ーARICの学生ボランティアに、普段の活動への思いを聞きました。
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私がARICの活動に参加するようになったのは、私のルーツに関係があります。私の母方の祖父は国後島出身でアイヌの血が混ざっています。そのため、私にもその血がいくらか混ざっています。しかし、大学生になり上京するまで特に自分のルーツに関して気にするようなことはありませんでした
大学生になってから私の祖父の話を東京出身の友人に話した際に、そもそもアイヌという言葉を知らないことに衝撃を受けました。また、その話をすると「だから、そういう容姿なんだね」という言葉や「アイヌって本当にいるんだね」というような言葉が返ってきました。そのような言葉の数々を受ける中で、自分の心にモヤモヤとした気持ちが膨らんで行きました。大学に入るまで私は自分は日本人であると思って生きてきましたが、「自分は他の日本人と違うのか」ということや、「自分のルーツ」について考えるようになりました。
そんなある時、大学のクラスメートと談笑していると私のルーツの話になりました。クラスメートの一人が「北海道はもともと土人の土地だった」というような発言をして、とてもショックを受けました。また、そのクラスメートは私の容姿に関して「純粋な日本人じゃないの明らかじゃん」と発言しました。この瞬間に私は自分が差別の対象に成り得るマイノリティーであると強く自覚させられました。
これまで、私の中でのマイノリティーと言えば在日コリアンの方々でした。なぜならば、私の父方の祖父が元軍人で「朝鮮人みたいな卑しいことをするな」とか「チョン公は嘘つきだ」というような発言を平気でするような人だったからです。そんな祖父に育てられた父も同様の発言を日常的に行う人で、在日コリアンの方々に対して行われる差別を私は小さい頃から見てきました。ですから、マイノリティーに向けられる理由のない差別がどれだけ恐ろしいのか、そして自分もその対象に成り得る存在であると知った時、とても怖くなりました。
大学での一件があるまで、私は自分がマジョリティーであるという意識のもと、国内で行われている様々な「差別」に関して無関心でした。それは、マジョリティーであるという絶対的な安心感から「差別」という現状は、どこか遠くで行われている出来事と都合よく解釈していたからです。しかし、大学でのクラスメートの一言から自分に向けられるものも含め、「差別」が自分の身の回りで実際に起こっている問題なのだと自覚すると共に、このような「差別」が規制されることなく野放しになっている日本社会の現状に危惧の念を抱くようになりました。
ARICではこのような現状を改善するために日々活動しています。実際に、この文章を読んでいる方も自分はマジョリティーだから関係ないと思っているかもしれません。しかし、あなたも私のようにある日突然マイノリティーの立場に立たされるかもしれません。「差別」は人を選びません。残念ながら、今の日本社会は「差別」からマイノリティーを守るシステムが構築されていません。ですから、一人でも多くの方にARICの活動に関心をもっていただきたいです。
F.N.
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