は気負ってばかりいましたが、公開すぐに一人の方が支援くださり、今日は三人の方が支援をくださいました。焦りは禁物。ゆっくりゆっくり。もろみが発酵を進めるように、少しずつ。そんな風に気持ちを切り替えて、温かい気持ちと期待を受け止めていきたいと思います。今後は、本づくりの取材の様子や返礼品のことなど少しずつ、ここでお話していけたらと考えています。引き続き、よろしくお願いいたします。