
みなさま、こんにちは。
ここ最近のとらいふぁーむは、台風の影響で雨模様が続いています。
ホップが順調に育っています!
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人がある場所を「自分の居場所」と感じるとき、そこには、目に見える設備だけでなく、音や匂い、手触り、時間の流れといった、ささやかな感覚の積み重ねも関わっているのかもしれません。特養は、制度上「生活の場」とされていますが、実際には、どこか親近感や帰属意識を感じにくい面もあります。その原因をひとつ考えてみると、「生活の香り」の乏しさが挙げられるかもしれません。
特養を含む高齢者施設の多くは、安全性や効率性を重視するなかで、管理され、脱臭され、均質化されやすい構造をもっています。コンクリートの壁は頑丈であり、ビニールの床は清掃しやすく、細長い廊下は移動に適しています。消毒や換気の徹底は衛生管理上重要であり、食事・排泄・入浴が一定の時間割に沿って行われることも、法令遵守や業務運営のうえでは必要です。
けれども、こうした仕組みが積み重なると、そこは「安全で管理しやすい場所」になる一方で、「その人がそこで暮らしてきた」という痕跡や偏りを残しにくくなります。その結果、場所を身体記憶に結びつける「生活の香り」は薄まり、施設は「生活の場」というより、「処遇される空間」として経験されやすくなる、という問題が生じえます。
庭に出て日光浴をするだけで、いくらか明るい気分になりますね
嗅覚は、視覚や言語以上に情動記憶と結びつきやすいといわれます。実際に、匂いによって喚起される自伝的記憶は、視覚や聴覚による記憶よりも情動的な喚起力が強いことを示す研究もあります。こうした知見からすれば、「我が家らしさ」は、家具や所有物だけでなく、反復される匂いの束によって身体化されるものだとも考えられます。
ユニットケアの施設では、共同生活室に簡易な流しや調理設備を設けることが望ましいとされています。けれども実際には、業務の流れのなかで、煮炊きの匂い、湯気、手仕事、待つ時間、そこで交わされる会話といった「台所感」を立ち上げる余白は限られています。つまり、「キッチン」という設備はあっても、それが生活の記憶を呼び起こす「台所」として経験される機会は、必ずしも十分ではありません。無臭化された空間では、入所者も職員も、その場所に記憶や感情を預けにくくなるのかもしれません。
緑の香り(フィトンチッド)を嗅ぐことは、リラックス効果があるともいわれています。
もちろん、匂いはつねに肯定的に働くわけではありません。強い匂いは、認知症の人、喘息や化学物質過敏、偏頭痛、食欲不振、過去の不快記憶をもつ人などにとって、安心ではなく侵襲になることもあります。また、「家庭的な雰囲気づくり」が職員の追加労働になれば、帰属意識ではなく疲弊を生むことにもなります。
無理のないかたちで、生活の気配や季節の感覚に触れる機会をつくるという点で、とらいふぁーむへ散歩に行くことには意味があります。そこには、土、草、花、風、雨、野菜、季節の変化といった、施設の屋内空間では失われやすい匂いと感覚があるからです。それらは入所者にとって、かつての暮らしや身体記憶に触れる契機となります。同時に私たち職員にとっても、施設を単なる就労場所ではなく、入所者とともに暮らしを育てる場所として感じ直す機会となります。

とらいふぁーむへの散歩は、単なる気分転換にとどまらず、無臭化・管理化・効率化された世の中に、生活の匂いと季節の記憶を取り戻す実践であるといえるかもしれません。

とらいふぁーむ事業が始まって、もうすぐ4年になります。まだ構想段階であった頃から、早くに関心を寄せ、ご支援くださった皆様のおかげで、ここまで取り組みを続けてくることができました。本当にありがとうございます!




